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第5章 公都
第182話 えっ!? 雪毛っ!?
しおりを挟む俺たちは一旦席を立ち、控え室に来てる。
ああ、そうさ。
競りに勝ったよ。
ヴォルフガングは苦虫を噛み潰した様な、何とも言えねえ顔だがな。
ま、常識的に考えれば金貨1000枚を使って奴隷を1人買う莫迦が何処に居るって話だ。普通に買えば10分の1の値段で済んだのに、とでも言いたいんだろうよ。
最低の生活レベルだと、1年銀貨1枚でいける。でも、極貧レベルだ。綺麗な言葉で言い換えると、慎ましく生活すれば、となるな。
金貨1枚は銀貨100枚分に相当する。計算上100年いける。
とはならねえのが人の営みってもんだ。金があればあるように生活するもんさ。
市民が恥ずかしくない程度のレベルで生活するためには、1年間で銀貨65枚あれば良いらしい。金貨1枚にも満たないのが、庶民の暮らしって訳だ。
金貨10枚あれば、庶民レベルで裕福な暮らしが10年はできる。あれだけ、「血税が」とか言って苛々してた奴が、どれだけ浪費したか判るだろ?
ま、でもそれは俺の懐に無い金だ。タダで手に入れた竜の鱗の売値を横流ししたにすぎん。人の懐の金を使って、買い物しただけ。オマケに、買い物した店は金の出処と同じそいつの持ち物だったって言うオチだ。
競りで、「金貨1000枚!?」と言う驚きが演出できただろうから、「却って良かったんじゃねえのか?」と思ったりもしたが、流石にそれ以上は野暮ってもんだな。
とそこへ、麻の頭貫衣を着たエルフの嬢ちゃんが、金髪の縦巻き髪の女に連れられて部屋に入って来た。
「よお」
「落札おめでとうございます。こちらが商品の森エルフでございます」
「……」
例の頬まで隠れる蝶を模した仮面は着けたままさ。その後ろでエルフの嬢ちゃんがペコリとお辞儀をするのが見えた。
「そのまま連れて帰れるのか?」
「ここで隷従契約を結んでいただければ可能です」
「結ばなければ?」
「既に、当会の商品ではありませんので、不法侵入者として対処致します」
「ちっ」
俺の舌打ちに、動じることなく縦巻き髪の女が微笑む。
「隷従契約がお嫌であれば、この娘を再度競売に掛けて売ることも可能ですが? そうであれば、当会が責任を持って管理いたします」
「――っ!?」
女の後ろで体を強張らせるエルフの嬢ちゃん。またあの場所に晒されるって思えば、その反応は正常だ。
ここで契約をして帰らせる理由は1つしかねえだろ。何のために麻袋被ったんだって話だ。
「あ~心配すんな。それはねえよ。この場所を秘匿するため、ここに関する一切の情報を話さないと言う契約を盛り込むんだな?」
「流石は“鰐の君”。理解が早くて助かります。その通りでございます。お前の新たな御主人です、挨拶なさい」
「この度はわたくしをお買い上げ頂きありがとうございます。非才なる身の全力を以ってお仕え致します。何卒、末永く可愛がってください」
女に促され、斜め後ろに立って深々とお辞儀するエルフの嬢ちゃんを見てると、苦笑いが自然と頬に浮かんできたよ。
「立派な口上をよく覚えたもんだ」「――っ!?」
その一言に、お辞儀したままビクッと肩を揺らす。
「ふふふ。流石に付け焼き刃だとバレてしまいますか」
「そりゃあな。それだけ感情を込めずに言われれば、莫迦でも判るってもんだ。さてと、名前を聞く前に確認しておく事がある。悪いが、少しの間、他の客が入らんようにしてくれるか?」
「ええ、問題ありませんわ」
「さてと」
フードを取り、鰐骨の仮面を外すと、兎の耳が久し振りの自由を得てピコピコ動かすことができた。案外気持ち良いもんだな。
「えっ!? 雪毛っ!?」
まあ、そのリアクションが普通だろう。
「金貨1000枚も叩いたのが、雪毛の兎人だって驚いたか?」
「い、いえ……はい」
「正直なのは良いこった。俺の目を見な。ステージの最前列に陣取ってた“美食の君”たちに売られた喧嘩を買って、結果お前さんを買うことになったんだが、3つの選択肢がお前さんの前にある。提案はこれっきりだ。そして願いは尊重する」
そんなに擦れてねえのかもしれんな。
「え、あの……?」
「はぁ。“鰐の君”、失礼ですがそれは奴隷に取る態度ではありませんよ?」
飽きれたような溜息と一緒に、縦巻き髪の女が釘を刺してきた。放っとけ。
「俺はこれで良いんだよ。ふんぞり返るのは性に合わん。良いか、1度しか言わねえから、良く聞いて考えろ。お前さんには3つの選択肢がある。1つは、雪毛の俺に奴隷として買われて行く。2つ目に、もう1度競売に掛けられて新しい主人のとこに行く。最後は、誰の奴隷にもならずこの場で殺される」
隷属の首輪を嵌められてるんだ、逃げだせんだろうし、目の前の縦巻き紙の女が契約主とも限らん。いや、競売での奴隷の扱いを考えれば別に居ると考えた方がいいだろう。
ゆっくり10数えるくらいか、色々考えた上で嬢ちゃんが決意を口にした。
「…………連れて行ってください」
「判った。んじゃ契約するか。俺から求めることは、俺と俺に属する者の情報を妄りに喋らない、害さない。お前さんが居たこの施設の事、ここで見聞きしたことを妄りに喋らない。どちらも、話したくなったり、話すように強調された場合、俺に伺いを立てること。これを飲めるか?」
「え? それだけですか?」
反射的にか、呆気に取られたような表情で俺を見返すエルフの嬢ちゃん。
「不服か?」『……』
ここの連中は『不服です!』みたいな顔で俺を見てるが、知ったことか。
「い、いえっ! わたくし、ロサ・マリア・ベル・スルバランは、ご主人様とご主人様に属する者の情報を妄りに喋らない、害さない。わたくしが居たこの施設の事、ここで見聞きしたことを妄りに喋らない。どちらも、話したくなったり、話すように強調された場合、ご主人様に伺いを立てることを誓いますっ!」
慌てて俺の言った事を復唱するエルフの嬢ちゃんを横目に、籠手を外し、その指先の尖った爪で指をチクッと刺す。
「ん」
「えっと、血の出てるその指をどうすれば宜しいのでしょうか?」
鼻っ面に突き出された、ぷくっと血玉を膨らませる右の人差し指を見て戸惑う嬢ちゃんに命令する。お願いじゃない、わな。
「口開けな」
「こう、でしょうか? あむぅっ!?」
それに応じた嬢ちゃんの口の中に、指を突っ込んで血を舐めさせた。と同時に、隷属の首輪が閃光を放ったのさ。
『――っ!?』
俺も含めて皆が眩しさのせいで目を瞑ったが、目を開けるといつもの通り、隷従の首輪がレースのチョーカーに変わってたよ。今度は嬢ちゃんの瞳の色と同じ、綺麗な翡翠色だな。
「ほい、契約完了。手枷足枷を外して、同じ袖なし外套もサービスしてくれ」
「それは構いませんが、今の契約はなんですか!? それにそのレースのチョーカーは!?」
目配せして、俺に詰め寄ってくる縦巻き髪の女。知るか。
そもそもデミア姉さんが何か弄ってるに違いねえ。それを俺が説明するなんて土台無理な話だ。契約できちまった。それだけさ。
「あん? 契約? 隷従契約だろ?」
「いえ、違います。隷従契約は、魔法契約書にサインして血判を押さないと発動しません。何をしたのですか!?」
「いや、だから隷従契約?」
俺の斜め後ろで、腕組みして相変わらず苦虫を噛み潰した様な、何とも言えねえ表情のオネエに振ってみる。
「そんな訳ないでしょ!? あたしに聞かないでちょうだい! 魔法契約証もないのよ!? と言うか、この娘の魔法契約証どうなってるのかしらん!?」
逆ギレされた。俺のせいか? まあ、俺がしたことには違いないか……。
何かに気付いた2人が羊皮紙の巻物を持って来させて調べてる内に、フード付きの袖なし外套を嬢ちゃんに手渡しておいた。
「お、ありがとさん。ほら、服は帰ってから皆と買出しに出りゃ良い。一先ずこれ羽織っとけ」
「は、はい。ありがとうございます、ご主人様」
「な、何よこれ!? 名前が消えてるじゃないっ!?」
「嘘っ!? あれで契約が上書きされたってこと!? スキル持ち!?」
オネエと縦巻き髪の女が同時に、俺の方に振り向く。
「んな訳あるか。律令の女神様の覚えがめでたいだけだ」
「兎人なのにヴィンデミアトリックス様の覚えめでたい!?」
「気がする」
適当にはぐらかすか。
「「気がするだけなの!?」」
良い突っ込みだ。
「わはははははっ。ま、んな事どうだっていいだろ? 契約はちゃんとできた。もう少し競売を見てきてもいいだろ? おい、行くぞ」
「は、はい。ご主人様!」
「あ、ほれ、お前もこれ着けとけ」
鰐骨の仮面を着け直してフードを被ってから、同じ物を取り出して渡そうとしたら……。
「わ、鰐の骨ですか? も、申し訳ありません。祖父から、鰐の骨は身に着けるなと……」
面白え言い訳で断りやがった。
「ぶっ。なかなかいける口だな、おい。ま、今更顔を隠す必要もねえか。フードくらいはしっかり被っとけよ?」
「は、はい。ご主人様!」
と言うのも、あの最前列に陣取ってた精神病質者どもの誰かが、【識別】に類するスキルを使ったからこそ、俺の正体がバレた。じゃねえと初見で『毛皮を剥ぐ』とは言わんだろう。
正体を隠してる方が、考察できるヒントが多く手に入るって事だな。
「おい、俺たちだけで行かせるつもりか? 絡まれても知らんぞ?」
扉の前で振り返ってそう言うと、オネエが天井を仰ぎながらボヤいた。
「ああ、もう。何て日かしら!」
「そんなに喜ぶなって。張り切っちまうだろうがよ」
「止めてっ! それに喜んでないからっ! お願いだから静かにしててちょうだいっ!」
「そりゃ、相手に言ってくれ。俺はなるだけ揉め事を避けたいんだからよ」
「きーっ! どの口が揉め事を避けたいって言ってるのかしら!? この口ね! この口が悪いのねっ!? あたしの口で塞いじゃおうかしらっ!!」
キレて、俺に襲い掛からんばかりに迫ってくるオネエの両肩を押し返しながら叫ぶ。
「おい、莫迦っ、止めろっ! 俺にはそんな趣味はねえっ!! お前らも笑ってねえで助けろ!? ぎゃーっ! 喰われるーっ!!」
俺から目を逸らし、口を抑えて肩を震わせる4人に怒鳴りながら、青い小鳥のことをすっかり忘れていた俺は、自分の不運を嘆いていた――。
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