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幕間
閑話 女神たちの茶会5
しおりを挟む困ったことになりました。
水盤に映るハクトと青い小鳥を見ながら、溜息が出てしまいます。
事の起こりはこうです。
◆◇◆
ヘゼ姉様主催の茶会。
鶴の一声ならぬ、姉様の一声で決まったのですが……。
ええ、茶会自体は良いのです。
少しの息抜きは必要ですし、わたし自身もサボ……おほん、気分転換の良い口実になりますからね。
それに、八女のシュルマや末妹のライエル・アル・アウラなどは、茶会を餌してみたら仕事の効率が恐ろしい程上がりました。
普段からこれだけヤル気を出してくれていれば……。
え?
刺激がないからつまらない?
つまらないで、管理できるほど世界は甘くないのですよ!
まったく、誰に似たのやら……。
ぴゅーっとわたしの前から逃げ出し、ヘゼ姉様の後ろに隠れる2人を睨みますが、次女のザヴィヤヴァ姉様から弄られてしまいました。
「ザニア、そんなに眉間に皺を寄せたら、皺の跡が残りますよ?」
ね え さ ま!
その辺りしっかりお話しさせて頂きたいものですわね。
「おい」
そう詰め寄ろうと思いましたら、三女のアウヴァ姉様が袖を引きます。
あら、どうしたのでしょう。
いつも不機嫌そうなお顔が、更に不機嫌になられていますね。
こういう時は良くないことが多いのですが……。
「見てみろ」
アウヴァ姉様が顔を捻って顎で水盤を指します。
随分と器用な仕草ですが、アウヴァ姉様がすると嫌味なく見れるのが不思議ですね。
「ん……山の方に行く気」
ポリマ今何と言いましたか!?
山!?
ああ、ポリマはわたしの直ぐ下の妹で、六女です。その下に七女のスピカです。
わたしよりも先に水盤の前の席に着いていた妹の言葉に、慌てて水盤を覗き込みました。
ああ、何と言うことでしょう……。
アウヴァ姉様の視線が刺さります。
ええ、確かに申しました。
『今の時点ではそこに向かう気配もありませんし、あれも積極的に動く事はありませんから問題ないでしょう』と。
「どういうことかしら? ザニア、説明してくれるわよね?」
「は、はい。ヘゼ姉様」
普段おっとりしてて、優しい長女のヘゼ姉様なのですが、事ハクトの事になると眼の色が変わるのです。
「ザニア?」
「は、はい!」
そして1番怒らせてはいけない女神でもあるのですが……。
◆◇◆
困ったことになりました。
水盤に映るハクトと青い小鳥を見ながら、溜息が出てしまいます。
明きからに進路は骨の谷に向かっています。
ああ、そっちに言ってはダメです。
軍隊骸骨が出てしまいます。
「おい、それは拙いだろ」
「どういうことですか、アウヴァ?」
アウヴァ姉様お願いします。
わたしは姉様に説明を任せることにしました。
戦を司る姉様ですから、この手の説明はお手の物でしょう。
「そうだな。姉上は、軍隊蟻という生き物をご存知か?」
「ええ、知ってます。ハクトちゃんの居た地球の蟻のことでしょう? 南米特集で見ました」
「それと同じ性質を持ったスケルトンと言えば判ってもらえるだろうか。一度動き出すと、静まるまで時間が必要だ。しかも、1体でも動けば巣が連動して古戦場が真っ白になる」
「ザニア」
「は、はひっ」
ヘゼ姉様の視線が怖いです。心做し声色も低い気がします。
「深淵の森の情報はハクトちゃんに何処まであげてるの?」
「た、旅の栞に記して渡しております」
「ん……。ハクト、あれ読めなかった」
ポ リ マ さ ん?
今それをここで暴露しないでくれる!? そんなことしたらーー。
「ザニア」
「は、はひっ!」
「貴女、ハクトちゃんに現地の言葉が話せるようにしなかったの?」
「ん……会話だけ。字は読めない」
ポ~~リ~~マ~~。
何てことを言ってくれるのですか!
あれはハクトが功徳を積めるようにーー。
「ザニア、往生際が悪いぞ。全部吐いちまえ」
「ちまえなのだ!」「ちまえなの!」
アウヴァ姉様の真似をして調子に乗る、八女のシュルマや末妹のライエル・アル・アウラ。
2人をキッと睨みつけると、ヘゼ姉様とポリマの脇に顔を隠してしまいました。
困ったものです。
はぁ。分かりましたお話します。
と言っても話すことは然程ありません。
ハクトと遣り取りをしたあの少しの時間で何を考え、何を備えたのかという話ですから。
ですが、ヘゼ姉様の表情は芳しくありません。
「お前な。最低限過ぎるだろ」
アウヴァ姉様が呆れた口調で窘められるのを横目に、ヘゼ姉様も大きく肯いておられます。
そうでしょうか。
住む所は違えど、着の身着の侭であることは変わらない訳ですし、言葉が読めないというのは誤算でしたが、誰かから教えてもらえば済むと思ったのです。
寧ろ、過保護よりもある程度体を丈夫にした方が後々良いと考えたのですが……。
「ん……ぼっちのヒルダが来た」
「ここでかよ。拙いな」
と弁明をしていましたら、ポリマが水盤を指差します。
いつの間にか、軍隊骸骨が溢れ返っている古戦場に近づく高位アンデッドが居るではありませんか。その中を俊敏に動き回るハクトも大したものです。
やはり兎の獣人を選んだのは正解でした。
「ぼっち? あれは、リッチではないかしら?」
「ん……リッチだけど、ぼっちのヒルダ。300年1人」
ヴィンデミアトリックス姉様の問い掛けにポリマが的確に答えています。
この子は相変わらず、必要最低限しか話しませんね。
「あらあら。それはお可哀想に」
ヴィンデミアトリックス姉様も負けずおっとりです。姉様、その答えで満足出来たのですか?
「おおっ! ぼかんなのだ!」「ぼかんなの!」
そのリッチが爆炎の魔法を使ったのが映し出されました。
「「おおっ!」」
それを躱すハクト。見事な判断力です。
シュルマやライエル・アル・アウラは派手な魔法に身を乗り出して水盤を見ています。これ、落ちますよ。
「「「ああっ!?」」」
ですが、直ぐに炎の鞭の魔法で捕まってしまいます。
シュルマやライエル・アル・アウラだけじゃなく、ヘゼ姉様もそんなに身を乗り出しては危ないですよ。
炎の壁で骸骨たちを遠ざけたリッチ。
どうやらポリマが言うように、ぼっちであることへの劣等感が強いようです。
ハクトにも敵意はないようですし……。
これは……使えるかも知れません。
そう考えていると、アウヴァ姉様とポリマの声がほぼ同時に歓談室に響き渡りました。
見ると、ハクトが炎の壁を飛び越え、リッチの静止を振りきって骨の谷の方に駆け出したではありませんか。
「拙い。そっちはダメだ!」
「ん……そっちに行くとあれが居る」
ガタンと席を蹴って立ち上がるザヴィヤヴァ姉様の口から、1番聞きたくない言葉が出てしまいましたーー。
「ヘゼ姉様、あの奥の谷には炎帝アドヴェルーザが居るのではありませんでしたか!?」
――炎帝アドヴェルーザ。
彼の者が深淵の森に長く居座った所為で巨大な魔素溜まりができ、森の生態系を狂わせてしまったのです。
今のハクトでは迚も斯くても敵う相手ではありません。
ですが、わたしたちは失念していたのです。
スピカがハクトに先んじて骨の谷の周りを飛んでいたということをーー。
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