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第1章 西挟の砦
第67話 えっ!? まんまじゃねえかよ!?
しおりを挟む「騙されるかっ! サーツェルの刺客めっ!」
えっ!? 俺が刺客!?
若い女の声と合わさるように、暗がりから篝火の明かりを反射した白刃が煌めいた様に見えたーー。
「おっと、ちょっと待ちなっ! んなもん、人が居るとこで振り回したら危ねえだろうが!」
刀でなはいが、反り返った片刃の剣を横薙ぎに振って腹を斬り裂こうとする動きに合わせて、半身を半歩後ろに下がりながら開き剣先を躱す。
「ふぇっ!? 嘘っ!?」
“沙鏩火”
単なる三才歩、反三才歩と日本古来の足捌きを掛けあわせたようなものを、ウチの流派ではそう呼んでる。意味は……忘れた。
躱した瞬間に軽く後頭部をトンッと押して勢いを付けてやれば、後は勝手に転んでくれる。
「だから、誰が刺客だってんだ? ったく人の話を聞けてってんだよ」
「きゃああっ!?」
「ヒルダ、説明を任せた」
入り口へ向けて転がる若い女らしい姿を目で追いながら、入り口に到着した影に声を掛ける。意外に到着が早かったとこを見ると、走ってきたんだろう。
「うむ」
「いったーいっ! 何で今のが躱せるのよ!?」
頭を摩りながらその場で尻をペタンと付けて座り込むシルエットが見えるが、影で顔が見えん。若い女であることは何となく判る。主に動きだ。訓練を積んだ者の動きだが、真っ直ぐ過ぎるのさ。
「お前が弱いから。ハクトに敵う訳無い」
「全く助けに来て襲われたら、本末転倒ではないか」
「え……。じゃあ、本当に助けが来たの!?」
ヒルダとプルシャンに窘められて頭が冷えたのか、現実を呑み込み始めたようだ。
「うむ。何と言ったか忘れたが、獅子の獣人であれば主君があっという間に倒したぞ」
「本当、あっという間だったね!」
「うそ……あいつ殺人鬼で200レベル以上のはずよ!?」
200レベルで大袈裟な……。
それよりも、だ。奥に人が居るのは判るが、何人居るのかまでは数えきれん。
「落ち着いたんなら、火を持って来てくれ。中に何人居るのか判らねえ。あと、動けるんなら広場に行ってくれるか? 騎士団の姉ちゃんたちが世話してくれるはずだ」
「えっ!? 団長たち無事なの!?」
「おう。危うく馬に手足を引き千切られるとこだったがな。間一髪だったぜ?」
「ふぇぇぇぇ~~! 良かったぁ~~!」
泣いてるのか、安心して声を漏らしたのか良く分からん反応だが、それに呼応してか奥から気配が近づいてくる。近づいてくれば夜目が利くから、だんだん見えるようになってきた。
「主君、火だ」
「おう。ありがとな……っとこりゃ……」「うわ~皆お腹大きいね!」
松明を受け取り、奥に向けて翳すと20人ほどの女たちがゆっくりと歩いてくる様子が浮かび上がった。プルシャンが思わず口走ったように、皆腹がデケえ。つまり、子どもが腹に居る状態で連れてこられたか、ここで孕まされたかってこった。
……不憫だな。
変な同情の言葉を口に出すよりも、黙ってた方が良い気がするぜ。
「ヒルダ」
「何だ、主君?」
「この人ら連れて先に広場へ戻ってくれるか?」
「それは良いが、主君はどうするのだ?」
そこだ。松明を受け取って、振り返ったら。そこに居たのは、ふさふさの毛に覆われた犬の獣人だった。
えっ!? まんまじゃねえかよ!?
松明に照らされて浮かび上がるその顔は、狼のソレだった。それだけじゃねえ。
ペタンと尻を付けて座ったまま項垂れる姿を見て、娘が幼い頃に家で飼ってたシベリアンハスキーを思い出しちまったよ。いや、そこじゃねえ。
気付いちまったのさ。
頭の先から足の先まで、体毛に覆われてることに。
つまり、つまりだ。この世界の獣人ってのは、男も女も二足歩行型の獣ってことか!?
ああ、あと言葉も喋る、な。
くそぉ。どっかで女の方は人と同じ姿で耳と尻尾が獣だって期待してたぜ。
「俺は、プルシャンと、そこの犬の姉ちゃんを連れて」
親指で指差しながら説明しようとした瞬間に、訂正を被せてきやがった。
「犬じゃない! 狼!」
「おう、悪いな。狼の姉ちゃんに、盗賊共が貯め込んでた金目の物を置いてるとこに案内してもらってから戻る」
短く謝ってから、簡単に流れを説明しておく。
「そんなこと言っても、行ったこと無いよ?」
狼のくせに何でそんなに自信がねえんだ?
「鼻が利くんだろ? 金目の物が置いてあるところは必然的に人が多くなる。臭いが濃い場所へ案内してくれりゃそれでいい。お前さんらの装備品が良い物だったんなら、同じとこに置いてあると思うがな? ま、無けりゃ無かったで、明るくなってから手分けして探さえばいいさ」
「じゃあ、今探さなくたって……」
「莫迦か。もし生き残りが居て、金目の物だけ持ってとんずらこかれたらどうするんだ? あ? あいつらが貯め込んでる金でここに居る奴らの生活費を分配するんだぞ?」
「うぐ……莫迦って言われた……」
それくらいで凹むなよ。
「ほら、しょぼくれてねえで行くぞ。お前さんの鼻に期待してるんだからよ? ヒルダも頼んだ」
「うへへ。仕方ないなぁーっ!」
チョロいな。元気よく立ち上がって尻の誇りを払う狼娘。あ~これはあれだな。人で言うとこの素っ裸の状態なんだろうが、全身毛で覆われてるから、それすら良く分からん。
こう見ると、あんまり獣人っていう種族は羞恥心がねえのかも知れんな。
ま、おいおい慣れるか。
「うむ。任された。主君も油断せぬようにな」
「そうだな。ありがとうよ」
そうだった。『勝って兜の緒を締めよ』だな。ちぃと気が緩んでたぜ。
「ふあっ!?」
ヒルダのツルツルした頭をガシガシと撫でてから、狼娘の後ろを追うことにする。
良く分からん声をヒルダが上げてたが、まあいつものことだ。夜空で冷たい光を放つ双子月を見上げながら、「今夜は長くなりそうだな」と俺は小さく呟いたーー。
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