ディープラーニングから始まる青魔道士の快進撃

平尾正和/ほーち

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第1章

幕間 とある青銅票冒険者たち

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 迷宮都市パーラメントは、その名のとおりいくつもの迷宮ダンジョンを有している。

 そのひとつに『神殿』がある。

 元は古代遺跡だったのだろうと言われているが、発見された時点でかなり拡張されたダンジョンだったので実際のところは不明だ。

 『神殿』のように、既存の施設がダンジョン化することは多いが、それにどのような条件が必要なのかはいまだ解明されていない。

 わかっていることと言えば、ダンジョンの中心にはダンジョンコアと呼ばれる核が存在すること。
 そしてダンジョンコアは自らを守るように魔物やトラップを生み出し、ダンジョン内部を拡張していくことくらいだろうか。

 コアは己を守るため、まず魔物を生み出し、トラップを配置したのち、内部を拡張、あるいは作り変える。
 そのため魔物の討伐やトラップ排除のペースが速いと、拡張や変化などは行われない。

 実際ここ数十年、『神殿』内の構造は変わっていなかった。

 外から見た『神殿』の広さは民家が数件収まるかどうか、せいぜい広い屋敷程度のものだ。
 しかしその内部は、街ひとつが入るほどに広い。

 内部の空間が、歪んでいるのだ。

 迷路のように入り組んだ通路、あちらこちらに配置された意地の悪いトラップ、そして多種多様な魔物が多数出現することから『狂乱の神殿』と呼ばれることもあった。

 その『神殿』内を、5人の男女が歩いていた。
 全員が、首から銅色の認識票を提げている。

 【戦士】【武闘僧】【弓士】【白魔道士】【黒魔道士】と、少し後衛に偏ってはいるもののそれなりにバランスの取れた編成だった。

 前衛であるふたりの男性が前を歩き、そのあとに3人の女性が続いている。

 全員が若いヒューマンで、二十代前半といったところか。
 装備はランク相応のものを身に着けており、駆け出しを卒業してはいるがベテランにはまだ遠い、といった具合だ。

「ねぇ、もうちょっと早く歩けないの?」

 【弓士】の女性が、前を歩くふたりの男性へ不満げに告げる。

「うるせぇ。5人で初めての『神殿』なんだぞ? 慎重にいくべきだろうが」

 先頭を歩く【戦士】は、軽く腰を落としてゆっくりと歩きながら【弓士】に反論した。

「そうかもしんないけどさぁ。もう半日潜ってるのにまだ10匹そこらしか倒してないのよ? しかもザコばっか。このままだと赤字じゃん」
「だったらお前が先頭歩くか?」
「ええ、いいわよ。弓士の私のほうがアンタらより勘も鋭いし?」
「ちょっとやめなよ」

 売り言葉に買い言葉で前へ出ようとする【弓士】の腕を掴み、【黒魔道士】が窘める。

「お前も、言い過ぎだぞ」
「ふん……」

 半歩うしろを歩く【武闘僧】に注意され、【戦士】は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「てかさぁ、やっぱおじさんをクビにしたの、間違いじゃない?」
「あぁ!?」

 しばらく無言で歩いていた一行だったが、不意に放たれた【弓士】の言葉に、【戦士】が声を上げて足を止めた。

「あのヤロウがなにやらかしたか、忘れちまったのか!?」
「それは……」

 【戦士】に詰め寄られた【弓士】は、気まずそうに目を逸らして口ごもった。


 彼らは全員が同郷の幼馴染みで、冒険者としての栄達を夢見てこの迷宮都市パーラメントを訪れていた。
 よくある話である。

 それなりにバランスの取れたジョブに恵まれ、『草原』での活動は順調だった。
 1年そこらで青銅票冒険者ブロンズタグとなり、ステップアップのため活動の場を『神殿』移す、というのもこの街ではお決まりのルートだ。

 だが彼らには、『神殿』を攻略するために必要なジョブが欠けていた。

 【斥候】である。

 迷宮のように入り組んだ場所では、不意打ちを喰らうことが多い。
 各所に設置されたトラップも厄介だ。
 それらを回避できる【斥候】がいなければ、『神殿』での活動は困難を極めるのだった。

 そこで彼らは【斥候】を雇うことにした。

『へへ……よろしくお願いしやす』

 メンバー募集に応じてくれたのは、20以上歳の離れた鋼鉄票冒険者スティールタグの猫獣人だった。

 長くこの街で活動していたおかげで【斥候】としての腕は確かだったが、戦闘能力はからっきしという人物である。
 そのため、安く雇われてくれたのだが、メンバーの中には戦闘への貢献が低いことをよく思わない者もいた。

 雇った【斥候】のおかげで、『神殿』での活動は順調だった。

 だがある日、事件が起きる。

 トラップ解除に集中していた【斥候】が接近する敵の察知に遅れ、不意打ちを受けてしまい、メンバーのひとりである【白魔道士】が大けがを負ってしまったのだ。
 救助のため高級な霊薬ポーションを使う羽目になり、彼女の生命力回復を待つため、しばらくのあいだ活動休止を余儀なくされた。

 リーダーである【戦士】が責め立てると、【斥候】は加齢のせいで耳が少し遠くなっていることを白状した。

『耳の遠い斥候がなんの役に立つってんだ! テメェなんざクビだ!!』

 それを隠していたことに激怒した【戦士】は、わざわざギルドの酒場でそう怒鳴って【斥候】をクビにした。

 それ以来、その猫獣人をギルドで見ることはなくなった。
 この街で活動しづらくなって活動拠点を移したのではないかと噂されたが、どうでもいいことだった。

 彼らは新たな【斥候】を募集した。

 だがあの中年の猫獣人ほど条件のいい冒険者はいなかった。
 ギルド内で個人の弱点を喧伝するかのような行為が嫌われた、ということもあったのかもしれない。

 結果、彼らは【斥候】抜きで『神殿』を探索することにし、今日がその初日だった。


「あんなおっさん、いなくても問題ねぇよ」

 吐き捨てるように【戦士】は言うと、ふたたび歩き始めた。

「おい、もっと慎重に……」
「うるせぇ!」

 ずかずかと歩いていく【戦士】に【武闘僧】が声をかけるも、彼はそれを無視して先へ進む。
 その脇を、【弓士】がひょいと通り抜け、【戦士】のあとに続いた。

「いいじゃない。ここらへん、何回もきたとこでしょ?」
「それは、そうだが……」

 過去に探索した場所より先にはいかない。
 彼らは【斥候】抜きで探索するにあたり、そう決めていた。

 少し進んだところの分かれ道で、【戦士】が待っていた。

「これ、どっちだった?」

 メンバーが追いついたのに気づいた彼は、少しバツが悪そうに尋ねた。
 少しの不和など、すぐに解消できる程度には長いつきあいである。
 メンバーは彼の態度を気にする様子もなく、周りを見渡した。

「左、じゃないか?」
「えっ、右でしょ?」
「ここはまだ曲がらずにまっすぐだったような……」

 ルートはすべて【斥候】が決めていた。
 彼の頭には『神殿』のマップがすべて入っており、安全で効率のいい場所を案内してくれていた。

「この先って、ヤバい罠があるって言ってなかった?」
「そういえば、聞いたような気もするな。間違ってもこっちにいっちゃいけねぇって。でもどれだったか……」
「……一度引き返し、マップを買って出直した方がいいかもしれんな」
「ええー、ここで帰ったら赤字確定よ? もうちょっとだけいきましょうよ」

 話し合った結果、あと一度の戦闘を終えたら帰ると決めた。

「敵、出ないわね……」
「ああ。リザードマンが3匹くらい出てくれりゃ、トントンなんだけどよ……」

 一行は不安に駆られながらも、通路を進む。薄暗い通路の壁や床には装飾品などがなく、変わり映えのしない景色が続いた。

 もう、見覚えがある場所なのかそうでないのかもわからなくなっている。
 何度か角を曲がったが分かれ道はなかったので、帰るのに迷う心配がないのだけは幸いだと思うことにした。

「こんな一本道、やっぱり知らないよ……」

 最後尾を歩いていた【白魔道士】が不安げに呟く。

 全員が心の中で同意しながらなにも言えず、歩き続けた。
 せめてあと1回、ゴブリンでもいいから遭遇したい。

 その戦闘を終えれば、帰る理由ができる。

 結局一行は一度も魔物に遭遇することなく、さらに1時間ほど歩いた。
 ただ、進むペースはかなり落ちていたので、大した距離を進んだわけではなかったが。

「なに、ここ……?」

 見覚えのない広間を前に、【弓士】が呆然と呟いた。

 それは冒険者ギルドがすっぽりと収まりそうなほど、広い空間だった。

「お、おい、あれ……!」

 【戦士】が声をあげ、床を指さす。

 だだっ広いフロアのあちらこちらに、魔法陣が浮かび上がった。

 その数は、20を超えていた。
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