ディープラーニングから始まる青魔道士の快進撃

平尾正和/ほーち

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第1章

第3話 迷宮都市パーラメント

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 迷宮都市パーラメント。

 いくつものダンジョンを有する大都市である。

 主な産業はダンジョンに棲息する魔物を倒し、魔石と素材を採取することだ。

 ダンジョンというものがなんであるかは、よくわかっていない。
 ただ、そのダンジョンなるものに魔物が棲息し、それを狩れば効率よく資源が得られることはわかっているので、人々はダンジョンに潜る。

 魔物を狩って得られる資源とは、魔物の死骸から剥ぎ取れる各種素材と、魔石だ。

 本来なら倒した魔物を解体しなければ得られないものだが、ダンジョンに棲む魔物は倒せば、なぜか素材と魔石を残して死骸が消える。
 得られる素材は目減りするが、解体の手間が省けるのでむしろ効率はよかった。

 肉や皮、骨、牙、角など、食材やさまざまな加工品として使える素材と、人類の文明を支えるエネルギー源である魔石を得るため、ダンジョン攻略は人々にとって欠かせない産業だった。

 そうやってダンジョンに潜り、魔物を狩ることを生業とする人たちは、冒険者と呼ばれていた。

 その冒険者を束ねる組織が、冒険者ギルドだ。

 パーラメントの一角にある冒険者ギルドは常に多くの人がいるのだが、夕暮れ前のこの時間はとくに混雑している。

「ふぅ、やっと帰ってこられたわね」

 ギルドに入ったアンバーが、安堵したように息をついた。

 石材や木材を中心に、魔物の骨や皮で補強された頑丈で大きな建物に入るとまず酒場があった。

 そして奥にいけば素材の納品など各種手続きが行える窓口が設置されていた。

「じゃあ、報告と納品にいきましょうか」
「だね」

 アンバーとともに、ラークは受付台に向かった。

 ふたりはいくつかある受付台のうち、比較的人の少ないところへ並ぶ。

 ほどなく、彼らの順番が回ってきた。

「おつかれさまでした。探索の報告、素材や魔石の納品でよろしいですか?」
「はい、おねがいします」

 丁寧に尋ねてくる受付担当の女性に、ラークも丁寧に返す。

「それでは、よろしくお願いします」

 ラークの態度に柔和な笑みを浮かべた彼女は、手続きを始めた。

 まずはアンバーがポーチから素材や魔石を取り出し、それを受付台に並べていく。

 レッサーワイバーンを倒して手に入れたもの以外にも、多くの素材や魔石があった。
 あの個体に出会うまで、ほぼ1日歩き回った成果だった。

「おや、今日は『草原』だったのですね」

 受付担当が、親しげに話しかけてくる。
 彼女は長くこの地で活動するラークとはもちろん、最近冒険者になったばかりのアンバーとも顔見知りだった。

 ちなみに『草原』というのは、ふたりがいたダンジョンを指す名称だ。

 その名の通り草原を中心とした広い場所で、所々に森や小高い丘、それに荒れ地などがある。

 ダンジョンというのはなにも屋内だけに留まらない。
 特定の地域がさまざまな要因によって変質することで生まれるので、屋外に発生することも少なくなかった。

 受付担当が少し意外そうに言ったのは、『草原』が初心者向けのダンジョンだからだ。

 この町で冒険者になった者は、まず『草原』へ足を踏み入れる。
 ゆえに『草原』は、『最初の草原』という異名をもっていた。

 パーティーを辞めたばかりとはいえ、数年の活動実績を持つラークが訪れるような場所ではないのだ。

「はい、ラーニングしたかったので」
「なるほど、そういうことなんですね」

 少し照れ気味に答えたラークに、受付担当は納得した様子で頷いた。

 さまざまな魔物から〈ラーニング〉する必要がある【青魔道士】が、ランクとは不相応なダンジョンを訪れることは珍しくない。

 実際あのレッサーワイバーンも、『草原』内ではそこそこ強いものの、活動歴1~2年の冒険者であれば倒せる程度の敵だ。
 そこそこベテランのラークが苦戦したことに、エドモンが呆れたのも無理はないのである。

 それでもちょっとしたミスが続くだけで格下の相手にすら命を奪われる恐れもあるのが、冒険者という職業の怖いところだった。

「それでは、少しお待ちくださいね」

 受付担当が手際よく素材を鑑定し、評価を点けていく。

「はい、こちら査定額になります」

 魔石の納品と合わせて、そこそこの金額になった。
 特に文句はないので、ラークは納品書にサインをする。

「おつかれさまでした。ダンジョン内ですが、特に異常はありませんでしたか?」
「そうですね……」

 ダンジョン内で気になったことがあれば、ギルドに報告する。
 もし異常があればダンジョンに潜った冒険者だけでなく、町が危険にさらされることもあるため、この報告という作業も需要だった。

「気になる点といえば、レッサーワイバーンの咆哮で俺がスタンを喰らったことでしょうか」
「それは……気になりますね」

 まだ冒険者になったばかりのアンバーが状態異常を起こすのはまだわかる。
 だが火傷を負って弱っていたとはいえ、格上のラークが一瞬でも硬直するほどの威力など、レッサーワイバーンの咆哮にはないはずだ。

「やはり、魔物が活性化しているようですね」
「それってやっぱり、魔王交代が影響してるんでしょうか」
「おそらく……」

 少し暗い雰囲気になったが、受付担当はそれを払拭するように明るい表情を浮かべ、アンバーに目を向けた。

「そうそう、アンバーさん、おめでとうございます」
「はい?」

 突然そう告げられ、アンバーはクビを傾げる。

「まさか……」

 ただラークにはなにか心当たりがあるのか、驚いたような顔をした。

「アンバーさん、6級から5級にランクアップです」
「ほんとに!?」
「うわー、まじかー……」

 ランクアップを告げられたアンバーは喜びの声を上げ、ラークは額に手を当てて天を仰いだ。

「それでは認識票を」
「ええ、ちょっと待ってね」

 首にかけた革製の認識票を取り外しながら、アンバーは弟に目を向けてフンと鼻で笑う。

「むむ……」

 悔しげな顔をしたラークだったが、すぐに受付台に手を置き、身を乗り出す。

「ちょ、ちょっと……ラークさん……!」

 突然ラークが顔を近づけてきたことに、受付担当は戸惑い、軽く頬を染めた。

「ねぇねぇ、俺は!? 新しい青魔法覚えたじゃないですかぁ!」

 そんな彼女の変化に気づく様子もなく、ラークはまくし立てる。

「はぁ……残念ながら」

 受付担当は心底残念そうにため息をつく。
 そんなやりとりを見て、アンバーは呆れたように肩をすくめた。

「えー、なんで?」
「パラライズテイルは、尻尾のないヒューマンには使えない青魔法ですからね」
「いやそうだけどさー。でもアビリティはあがったわけだし?」
「レッサーワイバーン程度のアビリティでは……」
「そんなぁー……」

 習得したスキルや魔法によって実力を証明できればランクアップに繋がることもあるのだが、残念ながら今回はダメだったらしい。

「はいはい、邪魔邪魔」

 がっくりとうなだれる弟の襟をつまんで引き下げながら、アンバーは外した革製の認識票を受付台に載せた。
 ラークは姉に促されるまま、受付台を離れた。

「ではこちら、新しい認識票となります」

 革製の認識票を受け取った受付担当が代わりに差し出したのは、銅色に輝く金属製の認識票だった。

 五級冒険者の証しとなる、青銅ブロンズ製の認識票タグである。

「ふっふーん。これであたしも青銅票冒険者ブロンズタグ、つまり一人前の冒険者ってわけね」

 冒険者のランクは、タグの素材で呼ばれることが多い。

 冒険者になりたての7級なら木製なので木板票冒険者ウッドタグ、6級は革製なので皮革票冒険者レザータグ、5級は青銅製なので青銅票冒険者ブロンズタグといった具合に。

 ちなみに7級は新人、6級は半人前、5級で初めて一人前と見なされるのが、冒険者という職業だ。

「まずい、このままだと姉さんに追い抜かれてしまう……」

 予想を大きく上回る姉の活躍に怯えるラークは、4級の鋼鉄票冒険者スティールタグである。

「あのー……」
「なんでしょう?」

 おずおずと尋ねるラークに、受付担当はアルカイックスマイルで応える。

「やっぱりまだ『塔』には入れませんか?」
「申し訳ありません。『塔』ですと最低でも4級の方がふたりいませんと……」
「あー、早く白銀票冒険者シルバータグになりたいなー。そしたらソロで『塔』に入れるのになー」

 わざとらしく拗ねるラークに、受付担当が苦笑する。

 ちなみに白銀票冒険者シルバータグはラークのひとつ上、3級冒険者を指す呼称だ。

「贅沢言わないの。ほら、あたしが青銅票冒険者ブロンズタグになったんだから、『神殿』に入れるじゃない」
「そうですね。アンバーさんは5級になりましたから、入場規制が外れますね」

 この町にはいくつものダンジョンがあり、その難易度に合わせて入場規制がかけられていた。
 いうまでもなくそれは、冒険者の安全を考慮してのものだ。

「あー『神殿』かぁー。やだなぁ。あそこトラップが多いから嫌いなんだよなぁ」
「文句言ってもしょうがないでしょ。あたしがもうひとつランクアップするまで我慢しなさい」
「それっていつになるのさー」
「んもう……お姉ちゃんがんばるから、ね?」
「……はぁい」

 口を尖らせつつも渋々納得するラークの姿に、アンバーと受付担当は顔を合わせて、小さく笑い合った。

「ほら、いつまでもいたら邪魔でしょ。帰るわよ」
「はぁい。またきます」

 力なく背中を丸めたまま姉に返事をしたあと、ラークは受付担当に軽く頭を下げる。

「はい、お待ちしております」

 仲のいい姉弟の姿に少しだけほっこりとしながら、彼女はふたりを見送るのだった。
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