簡雍が見た三国志 ~劉備の腹心に生まれ変わった俺が見た等身大の英傑たち~

平尾正和/ほーち

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序章 気がつけば簡雍

北門の鬼

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 洛陽までの道のりは、控えめに言って地獄だった。
 旦那の厚意で馬車を用意してくれたんだが、荷馬車に毛が生えたようなもんだったので、乗り心地は悪かった。
 途中、楼桑村に寄って厚手のむしろ――わらで編んだ敷物――を敷いてからは、少しばかりましになったけど、サスペンションもゴムタイヤもない荷車にぐるまの揺れと衝撃は半端ない。
 馬車を引く馬もポニーをひと回り大きくした小さいやつなので、3人いっぺんに乗ると歩くより遅くなるから、交代で歩いた。
 正直、馬車に乗ってるのと歩いてるの、どっちが楽かわからんくらい、本当に乗り心地は悪かった。

『憲和、わざわざついてこなくていいんだぞ?』

 と劉備は言ってくれたんだけど、花の都洛陽だぜ?
 行ってみたいじゃん!
 なんて思ってついてきたけど、ほんと、留守番してりゃよかったよ。

「先生、見えてきたぜ?」

 杖をつきながらとぼとぼと歩いていた俺は、張飛の声で顔を上げた。

「おおー」

 まだ遠くに見えるだけだが、それでもわかるほど、その城壁は見事だった。
  北の幽州を出て南下し、冀州きしゅうをまるっと縦断してさらに数日。
出発から半月ほどが経っていた。

「さて、通れるかな」

 入場の列が進み、そろそろ俺たちの番が来るころだ。
 近くで見た城壁はやっぱり見事で、これは平成日本でも味わえない感動だった。
 漢帝国の首都、洛陽をぐるりと囲う城壁の北側の門に、俺たちは並んでいた。
 北から来たんだから北門にくるのは当然だ。

「都だってのに、貧乏くせぇのが多いなぁ」

 と、張飛が呟く。
 なんでもこの北門は、賄賂が効かないので富裕層は避けるらしい。
 なんでも、鬼みたいに怖い門番がいるんだとか。

「次」

 いよいよ俺たちの番だ。

「名は?」

 冷たい表情のまま、門番が質問する。
 なるほど、これが鬼の門番か……ってか、超イケメンじゃね?
 なんかビジュアル系バンドでボーカルできるくらいのイケメンだよ、まじで。
 背がちょっと低いけど、それはそれで悪くないな。

おう子伯しはくといいます」

 もちろん偽名だ。

「身分証は?」

 ここでいう身分証ってのは、通行手形みたいなもんだな。
 この時代、役人が身元を保証する文書がないと、旅はできない。
 習の旦那がその気になれば偽造も可能だが、そこから足が着いちゃまずいってんで、別のプランを用意していた。

「もうしわけありません。道中野盗に襲われてしまい、見ての通りの有様でして……」

 劉備は旦那に用意してもらった高そうな服を、適当に汚して着崩していた。
 俺と張飛も、ところどころ服を破ったりしている。
 つまり、洛陽に来る途中で盗賊に襲われ、身分証を失ったという体だ。

「悪いが通すことはできんな」
「そんな……わざわざ青洲の片田舎から兗州えんしゅうを横断してここまで来たのです! ひと目だけでかまいませんから、都を見せていただけませんか?」

 この旅程ももちろん嘘っぱち。
 ようは、泣き落としてなんとか入場させてもらうってのが、今回のプランだ。

「同情はするが、身分の不確かな者を都に入れるわけにはいかん」
「で、ではこれが身分証代わりになりませんか?」

 そう言って劉備は、腰に差したふた振りの剣を鞘ごと抜き、イケメン門番に提示した。

「これは?」
「我が家に伝わる宝剣でございます」

 これも習の旦那に用意してもらった者だ。
 旦那の何代か前の先祖が、借金のカタにぶんどったものらしい。
 鞘や柄に施された装飾は見事だけど、あくまで宝飾品なので、武器としては使えない。

「ふむ、雌雄で一対になっているのか……見事な剣だな」
「どうかお願いします、部尉ぶいどの。1日だけでもいいので、都を見物させてはもらえないでしょうか?」

 部尉ってのはこの門の警備責任者に当たる役職だ。
 つまりこのイケメンさん、若いけど結構偉い人みたいだな。

「ふむう、しかしだなぁ……」

 一応考えるそぶりは見せてるけど、こりゃなんかダメっぽいぞ?
 どうもこのイケメン部尉、かなり優秀みたいで、劉備のアルカイックスマイルに惑わされそうにないんだよなぁ。

「おい孟徳もうとく、そう意地の悪いことを言ってやるなよ」

 そのとき、ふと別の男がイケメン部尉のうしろから、別の男が現れた。
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