簡雍が見た三国志 ~劉備の腹心に生まれ変わった俺が見た等身大の英傑たち~

平尾正和/ほーち

文字の大きさ
3 / 30
序章 気がつけば簡雍

歴史に残らぬ者

しおりを挟む
 俺たちの住む楼桑村ろうそうそんと同じ琢県たくけんにある、別の街へ行く。
 もちろん徒歩で、だ。

「どうだ憲和けんわ、私の作った草履ぞうりは歩きやすいだろう」
「ああ、そうだな」

 と返事はしたものの、平成日本のスニーカーに慣れた足に、草履はキツい……。
 まぁ身体のほうも時代に合わせてか、少しばかり丈夫にはなっているみたいなんだが、心が覚えてるんだよなぁ、スニーカーの履き心地を。

「おれたち足に合わせてわざわざ兄貴が作ってくれたんだ。いくら歩いても疲れやしねぇよ」

 張飛の言うとおり、俺の足に合わせて劉備が作ってくれたオーダーメイドなので、馴染んでくるといい感じになるんだけどね。

「見えてきたな」

 日の出とともに出発し、北西に向かってひたすら歩き続け、そろそろ日が暮れようかというころ、少し立派な木柵に囲われた街に到着した。
 広さも人口も楼桑村の倍はあろうかという、ちょっとばかり賑やかな街だ。
 村の入り口には一応見張り番が立っていて、簡易な革鎧と槍を装備していた。

りゅう玄徳げんとくです。しゅうの旦那に呼ばれてきました」
「おう、よく来てくれた。旦那がお待ちだ。すぐに行ってくれ」

 劉備りゅうびを先頭に街を歩き、ひと際大きな家の門をくぐる。

「おお、玄徳! よう来てくれたのぉ!!」

 家に入ると、恰幅のいいおっさんが俺たちを迎えてくれた。

「ご無沙汰しております、旦那」

 そう言って劉備が頭を下げたので、俺と張飛もそれに倣った。

 この習の旦那というのは、このあたり一帯を治める大地主だ。
 といっても、なにかしら官職に就いているわけではなく、ただ単に顔役というだけなので、このおっさんの名前が歴史に残ることはない。
 とはいえこの時代、習の旦那みたいな地方の有力者の存在は無視できない。
 そして劉備は、こういった有力者から、妙に気に入られていた。

「いったいなにごとです? 旦那が私どもを呼び出すなんて、珍しいじゃないですか」
「おぉ玄徳……聞いてくれぇ……」

 そう言ったあと、習の旦那は酒の入った椀を手に取り、ぐいっと飲み干した。
 そして劉備に向き直ると、目からぼろぼろと涙を流し始めた。

「息子が、季平きへいが殺されたんじゃあ……」

 その言葉に、俺たち3人は息を呑んだ。
 そして涙ながらに語り始めた旦那の話をまとめるとこうなる。

 殺された季平くんというのは8人兄弟の末っ子で、まだ15になったばかりだった。
 成人を迎えた祝いに、帝都である洛陽らくようへ観光にいったのだが、そこでいい女を見つけて、いい仲になり、見事大人の階段を上るに至った。
 そこまではよかったのだが、相手が悪かった。
 洛陽でもそこそこ偉い役人の、情婦だったのだ。
 憐れ、季平くんは、情婦を寝取られて怒り狂ったその役人に囚われ、殺されてしまったというわけだ。

「頼む玄徳! その役人をぶち殺してくれぃ!!」

 物騒な話だが、よくある話だ。
 漢帝国が治めているとはいえ、平成の先進国のような治安組織が中華全土を網羅しているわけもなく、秩序維持には民間の力がかなり必要になる。
 近いところだと、俺の生きていた時代からほんの数十年前、戦後の日本ですら、警察組織がまともに機能するまでは、自警団のような組織が秩序を維持していたって話だもんな。
 つまり、この習の旦那も、ここら一帯の秩序維持をある程度担う組織のボスみたいなもんだ。

「都の青瓢箪あおびょうたんにガキぃられて黙っとったら、男が廃るっちゅうもんじゃあ」

 ようは、ヤッちゃんってこった。

「頼む! あの子の無念をはらしてやってくれや、玄徳ぅ!」

 とはいえ所詮田舎のヤッちゃんなわけで、琢県や琢郡たくぐん、いや、この旦那なら幽州ゆうしゅうの役人程度ならどうとでもできる力はあるだろうが、さすがに洛陽は別格だ。
 あ、ちなみにだけど州の中に郡があって、郡の中に県があるからな。
 郡と県の関係が日本と逆だから、ちょっとややこしいよな。

「わかりました。息子さんの無念、この劉玄徳がかならず晴らしてみせましょう」

 そして劉備は、こんなふうに名もなき有力者の人脈のもと、裏家業に手を染めていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

処理中です...