簡雍が見た三国志 ~劉備の腹心に生まれ変わった俺が見た等身大の英傑たち~

平尾正和/ほーち

文字の大きさ
6 / 30
序章 気がつけば簡雍

決行

しおりを挟む
 洛陽らくように入った俺たちは、さっそく宿に入って旅装をといた。
 かなりいい宿なんだが、なんと袁紹が用意してくれたのだ。
 しかも料金まで彼が持ってくれるという。

「なにからなにまでお世話になります」
「なに、気にすることはない。言ってみればあなたは私の食客しょっかくのようなものだ。お金のことは私に任せて、存分に洛陽を堪能するといい」

 食客、というのは中華に昔からある概念で、大雑把にいうと居候かな。
 大の大人に仕事も与えず、ただ養う。
 そういう習慣が、中華にはあった。
 食客を何人囲っているだとか、どんな人物がいるだとか、そういうのが権力者のステータスになるのだ。
 無駄飯食らいが多いのだが、中には歴史に名を残すような大人物が出たりするので、いまでいうガチャみたいな感覚かもしれないな。
 こういう習慣があるので、有力者から援助を受けることに、感謝はあれど遠慮はない、というのがこの中華の常識だ。
 なので、劉備も袁紹の申し出を、遠慮なく受けたわけだが、彼が特別図々しいわけじゃない。

 本来なら1日でことを終える予定だったが、袁紹のおかげでゆっくり休息が取れた。
 体調管理も含め、ゆっくりと準備ができるのはありがたい。
 俺は3日ほど宿にこもって筋肉痛と戦っていたが、劉備と張飛はちょくちょく出かけていた。

「さて、今夜あたり決行しようと思う」

 結局俺は洛陽を満喫することなく、ただ宿で寝込んでいただけなんだけど、曹操と袁紹でお腹いっぱいだから別にいいや。
 ちなみに、劉備と張飛は逃走経路なんかを頭にたたき込んでいたんだろう。
 場合によってはあの曹操が見張る北門を、夜中に抜け出す必要があるからな。
 見つかったら打ち殺されちまう。

 その夜。
 灯りが落ち、ほとんど真っ暗になった洛陽の街なかを、俺たちは早足で進んだ。
 街灯などはもちろんなく、ところどころ建物から漏れる灯りと、星明かりだけが頼りだ。
 俺たちはそれぞれ、習の旦那の協力者から武器を受け取っていた。
 劉備は剣、張飛は鉄の棒、そして俺は護身用の短剣だ。
 ほどなく、俺たちは目当ての場所にたどり着いた。
 相手はとうなんとかいう役人で、洛陽では中の上くらいの地位にいる。
 そこそこの地位ではあるが、いなくなっても大して問題にならないという程度の役人だ。
 高級役人と言うほどではないにせよ、洛陽に赴任しているってことで、地方からは手が出しづらい相手であることに違いはない。

「手はずどおりに」

 囁く劉備の声に、俺と張飛が無言で頷く。
 侵入経路は、旦那が協力者経由で用意してくれていた。
 給料だけでは到底維持できないだろう、そこそこ立派な邸宅は、周りをぐるりと板塀いたべいに囲われていて、その一部が、簡単に外れるようになっていた。

「よいせ、っと」

 張飛が板を外し、俺と劉備が先に入る。
 最後に入った張飛は、内側から板をはめ直した。
 庭を抜けて邸宅へ。
 楼桑村に比べて随分暖かい洛陽だが、夜になると風が冷たく、俺は小走りに駆けながら、いちどぶるりと身体を震わせた。

「少し早かったか……?」

 劉備が独り言のように小さく呟く。
 邸内から灯りが漏れているので、標的はまだ起きているみたいだ。
 寝てりゃあ楽だったんだが……。

「おかしい……」

 劉備がさらに呟く。
 思っていたより遅い時間まで標的が起きていることもだが、これまで人の姿が見えなかったことに違和感が亜あった。
 これだけの邸宅なので、警備のひとりやふたりいてもおかしくないのだが……。
 警戒を強めながら、邸内を進んでいく。

「兄貴、先生、あれ……!」

 驚いたように小さくうめいた張飛が示す先に、人が倒れていた。
 その周りに、縁側から射し込む星明かりを反射して、ぬらりと光る液体が広がっている。

「血……か?」

 劉備の疑問を耳にしつつ、張飛が先行して倒れている人影に近づく。
 そして首のあたりに触れたあと、顔を上げて頭を振った。
 死んでいる、のか?
 近づいてみたが、服装からして使用人か警備の人員と思われる。
 少なくとも、鄧なんとかいう役人とは、事前に聞いていた体型や人相が違っていた。

「な、なんだキサマ――ぐぇっ……!」

 そこに、男の悲鳴が届いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

処理中です...