簡雍が見た三国志 ~劉備の腹心に生まれ変わった俺が見た等身大の英傑たち~

平尾正和/ほーち

文字の大きさ
18 / 30
第一章 黄巾の乱

阿豫

しおりを挟む
 桃園の誓いが終わり、村に戻ると、ほどなくして旦那衆が集めた百人の義勇兵が到着した。
 そろいもそろって屈強な、どこかクセのある連中ばかりだ。
 旦那衆が扱いに困った乱暴者を、ひとくくりにして送り込んだんだろう。
 そんな凶悪な連中を率いていたのは、あどけなさの残る少年だった。

「ってか、よっちゃんなにしとん?」
「ちょっと! 阿豫よっちゃんはやめてくださいよ簡さん!!」

 俺によっちゃんと呼ばれて、ぷんすかと怒っている可愛らしいショタくんは、名を田豫でんよという。
 習の旦那のところに身を寄せていて、その縁で仲良くなった。

「いいですか、ボクには国譲こくじょうという立派なあざながあるんです! だから、これからはでん国譲こくじょうと呼んでください!!」
「いや、君いくつよ?」
「じゅ、十四、ですけど……」

 ちなみにこの時代は数え年なので、満年齢でいえば彼は十三歳。ショタだな。

あざなは二十歳になってから、だぞ、よっちゃん」
阿豫よっちゃんいうなぁー! それに劉さんだって、十五のころには玄徳げんとくと名乗っていたんでしょう?」
「ん? あぁ、まぁ……若気の至りってやつかな」

 突然話を振られた玄徳が、珍しく言いよどむ。
 本来あざなってのは成人になってから名乗るもんで、この時代、男子の成人は二十歳なんだよな。
 でもガキのころから旦那衆と付き合いがあって、ちょっと大人びていた劉備は「女子は十五で成人なんだから、自分も十五であざなを名乗ってなにが悪い」的な理論で玄徳と名乗り始めた。
 あれだ、高校生が粋がって酒やタバコを始めるようなもんだ。
 ちがうか。

「それにそのころ張さんはもっと若かったでしょう? へたをするといまのボクよりも!」
「どうだったかなぁ。まぁお前ぇと違って、おれぁしっかりヒゲも生えてたからよ。そんなつるつるの顔であざなぁ名乗ったところで、ナメられるだけだぜぇ?」

 たしかに、俺が出会った――簡雍になった――時点で、張飛はいまのよっちゃんと同じくらいの年齢だったはずだけど、ヒゲもじゃだったもんなぁ。
 まぁでも俺の小学生時代にも、同級生に脇毛ボーボーの奴いたし、あいつもヒゲ伸ばしてたら中学のころには張飛レベルになってただろう。
 成長の度合いってのは人それぞれだからな。

「生えてますぅー! ヒゲならちゃんと、ほら、ここに!」

 そう言われてよっちゃんの口元を見ると、たしかにうっすらと濃くなっている部分も見えなくはないけど……。

「こりゃ産毛うぶげだ、よっちゃん」
「だから阿豫よっちゃんいうなぁー!」

 顔を真っ赤にし、目を潤ませながらキーキーわめくよっちゃん。
 ちょっとからかいすぎたか?

「なに、男が身を立てると心に決めてあざなを名乗るのに、年齢は関係あるまい。よろしく頼むぞ、でん国譲こくじょう
「か、関さぁーん! うわーん!!」

 感動のあまり関羽に抱きつくよっちゃん。
 言っとくけど、雲長と名乗り始めたとき、そいつもまだ十代だったからな。
 ちなみに田豫が引き連れてきた屈強な男たちは、俺たちとよっちゃんのやりとりを、だらしない表情で眺めていた。
 愛されてんなぁ、よっちゃん。

「ところでよっちゃんなにしにきたの? 留守番?」
「だから国譲! あと、留守番じゃありませんから!!」

 関羽に抱きついたまま振り返ってそう言ったあと、よっちゃんは彼から離れて劉備の前に立った。

「劉さん、ボクも義勇軍に加わりたくて、ここにきました。連れて行ってください! お願いします!!」

 彼はそう言って膝をつくと、拱手きょうしゅして頭を下げた。
 拱手ってのはあれだ、中国を舞台にした映画なんかでよく見る、拳を手で包んで両手を合わせるポーズだ。

「どうやら覚悟は本物のようだね」
「はい」
「君は義勇兵だ。自分の思うとおりにするがいい、国譲」
「あ、ありがとうございます!」

 どうやら彼はそれなりの覚悟を決めてここに来たらしい。
 なら、いつまでもよっちゃん呼ばわりは失礼か。

「しかし国譲、本当についてくるのか?」

 本人の覚悟はともかく、おっさんとしてはこんなショタっ子に危険なことして欲しくないんだけどな。
 俺に国譲と呼ばれてちょっと喜んだりしてるところを見ると、ますます不安になるぞ?

「その言葉、そっくり返してもいいですか、簡さん?」
「う……」

 それを言われると、つらい……。
 というのも、武術の腕では俺なんかより田豫のほうが遙かに上なんだ。
 いや、田豫が強いんじゃなくて、俺が弱すぎるだけなんだけど。

「なに、憲和も身を守るくらいのことはできるさ」
「でも、無理についてこなくてもいいんじゃないですか?」
「いや、彼には私たちの戦いを見届けてもらわなくてはいけないからね」
「見届ける……?」

 劉備の言葉に、田豫は首を傾げる。

「ま、大人にゃいろいろあるんだよ、よっちゃん」
「むー……!」

 子供扱いされて膨れる田豫。
 でも、さっき国譲と呼んだことで少しは機嫌をよくしたのか、ぷんすかと怒りを露わにすることはなかった。

「ところで劉さん、習の旦那から念のため確認するよう言われたんですが」
「ん?」

 表情を改めた田豫が、劉備に向き直る。

「本当に太平道たいへいどうを敵に回すんですか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

処理中です...