簡雍が見た三国志 ~劉備の腹心に生まれ変わった俺が見た等身大の英傑たち~

平尾正和/ほーち

文字の大きさ
19 / 30
第一章 黄巾の乱

太平道

しおりを挟む
 太平道たいへいどうというのは、張角ちょうかくという男が始めた、宗教団体だ。
 病をたちどころに治したとかなんとかで、人々から崇められ、十年以上布教に励んだ結果、なんとその影響は八州――中華のほぼ半分――に及び、信者は数十万人を超えるという。
 信者のほとんどは貧しい人たちで、太平道は飢えと病に苦しむ人たちの拠り所となっていた。
 しかし数十万人が生活するとなると、相当な金と物が必要だ。
 しかし信者のほとんどが貧しい人である以上、彼らからのお布施は期待できない。
 となると、別に資金源が必要になる。

「太平道は本来、人々の救いになる存在だったんだけどね」

 田豫から“太平道に敵対するのか?”という習の旦那からの伝言を受けた劉備は、しばらく考え込んだあと、独り言のようにそう呟いた。
 太平道は、国に見捨てられた人たちが、最後に駆け込むような場所だった。
 人々の救いになる存在だからこそ、それを援助しようという動きも多くあり、その中心となったのは、地方の有力者たちだった。
 太平道は幽州でも活動していたから、習の旦那も支援者のひとりだったに違いない。

「でも大きくなり過ぎて、自分たちの力を過信してしまったんだろう」

 数十万人という信者を得た太平道は、漢朝の転覆を考えるようになる。
 でも、張角の独断だけじゃなく、一部有力者たちの影響はあったんじゃないかな。
 張角をそそのかして世を乱し、自分たちはいい目を見よう、なんてやつもいただろう。

「だが、漢朝がそうやすやすと滅ぶはずもない。最初の叛乱が失敗したのも、天命だろう」

 当初、太平道は洛陽の内外から蜂起する予定で、張角は腹心の元義げんぎを都に送り込んでいた。
 しかし部下の唐周とうしゅうが裏切り、馬元義らは処刑されてしまう。
 劉備は天命と言ったが、裏切った唐周ってやつはスパイなんじゃないかな。
 なんせここ十年ほどは、太平道以外にも怪しい宗教団体やら武装組織なんかがわんさかいたわけだし、そのあたりのところを放置するほど、漢朝も甘くはないだろう。

 なんにせよ洛陽内部からの反乱は失敗に終わり、その結果、張角はなし崩し的に蜂起し、一気に洛陽へ攻め込んだ。

「漢朝と敵対する以上、太平道と手をとりあうわけにはいかないよ」

 そうは言うが、劉備は当初、自分の旗色を明らかにせず、ひたすら情報収集にいそしんでいた。
 漢朝に報いるというなら、太平道の蜂起を知ってすぐに決起してもよかったはずだが、こいつはしばらく動かなかった。

「劉さんがそういうなら、ボクはついていきますけど……」

 とはいいながらも、田豫はどこか納得がいかないようだ。
 なんといっても、今回の叛乱は漢朝の腐敗によって引き起こされた、自業自得のようなものだ。
 太平道に同情したくなるのもわかる。
 それに、旦那衆の一部はいまでも援助を続けているはずだ。
 習の旦那がどうかは知らないけど。

「劉氏である私が漢朝に背くわけにもいかないさ。さて、私は母に出立の挨拶をしてくるよ」

 そう言ったあと、劉備はちらりと俺を見て、その場を去った。
 はいはい、説明しろってこったな。

「よっちゃ……いや、国譲こくじょうくん、なにも玄徳はきれいごとだけで義勇軍をおこそうってわけじゃないんだ」

 建前はともかく、劉備の本心は別にある。
 だがあいつはそれを絶対に自分で口にしないし、俺や関羽らが誰かに説明するとき、その場から離れる。

「といいますと?」
「簡単に言やあ、勝ち馬に乗るってだけさ」
「勝ち馬に? つまり、官軍が勝つと」
「少なくとも今回はな」

 俺はこの叛乱が失敗に終わることを知っているが、だからといってそれを劉備たちに伝えたりはしていない。
 彼らは自分たちの力で情報の収集と分析を行い、その答えを導き出したのだ。

「太平道の連中が切羽詰まって洛陽に押しかけたのと、宦官どもが素人だったのが、原因っちゃあ原因かな」

 俺の言葉に、田豫は首を傾げる。

 馬元義の失敗を知った張角は、焦って蜂起し、一気に洛陽を目指してしまった。
 それに呼応するように各地で叛乱は起こったが、連携は上手く取れていない。

「いま現在、漢朝は宦官に牛耳られてるみたいなもんだ」
「ええ、そうですね」

 連中は地方でなにが起こっても知らん顔だが、洛陽が攻められるとなると話は別だ。
 下手をすれば自分の首が飛ぶってんで、身を守るための最善手を打つことにした。
 皇后の異母兄である何進かしんを大将軍に任じ、叛乱の鎮圧を命じたのだ。

「ようは、なんとかできそうな奴に丸投げしたわけだな」

 そこからの、何進の動きは早かった。
 宦官と敵対して投獄されていた官僚が一気に釈放されるとか、何進の裏にも旦那衆の影がちらついて見えるが、それひとまず置いといて。

「何大将軍は三人の宿将に大兵力と指揮権を与え、叛乱の鎮圧に向かわせた」

 盧植ろしょく皇甫嵩こうほすう朱儁しゅしゅんの三名にそれぞれ軍を与え、各地に派遣した。

「意外と早く終わるかもしれん。その前に武勲のひとつでも、と考えているんだろう、玄徳のやつは」

 いまのところは一進一退、というより官軍がやや劣勢、という感じではあるが、漢朝の本気度を知った旦那衆の中には、太平道から手を引く者が現れ始めているはずだ。
 叛乱ってのは必ず勝たなくちゃいけないからな。
 負ける要素が少しでもある叛乱に手を貸す、なんてのは、はっきりいってヤバすぎるだろう。

「そこへきて義勇兵の募集だ」

 これには人手不足の解消以上に、地方有力者への免罪の意味合いが強いのではないだろうか。
 太平道に手を貸していたとしても、ここで義勇兵を拠出すれば大目に見てやるぞ、といった具合に。

「だからこそ、習の旦那は玄徳の呼びかけに応じてくれたんだろうな」
「なら、なぜわざわざ“太平道に敵対するのか?”なんてことを劉さんに聞かせたんでしょう?」
「旦那はあれで、面倒見がいいからな。大義名分があろうと、勝ち目があろうと、これから戦う相手は飢えに苦しむ人たちだ。玄徳のことを心配してのことだろう」
「なるほど……」

 なんて偉そうなことを言った俺だが、結局は人から聞いた話と元から知っている知識をこねくりまわして、なんでもかんでも知った気になっていただけだったんだと、あとになって思い知らされることになる。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

処理中です...