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第一章 黄巾の乱
太平道
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太平道というのは、張角という男が始めた、宗教団体だ。
病をたちどころに治したとかなんとかで、人々から崇められ、十年以上布教に励んだ結果、なんとその影響は八州――中華のほぼ半分――に及び、信者は数十万人を超えるという。
信者のほとんどは貧しい人たちで、太平道は飢えと病に苦しむ人たちの拠り所となっていた。
しかし数十万人が生活するとなると、相当な金と物が必要だ。
しかし信者のほとんどが貧しい人である以上、彼らからのお布施は期待できない。
となると、別に資金源が必要になる。
「太平道は本来、人々の救いになる存在だったんだけどね」
田豫から“太平道に敵対するのか?”という習の旦那からの伝言を受けた劉備は、しばらく考え込んだあと、独り言のようにそう呟いた。
太平道は、国に見捨てられた人たちが、最後に駆け込むような場所だった。
人々の救いになる存在だからこそ、それを援助しようという動きも多くあり、その中心となったのは、地方の有力者たちだった。
太平道は幽州でも活動していたから、習の旦那も支援者のひとりだったに違いない。
「でも大きくなり過ぎて、自分たちの力を過信してしまったんだろう」
数十万人という信者を得た太平道は、漢朝の転覆を考えるようになる。
でも、張角の独断だけじゃなく、一部有力者たちの影響はあったんじゃないかな。
張角をそそのかして世を乱し、自分たちはいい目を見よう、なんてやつもいただろう。
「だが、漢朝がそうやすやすと滅ぶはずもない。最初の叛乱が失敗したのも、天命だろう」
当初、太平道は洛陽の内外から蜂起する予定で、張角は腹心の馬元義を都に送り込んでいた。
しかし部下の唐周が裏切り、馬元義らは処刑されてしまう。
劉備は天命と言ったが、裏切った唐周ってやつはスパイなんじゃないかな。
なんせここ十年ほどは、太平道以外にも怪しい宗教団体やら武装組織なんかがわんさかいたわけだし、そのあたりのところを放置するほど、漢朝も甘くはないだろう。
なんにせよ洛陽内部からの反乱は失敗に終わり、その結果、張角はなし崩し的に蜂起し、一気に洛陽へ攻め込んだ。
「漢朝と敵対する以上、太平道と手をとりあうわけにはいかないよ」
そうは言うが、劉備は当初、自分の旗色を明らかにせず、ひたすら情報収集にいそしんでいた。
漢朝に報いるというなら、太平道の蜂起を知ってすぐに決起してもよかったはずだが、こいつはしばらく動かなかった。
「劉さんがそういうなら、ボクはついていきますけど……」
とはいいながらも、田豫はどこか納得がいかないようだ。
なんといっても、今回の叛乱は漢朝の腐敗によって引き起こされた、自業自得のようなものだ。
太平道に同情したくなるのもわかる。
それに、旦那衆の一部はいまでも援助を続けているはずだ。
習の旦那がどうかは知らないけど。
「劉氏である私が漢朝に背くわけにもいかないさ。さて、私は母に出立の挨拶をしてくるよ」
そう言ったあと、劉備はちらりと俺を見て、その場を去った。
はいはい、説明しろってこったな。
「よっちゃ……いや、国譲くん、なにも玄徳はきれいごとだけで義勇軍をおこそうってわけじゃないんだ」
建前はともかく、劉備の本心は別にある。
だがあいつはそれを絶対に自分で口にしないし、俺や関羽らが誰かに説明するとき、その場から離れる。
「といいますと?」
「簡単に言やあ、勝ち馬に乗るってだけさ」
「勝ち馬に? つまり、官軍が勝つと」
「少なくとも今回はな」
俺はこの叛乱が失敗に終わることを知っているが、だからといってそれを劉備たちに伝えたりはしていない。
彼らは自分たちの力で情報の収集と分析を行い、その答えを導き出したのだ。
「太平道の連中が切羽詰まって洛陽に押しかけたのと、宦官どもが素人だったのが、原因っちゃあ原因かな」
俺の言葉に、田豫は首を傾げる。
馬元義の失敗を知った張角は、焦って蜂起し、一気に洛陽を目指してしまった。
それに呼応するように各地で叛乱は起こったが、連携は上手く取れていない。
「いま現在、漢朝は宦官に牛耳られてるみたいなもんだ」
「ええ、そうですね」
連中は地方でなにが起こっても知らん顔だが、洛陽が攻められるとなると話は別だ。
下手をすれば自分の首が飛ぶってんで、身を守るための最善手を打つことにした。
皇后の異母兄である何進を大将軍に任じ、叛乱の鎮圧を命じたのだ。
「ようは、なんとかできそうな奴に丸投げしたわけだな」
そこからの、何進の動きは早かった。
宦官と敵対して投獄されていた官僚が一気に釈放されるとか、何進の裏にも旦那衆の影がちらついて見えるが、それひとまず置いといて。
「何大将軍は三人の宿将に大兵力と指揮権を与え、叛乱の鎮圧に向かわせた」
盧植、皇甫嵩、朱儁の三名にそれぞれ軍を与え、各地に派遣した。
「意外と早く終わるかもしれん。その前に武勲のひとつでも、と考えているんだろう、玄徳のやつは」
いまのところは一進一退、というより官軍がやや劣勢、という感じではあるが、漢朝の本気度を知った旦那衆の中には、太平道から手を引く者が現れ始めているはずだ。
叛乱ってのは必ず勝たなくちゃいけないからな。
負ける要素が少しでもある叛乱に手を貸す、なんてのは、はっきりいってヤバすぎるだろう。
「そこへきて義勇兵の募集だ」
これには人手不足の解消以上に、地方有力者への免罪の意味合いが強いのではないだろうか。
太平道に手を貸していたとしても、ここで義勇兵を拠出すれば大目に見てやるぞ、といった具合に。
「だからこそ、習の旦那は玄徳の呼びかけに応じてくれたんだろうな」
「なら、なぜわざわざ“太平道に敵対するのか?”なんてことを劉さんに聞かせたんでしょう?」
「旦那はあれで、面倒見がいいからな。大義名分があろうと、勝ち目があろうと、これから戦う相手は飢えに苦しむ人たちだ。玄徳のことを心配してのことだろう」
「なるほど……」
なんて偉そうなことを言った俺だが、結局は人から聞いた話と元から知っている知識をこねくりまわして、なんでもかんでも知った気になっていただけだったんだと、あとになって思い知らされることになる。
病をたちどころに治したとかなんとかで、人々から崇められ、十年以上布教に励んだ結果、なんとその影響は八州――中華のほぼ半分――に及び、信者は数十万人を超えるという。
信者のほとんどは貧しい人たちで、太平道は飢えと病に苦しむ人たちの拠り所となっていた。
しかし数十万人が生活するとなると、相当な金と物が必要だ。
しかし信者のほとんどが貧しい人である以上、彼らからのお布施は期待できない。
となると、別に資金源が必要になる。
「太平道は本来、人々の救いになる存在だったんだけどね」
田豫から“太平道に敵対するのか?”という習の旦那からの伝言を受けた劉備は、しばらく考え込んだあと、独り言のようにそう呟いた。
太平道は、国に見捨てられた人たちが、最後に駆け込むような場所だった。
人々の救いになる存在だからこそ、それを援助しようという動きも多くあり、その中心となったのは、地方の有力者たちだった。
太平道は幽州でも活動していたから、習の旦那も支援者のひとりだったに違いない。
「でも大きくなり過ぎて、自分たちの力を過信してしまったんだろう」
数十万人という信者を得た太平道は、漢朝の転覆を考えるようになる。
でも、張角の独断だけじゃなく、一部有力者たちの影響はあったんじゃないかな。
張角をそそのかして世を乱し、自分たちはいい目を見よう、なんてやつもいただろう。
「だが、漢朝がそうやすやすと滅ぶはずもない。最初の叛乱が失敗したのも、天命だろう」
当初、太平道は洛陽の内外から蜂起する予定で、張角は腹心の馬元義を都に送り込んでいた。
しかし部下の唐周が裏切り、馬元義らは処刑されてしまう。
劉備は天命と言ったが、裏切った唐周ってやつはスパイなんじゃないかな。
なんせここ十年ほどは、太平道以外にも怪しい宗教団体やら武装組織なんかがわんさかいたわけだし、そのあたりのところを放置するほど、漢朝も甘くはないだろう。
なんにせよ洛陽内部からの反乱は失敗に終わり、その結果、張角はなし崩し的に蜂起し、一気に洛陽へ攻め込んだ。
「漢朝と敵対する以上、太平道と手をとりあうわけにはいかないよ」
そうは言うが、劉備は当初、自分の旗色を明らかにせず、ひたすら情報収集にいそしんでいた。
漢朝に報いるというなら、太平道の蜂起を知ってすぐに決起してもよかったはずだが、こいつはしばらく動かなかった。
「劉さんがそういうなら、ボクはついていきますけど……」
とはいいながらも、田豫はどこか納得がいかないようだ。
なんといっても、今回の叛乱は漢朝の腐敗によって引き起こされた、自業自得のようなものだ。
太平道に同情したくなるのもわかる。
それに、旦那衆の一部はいまでも援助を続けているはずだ。
習の旦那がどうかは知らないけど。
「劉氏である私が漢朝に背くわけにもいかないさ。さて、私は母に出立の挨拶をしてくるよ」
そう言ったあと、劉備はちらりと俺を見て、その場を去った。
はいはい、説明しろってこったな。
「よっちゃ……いや、国譲くん、なにも玄徳はきれいごとだけで義勇軍をおこそうってわけじゃないんだ」
建前はともかく、劉備の本心は別にある。
だがあいつはそれを絶対に自分で口にしないし、俺や関羽らが誰かに説明するとき、その場から離れる。
「といいますと?」
「簡単に言やあ、勝ち馬に乗るってだけさ」
「勝ち馬に? つまり、官軍が勝つと」
「少なくとも今回はな」
俺はこの叛乱が失敗に終わることを知っているが、だからといってそれを劉備たちに伝えたりはしていない。
彼らは自分たちの力で情報の収集と分析を行い、その答えを導き出したのだ。
「太平道の連中が切羽詰まって洛陽に押しかけたのと、宦官どもが素人だったのが、原因っちゃあ原因かな」
俺の言葉に、田豫は首を傾げる。
馬元義の失敗を知った張角は、焦って蜂起し、一気に洛陽を目指してしまった。
それに呼応するように各地で叛乱は起こったが、連携は上手く取れていない。
「いま現在、漢朝は宦官に牛耳られてるみたいなもんだ」
「ええ、そうですね」
連中は地方でなにが起こっても知らん顔だが、洛陽が攻められるとなると話は別だ。
下手をすれば自分の首が飛ぶってんで、身を守るための最善手を打つことにした。
皇后の異母兄である何進を大将軍に任じ、叛乱の鎮圧を命じたのだ。
「ようは、なんとかできそうな奴に丸投げしたわけだな」
そこからの、何進の動きは早かった。
宦官と敵対して投獄されていた官僚が一気に釈放されるとか、何進の裏にも旦那衆の影がちらついて見えるが、それひとまず置いといて。
「何大将軍は三人の宿将に大兵力と指揮権を与え、叛乱の鎮圧に向かわせた」
盧植、皇甫嵩、朱儁の三名にそれぞれ軍を与え、各地に派遣した。
「意外と早く終わるかもしれん。その前に武勲のひとつでも、と考えているんだろう、玄徳のやつは」
いまのところは一進一退、というより官軍がやや劣勢、という感じではあるが、漢朝の本気度を知った旦那衆の中には、太平道から手を引く者が現れ始めているはずだ。
叛乱ってのは必ず勝たなくちゃいけないからな。
負ける要素が少しでもある叛乱に手を貸す、なんてのは、はっきりいってヤバすぎるだろう。
「そこへきて義勇兵の募集だ」
これには人手不足の解消以上に、地方有力者への免罪の意味合いが強いのではないだろうか。
太平道に手を貸していたとしても、ここで義勇兵を拠出すれば大目に見てやるぞ、といった具合に。
「だからこそ、習の旦那は玄徳の呼びかけに応じてくれたんだろうな」
「なら、なぜわざわざ“太平道に敵対するのか?”なんてことを劉さんに聞かせたんでしょう?」
「旦那はあれで、面倒見がいいからな。大義名分があろうと、勝ち目があろうと、これから戦う相手は飢えに苦しむ人たちだ。玄徳のことを心配してのことだろう」
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