簡雍が見た三国志 ~劉備の腹心に生まれ変わった俺が見た等身大の英傑たち~

平尾正和/ほーち

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第一章 黄巾の乱

初陣

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 鄒靖すうせいに率いられた軍は、俺たち義勇兵を組み込んで初めての戦闘に突入しようとしていた。
 情報提供と事前の偵察で敵の位置をある程度把握していたらしく、小高い丘に登り、相手を軽く見下ろす位置に陣取ることができた。
 敵の数は報告の通り、およそ二百。

「あれが、黄巾の……軍?」

 緊張しつつも、困惑した様子で、田豫が呟く。

 それは到底軍とは呼べない人の群れだった。
 全員が徒歩で、武具らしい武具は身につけておらず、よくて農具、他には棒きれや石を持っている者もいたが、ほとんどが素手だ。
 俺らの陣地に旗が立つのを見て、敵と認識したのか、連中はこちらに向かってきたのだが、統率もなにもあったもんじゃない。
 各々走ったり歩いたりとバラバラのペースで来るもんだから、戦列は無駄に伸びてるのだが、それでも全員がこちらに向かってくる様子は、少し不気味だった。

「総員、配置につけ!」

 鄒靖の号令が順に伝わり、官軍がきびきびと動いて陣を展開し、義勇兵は多少もたつきながらも、それに続いた。
 陣とは言うが、官軍が横一列にならび、その後ろに同じく義勇兵が一列で並んでいるだけのシンプルなものだった。

「官軍、投石用意!」

 号令とともに、官軍の兵士たちは各々投石用の石と紐を手に持った。
 官軍の連中が手にしたのは、いわゆる投石紐スリングってやつだ。
 わらで編まれた紐は、中央部が幅広くなっており、そこに石を載せて二つ折りにした両端を、片手で握り込む。
 準備ができた者は、石を包んだ紐をブンブンと振り回し始めた。
 投石紐の端の片方には輪が作られ、それが指に引っかけられている。
 振り回しながら手を開けば、片方の端だけが放され、それと同時に石が飛ぶ、という寸法だ。

 拳大の石が風を切る低い音が響く。
 五百人の官軍が奏でるその音は、なんともいえず不気味だった。

「放てぇっ!」

 号令とともに石が放たれる。
 石はビュンビュンと音を立てて飛び、敵を打ち据えていく。
 まっすぐ前方の敵をめがけて飛ばすのと、山なりに放物線を描いて放り投げ、距離を稼ぐのとで半々といったところか。
 まっすぐ飛ばした石は、時速100キロメートルは超えているんじゃないだろうか。
 山なりに放り投げたものにしたって、かなりの高さから落ちるわけだから、位置エネルギーを得て相当な威力になる。
 当たり所が悪ければ、一発食らっただけで死んでしまうこともあるだろう。
 そんな拳大の石が、二百人に対して五百個投げられた。
 バタバタと人が倒れていく。

「うう……」

 隣で田豫でんよが短くうめいた。
 俺も、少し気分が悪い。
 まだ少し距離があったせいで、半分近くは届かなかったが、50人ほどは倒れたんじゃないだろうか。
 とくに先行していた元気のいいやつを中心に、倒れていった。
 倒れたまま動かなくなる者もあれば、倒れてなお立ち上がり、再び駆け出す者、よろめきながら前進する者、そして立ち上がれず這う者がいた。

「官軍、投石用意!」

 再び号令がかかる。

「放てっ!」

 続けて五百個の石が飛ぶ。
 今度は先ほどより近づいていたこともあり、敵全体に石の雨が降った。
 百人は倒れただろうか。
 残りは50人もいないように見えた。
 その50人に、無傷なやつはおらず、全員がどこかしらに傷を受けているせいで、進行速度は著しく低下した。

「なんで……向かってくるの……?」

 田豫は顔を青ざめ、小さく震えていた。
 彼の言うとおり、連中はぼろぼろにナリながらも、逃げることなく向かってきた。
 鄒靖はそれを、ただ冷めた目でじっと見ていた。

全軍、、、投石用意!」

 義勇兵たちのあいだでどよめきが起こった。
 目の前にいるのは50人にも満たない死に損ないだ。
 各所で小さな抗議が起こったが、淡々と命令を繰り返され、ほとんどの義勇兵が初陣と言うこともあり、官軍の命令に従って石を手にした。

「放てっ!」

 官軍は投石紐で、義勇兵は手で石を投げた。
 義勇兵たちがもたついたせいもあって、敵の最前列は20メートルくらいのところまで近づいていた。
 最後方に立っているやつで、100メートルくらい先だろうか。
 まともに歩くこともできないような連中に、千個の石が降り注ぐ。
 投石がやんだあとに、立っている敵の姿はなかった。

「うぅ……おえええっ……!」

 田豫は顔真っ青にして吐いた。
 俺も、吐きそうだったが、なんとか耐えた。
 俺の投げた石も、そしておそらく田豫の投げた石も、敵には届かなかっただろう。

「でも、なぁ……」

 目の前に転がる死体の列。
 その周りに散らばる石の中に、自分が投げた物があるのだと思うと、無性に気分が悪かった。

「隊列整えー! 前進っ!!」

 文字通りの意味で敵の全滅を確認したあと、官軍の陣は速やかにとかれ、再編成ののち、移動を始めた。

 石や遺体はそのまま放置したが、それはあとから近隣の住民が片付けるそうだ。
 資金だけはあるので、ちゃんと報酬も支払われる。

 ちなみに、今回倒した連中の情報は、そういった近隣住民からもたらされたものだった。
 黄巾の連中はほとんどが食い詰め者なので、窃盗や略奪で飢えをしのいでいる。
 つまり、善良な庶民の通報によって俺たちは駆けつけたわけだ。
 叛乱の鎮圧という大義にも、盗賊団の討伐という法にも則った、正しい行為のはず、なんだけどなぁ……。

「なんなんだよ、これは……」

 劉備のつぶやきが聞こえた。
 官軍が去ったあとには、投石紐からちぎれ飛んだと思われる藁があちこちに散らばっていて、劉備はそれを複雑な表情で見ていた。
 関羽と張飛も、苦い顔をしている。

 彼らの公式デビュー戦は、一度も敵と干戈かんかを交えずに終わった。
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