幸せを知る異世界転移

ちゃめしごと

文字の大きさ
7 / 55
Prologue

盗賊団 剛腕のマシェット 1

しおりを挟む
「あぁ、そういや五歳だっけかねぇ、アッハッハッハッハ!」
 金猫の異名を持つチャルチュさん、少し適当な所がある人だけれど、僕によく話しかけてくれるとても良い人だ。

 ただこうも肩を組まれると女性的な部分が柔らかさを主張してきて顔に熱が灯るので困ってしまう。 
「それなら肉を食え肉を!大きくなれないぞ?」

「ぼ、僕だって歳を重ねればマシェットさんくらい大きくなりますよ!」
 マシェットさんはこの盗賊団の稼ぎ頭だ、身長二メートル超えの巨漢剛腕両斧使い、盗み家業では無くモンスターの討伐で稼いでいる所が盗賊団の稼ぎ頭としての悩みどころだとぼやいていた。

「マシェットォ~?私は嫌だぁ!ユーマがあんなゴツゴツ強面こわもて野郎になるなんて!」
 チャルチュさんがお酒を一気に煽りながらそう言うけれど、男の子としてはあれ程までに分かりやすい強さには憧れを抱くものだ。

「一緒に飲んでいて目の前にいる私が傷つくとは思わないのか…」

 そんな繊細な一面も持っているマシェットさん、手に持った小さな樽に取手が付いたビールグラスを傾けて一息に酒を煽ったのを見てチャルチュさんが「いいぞー!」と囃し立てていた。

 冷静なところも憧れる要因だ、しかし何よりも憧れているのは、その知識、これまでの生活で培われたマシェットさんの知識に僕はとても惹かれていた。  






 今から三日前、僕はマシェットさんと一緒に山に狩りに行った。
 
 マシェットさんは、その…あの人の悩みでもあるからあまり言いたくは無いのだけれどスキンヘッドだ。口髭をたくわえている所がワンポイントで、僕にも馴染みのある日本風な顔をしている。

「ユーマ、あれを見てみろ」

 指差された先を見ると、青く美しい羽根を持つ鳥がいた。尾が長く、くちばしは黄色くて丁度ひし形を半分にした様な形をしていた。目元がアイシャドウを使用しているかと見紛う程に黒く縁取られていた。体長は目算で一メートル、羽根を広げれば三メートルに近い大きな鳥だ。

「マシェットさん、あれは?」
「ケーラノウスという鳥だ、この辺りでは清鳥せいちょうとも呼ばれている」

 清鳥…確かにあのケーラノウスは不思議と危険な生き物には見えないし、こちらから害する気持ちもまるで起きない。

『キーキキキキキキキキキキキキキ』

 ケーラノウスが高い声でその鳴き声を披露してくれた。周囲に響き渡るその声、静かな山の中、ケーラノウスの声だけが僕達の耳に届いていた。

 鳥の声、僕が知っているのは朝、目覚めの合図にもしていた僕の家の何処かで飼われていた鶏の『コケコッコー』と時折外から聞こえた雀の『ちゅんちゅん』だけだった。

 だから、マシェットさんに言われ、気付き聞くことが出来たケーラノウスの鳴き声に僕は感動を覚えていた。

「美しい声ですね」
「あぁ、私が知る鳥の中でもあれ程美しい鳴き声を持つ鳥は他にいない」

 僕が昔いた世界でも、美しい鳥、声、容姿、そして佇まいを評価して高額で取引される鳥はいた。

 いた…と言ったけれど、所詮は本の中の知識だ。僕は文章の中にある表現からその姿を想像することや、図鑑にある鳥の絵や写真を見ることはあったけれども鳴き声を聞いたことは無い。

 成程、これは高額を支払ってでも聞く価値のある物だ。

「『何も知らぬ者の心にこそ、美しさは真の姿を見せる』…ですね」
「…良い言葉だ。まさにその通りだな」

「ある書籍の中で心打たれた言葉です。何かに先入観を持った人間は、真に美しい物を見ても美醜の価値を正確に測ることが出来ないといいます」

「私達の様に悪行を重ねてきた人間は何も知らぬ者の眼にどう映るのだろうか…」

 盗賊を盗賊と知らずに出会ったら…か、僕はまさにその立場だったから、きっとこの言葉を投げ掛けたのだろう。
 僕の眼に映ったこの人達は、


「きっと、何も見えませんよ」


「何も見えない?」

「はい、少なくとも僕は何も見えませんでした。美しさも汚さも、初対面では見えないものも、この世界にはあるのではありませんか?」

「そうなると、先程の言葉は間違いとなるな」

「一例ですよ、この世の全てを一つの言葉で表現することなんて出来ませんから」

 もしもそんなことが可能なら、この世界も、前の世界も、もっと簡単な世の中になっていたはずだ。

「そうだな、その通りだ」

 それっきり、マシェットさんは口を閉ざしてケーラノウスの鳴き声に聞き入っていた。
 

 少し時間が経って、ケーラノウスは美しい青い尾をなびかせながら空へと旅立っていった。

「ケーラノウスはこの辺りでは清鳥と言われ、見ることが出来た者は一日が幸せに過ごせるといわれている」
「それなら、これから行う狩りも上手くいきそうですね」

「あぁ、知っているか?ケーラノウスは自分に害意を持っている相手に対してとても敏感なんだ」
「…えっと、それってつまり」

「いるぞ、灰猪だ」
 マシェットさんは背中に括り付けていた両斧をその手に持つと、僕達から見て右方へと体の向きを変えた。

 いるぞ…と言われたけれども僕の眼には映らない、単に身長が低くて草木の向こう側が見えないという理由だけれども。
「灰猪、どんな動物ですか?」

 僕の知る猪と知識を照らし合わせようと思い、そう尋ねた。

 猪というと、猪突猛進という言葉もあるように突進してくるイメージが強い、けれども、僕の読んだ狩猟教本の中には猪の恐ろしさは頭の良さにあると書いてった。

 猪は強者と弱者を判別することが非常に上手いという。例えば、人と犬が共闘して猪と相対していたとして、犬よりも人を優先して襲いに来るとのことだ。 

「そうだな…肉に臭みや硬さこそあるが、食事の際に感じるそれらは私が打ち果たしたのだと実感させてくれるスパイスになる」

 マシェットさん、出来れば味よりも生態系とかそういった方面の話が聞きたかったです。

「強い、ですか?」
 僕の顔を一度見て、マシェットさんは再度前を向いた。

「いや、私程では無い」
 僕を安心させるためなのか、マシェットさんは優しげな声音でそう言った。
 
 飛び立ったケーラノウスが灰猪を恐れていたのか、それとも灰猪を見付けたマシェットさんを恐れていたのか、僕には分からなかった。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...