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Prologue
盗賊団 灰緒狩猟
しおりを挟むマシェットさんは茂みの奥にいる灰猪を倒すためなのか、近くにあった木を登り始めた。完全武装では無いにしても凶暴な獣を想定して装備した軽鎧は木のぼりが出来る代物には思えない。
「(茂みで音を立てないためだとは思うけれど、木を揺らさずに登るって技術なのかな?)」
一方の僕は灰猪の正確な位置が見えないので、先程と同じ場所で音を出さぬように声を殺している。
一応僕にも武器は渡されている。刃渡り二十センチの小刀と呼んでいいのかも分からない小さな刃物だ。せいぜい使用したのはマシェットさんの後ろから付いていく際に僕の目の高さで行く手を遮る枝木を切り除くくらいだ。
マシェットさんは木の幹から枝へと移った様だ。微調整をしている辺り、灰猪の真上に移動しているのだろう。
「(僕にも出来ることは…そうだ!前にサバイバル教本で読んだ山間部におけるトラップの作成方法で…)」
地を走る動物に対してのみ有効である罠、根を深く張っていて頑丈な草同士を結び合わせて、歩行時に引っ掛かる様に設置する。
「(こっちに走ってくるとは限らないけれど、この罠が有効なのかは分からないけれども作っておくだけなら無料だ)」
そのまま五個作成した辺りで、僕の目元に光が照らされた。
マシェットさんの方を見てみると、手に持ったナイフの角度を調整して僕の方に陽の光が当たる様にしていた。
ジェスチャーで下を示して、ナイフをしまって取り出した長剣を突き刺すモーションをした。これから襲うということなのだろう。
灰猪が見えない以上、身を隠すといっても何処に隠せば正しいのか定かではない、とはいえそのまま身を晒しているよりはと考え、僕は灰猪がいるとされる茂みから離れて匍匐の姿勢を取った。
マシェットさんはそんな僕を見て頷くと、変に動作を加えることなく自然落下の形で枝の上から降りた。
『ピギィイイッ!!?』
悲鳴とも取れる声が上がり、ドタドタと大地を踏み鳴らす音が聞こえる。
姿が見えないから何が行われているのかまるで分からない、しかし悲鳴を上げているのは灰猪だけということを考えると、少なくともマシェットさんは優勢なのだろう。
「ユーマ!そっちに逃げた気を付けろ!」
マシェットさんの声が走り、僕の体にも緊張が走る。
茂みの奥からガサガサという音が段々と大きくなり、身の丈一メートルはあろうかという巨大な灰色の毛並みをした猪が現れた。
「ひっ」
予想だにしない巨躯とその荒々しい様相に僕は恐怖に包まれた。途端に喉が渇き、悲鳴すら上げられない程に筋肉が緊張する。
「ユーマ!」
よく見れば灰猪は背中から血を流しており、その出血量が膨大なことから長生きは出来ないことを悟る。
マシェットさんの声に我に返り、灰猪がこちらを認識していないことを確認する。匍匐の姿勢でいたお陰か、どうやらこちらに意識を向けていないようだ。
「(灰猪の進行方向から考えれば間違いなくあの罠に足を絡め取られる。僕がここでするべきことはマシェットさんが気を配る必要が無い様に身を隠すことだ)」
『ぶるるるる!!』
鼻息荒く喉を鳴らした灰猪は背後から迫るマシェットさんから逃げるようにして地面を踏みならして走り出した。
「ユーマ無事か!!」
マシェットさんの声に焦った様にして逃げ出す灰猪、しかしその足は草に絡め取られ、その巨躯を地面に投げだす結果となる。
「(走り出しだったのが良かった。走っている最中なら草が千切れて意味が無い結果となっていたかもしれない)」
『ピギィイィイイイ!!』
理解不能な出来事に焦りを感じているのか、立ち上がることも忘れて必死に足を動かして走ろうとしている灰猪、その背後から茂みを掻き分けてマシェットさんが現れた。
「ユーマ!!」
マシェットさんはすぐに周囲を確認するがどうにも僕を見つけられずにいるみたいだ。僕はそれほど上手く隠れられているのだろうか?
「僕なら無事です!止めを!」
僕を視認して頷いたマシェットさんは、手に持った長剣を再度隙だらけの灰猪に突き立てた。
『ピギィィイィイイ!!』
断末魔としか聞こえない叫びを上げて、灰猪は足をバタつかせた。
「ふん!」
マシェットさんはさらに押し込むように長剣に力を込めた。それに合わせて灰猪の巨躯から血が噴き出す。
『ピギィィイ―――ィイィィィッ』
最後に一段と高い声を上げて、それっきり灰猪は動かなくなった。
「ふぅ…大丈夫かユーマ?」
突き刺さった長剣を振るって付着した血を周辺に撒きながらマシェットさんに声を掛けられ、僕は匍匐の姿勢から立ち上がってマシェットさんに近づいた。
「はい、大丈夫ですよ、マシェットさんは?」
「あぁ、私も怪我は無い、それにしても」
長剣を仕舞い、灰猪の横に腰を降ろしたマシェットさんに僕がここに来るまでに集めていた枝木を渡す。狼煙を上げて仲間にこの居場所を教えて灰猪を運ぶためだ。
「なぁ、この灰猪はどうして転んでいたんだ?」
「それでしたら、この足元の物を」
そう言って僕が指差した先には先程作った罠が、マシェットさんはそれを見て納得した様に頷いて見せた。
「やるなユーマ」
「お役に立てたならなによりです」
僕は嬉しさに頬が緩むのを感じ、何だか照れてしまってそれを隠すように頬に手を当てた。
「さて、それじゃあアイツらの到着を待つとするか」
僕もまた灰猪の隣に座り込んで、盗賊団の仲間を待つことにした。
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