9 / 55
Prologue
盗賊団 剛腕のマシェット 2
しおりを挟む私はマシェット、この盗賊団に所属して四年になる。
これまで、新しく多くの仲間が加わった。身寄りの無い者、私の様に没落した貴族、冒険者だったが依頼を失敗して違約金の支払いを行えなかった者、奴隷だったが逃げてきた者、根っからの悪人はこの盗賊団に入団することは出来ない、リーダーのレイシュールの方針だ。
いつの時代も、不思議と人を見る目がある人間がいる。レイシュールはその中の一人だ。
盗賊団の中には、レイシェールがトップであることに疑問を抱く者もいる。しかし、その疑問というのは『何故こんな凄い人が盗賊団を?』という疑問だ。かくいう私もその一人だ。
レイシュールは人を見る目だけでなく、強さと賢さも兼ね備えた真の強者だ。右手に持った白刃、そして左に持った白銀の盾、盗賊活動の際は白銀の盾こそ置いていくが、軍との争いがあった際は持ちだされるその二つの象徴から近隣の国家は『白の盗賊団』と言われている程だ。
そんなレイシュールが何故盗賊団にいるのか、その理由を知っているのは…悔しいが、レイシュール本人だけだ。
誰もが知りたい、誰もが気になっている。しかし、それを聞いてレイシュールがいなくなることが恐ろしい。
だから誰も聞けない、誰も口にしない、きっといつか、レイシュール本人が教えてくれると信じて。
そんなレイシュール盗賊団にこの前、小さな少年が新しく入団した。
不思議な雰囲気の黒髪に黒い瞳の少年だった。名前をユーマ、彼はとても臆病で、彼はその分優しさを持っていた。
入団式の日、私達レイシュール盗賊団の入団の儀、とはいってもレイシュールと目を合わせるだけなのだが、それを終えたユーマは緊張の糸が切れたかの様に卒倒した。
ただレイシュールが、
「これで今日からお前は俺達の仲間だ、ユーマ」
そう言っただけなのに、ユーマは目に涙を浮かべて安心した表情を私達に向けて、眠りについた。
その後、皆の前でベンダルが語った。
「こいつには、親がいないらしい…きっと、その傷もまだ癒えちゃいねぇ、だけどよ、こいつは…このガキは他者に優しさを与えることが出来る」
私を含めて、何人かが息を呑んだ。
その少年、ユーマはどう見ても三歳か四歳の少年だ。成長不良だと考えれば五歳だともいえた。
「お前らの中で、レイシュールや俺にこの盗賊団に誘われた時に咄嗟に礼が言えた奴は手を上げろ」
…見回してみたが、手を挙げた者はいなかった。
「マシェット、お前ェは確か拾われてきてから一週間でやっと口をきいたな」
「あぁ、私もその少年と同じ様に親を失って、街中を歩いているところをレイシュールに拾われた。しかし、私は礼を言うには一か月が掛かった」
☆
そう、私は、私はあの日、親王派の貴族の手の者に嵌められた両親が断頭台で悲鳴と怨嗟の声を挙げたあの日、同時に剥奪された貴族としての位によって、何も持たぬ者となった。
その時、希望も未来も無いと街中をフラついていた私は偶然にも果物を買いに来ていたレイシュールとぶつかった。
レイシュールは私の顔を見ると、何やら企みめいた顔をして私に言った。
『お前のその眼、俺の所で輝かしてみないか?』
無言で後に付いて歩きだした私に、レイシュールは満足気な表情を浮かべて足取り軽やかに街を歩いた。
☆
「そうだ。ところがこのガキは、俺が誘ってすぐに『ありがとうございます』と言いやがった。俺には分からねぇ、自分のことだけで精一杯だって時に、他人に礼を言えるなんてどんな精神をしてんのか俺には…分からねぇ」
本当に、その通りだ。
私にも分からない、お礼を言うだって?どうしてそんな考えが浮かぶんだ?
辛くてどうしようもない程苦しい時、私を救ってくれたレイシュールに私は礼の一つも告げられなかった。
弱くて成果も挙げられない時、私を手伝ってくれたベンダルに私は礼の一つも告げられなかった。
心に余裕が無い、礼を言ったところで返ってくる物がない、私は自分の損得だけを考えて行動していた。
何故、彼は礼が言えたのだろうか?
眠りにつくその少年の表情は非常に穏やかで、見ている者の心すら溶かしてしまう程に安らいでいた。
それを見て、答えに辿り着く。
あぁ…そうか、先程ベンダルが言ったじゃないか、優しいからだ。
「突然の新入りだ。快く思わない奴もいると思う、だが、頼む」
ベンダルが腰を折った。つまりは、頭を下げた。
「こいつに、優しくしてやってくれ」
ベンダルが頭を下げたことにざわつく者もいたが、反論を唱える者は一人もいなかった。
優しく…私はその言葉を聞いて、過去の記憶を探った。
かつて父は私にどの様に接してくれたか、それを思い出した。
貴族として、剣を教えてくれた。
貴族として、礼儀を教えてくれた。
貴族として、乗馬を教えてくれた。
そして、父として優しさを教えてくれた。
褒めてくれた、構ってくれた、怒られることもあったが、それも優しさだ。
今の私は強い、恐らくはこの盗賊団の中でもレイシュールの次に強いのではないだろうか?
しかし、父を超えられるとは思えない。
私は父が戦うところを見た事は無い、しかし、教えを請う中で強さを感じた、優しさの中に厳しさを感じた。
私は父の何処に強さを感じていたのだろうか、私は何故、今もなお父を超えられないと感じるのだろうか?
優しくしよう、あの少年に優しく接し、私に強さを感じてくれたその時、問うてみよう。
私の何処に強さを感じたのか、それがきっと、私の持つこの疑問の答えだ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる