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Prologue
盗賊団 鍵足のダイナー
しおりを挟む街に向かうまでの道中、ユーマは凄く元気に駆けまわっていたん。
本当に、歩く事が楽しいという様子で地面の感触を確かめるみたいに地を蹴って歩いてたん。
ガネットは相変わらず無口、だけど…ユーマがこけそうになった時は腕を引っ張ったり肩を掴んだり、優しさを見せていたん。
『言葉要らずのガネット』とはよく言った物だん。
ベンダルが言っていた。親がいないんだとん。
…親がいないって、おかしくないんかと俺も仲間達も首を傾げたけれんど、捨て子ならそれもありえる事に気が付いたのは、ユーマが寝言で「ごめんなさい」と涙を流しながら呟いた後だったん。
俺も捨て子だから、分かるんだ。
周りに迷惑を掛けて生きて、申し訳なさで胸の内が一杯になって、寝言にまでそれが現れるん。
親でも家族でも無い人達に迷惑を掛けてって、子供の頃だったのに、その人達が迷惑を掛けてはいけない人なんだって分かったんだ。
自分の手が、誰にも伸ばせない悲しさを…俺は知ってるからん。
「さぁユーマ、ここがクトリって街だ…まずは入口で検査を受けるけんど、今日は俺がお前のにーちゃんだかんら、そういう風に振舞ってくれよんな」
街が見えて来て、ユーマは眼を輝かせているのと同時に少しだけ寂しそうな表情をしていたん。
もしかしたら、知り合いにこの街で出会えるかもしれないって言うのんに、どうしてユーマがそんな表情をしたのか俺には分からなかったんだ。
俺は捨て子だったけんど、孤児院に居たから知り合いが沢山いるんし、盗賊団に所属してからはますます知り合いも、仲間も増えたん。
…そういえんば、アルは、元々は何処に居たんだろうかん。
ベンダルは、森で見付けたっていってたんだ。でも、森で生まれて、森で過ごしてきた奴なんて居る訳がないんだ。親も、周りに誰も人がいない状態で五歳になるまでなんて…。
「ここが、街なんですね…でも、いいんですか?ダイナーさんが僕のお兄ちゃんだなんて」
俺はそう聞かれて、何がいいんですか?なのか分からなかったん。
五歳の頃に、俺がお前のにーちゃんだって言われたら、わーいってなりそうなもんだけど、ユーマは違う。何かを深く考えてから言葉にする。だから、きっとこの質問も何かを考えたのだろう。
いいんですかって事は、遠慮でもしているのかもしれない。
そんな事をする必要は無いのに…不思議な子供だ。
「良いに決まってるだろん…?」
頭を撫でてやる。恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに笑みを零すユーマを見ていると、心が癒されるん。
そんな遠慮、何処で覚えたんだろうなん。
覚える必要の無い物だん。なのに、ユーマは覚えててたん、変な話だけど…きっとそういう人生を送って来たからん、そういう遠慮を覚えたんだん。
「それよりも見ろユーマ、クトリの街の衛兵が門の前に居るん…この街は他の街と比べて治安が比較的に良いから衛兵も暇だろうに、よくよく門の警備なんてやるもんだん」
まぁ、最近俺達が少し大きめの悪さをしたからってのが答えだろうな、悪徳貴族様からせしめた盗品を大々的に元の持ち主に返したからんな。それでいて、貴族様は盗まれた…なんて事を言い出せるはずも無い、管理体制の甘さを公言すれば寝首を掻きに誰が来るかわかったもんじゃないからんな。
クトリの街の門前を固めたって意味が無いってのに、馬鹿な貴族様だん。
これで軍務に繋がりがあるって俺は知ったん。今度、あの邸に入る時は指令所やら何かを見つけて街の守衛や衛兵が手薄になるタイミングを探れるかもしれないんよ。
俺の言葉にガネットが眼で『どの口が…』と訴えて来ているけれど、こいつ、眼は口よりも物を語るってレベルじゃなく意思を伝えてくるのんよ。
「えっと…ダイナーさん」
ユーマに裾を引かれて見下ろすと、何やらもじもじとしていたん。
どうしたのかと思いしゃがみ込んで耳を近づけてみて、気が付いたん。
門前ってだけあって、結構な人が集まってる。ユーマはまだ五歳で背が低いから、人垣に邪魔されて見えなかったんだんな。
門前には街に入ろうと検査を受ける為に並ぶ人の列が出来ていたん。上手く取り締まれていないのか横にも広がっちまってるん。
「へへっ、ユーマ、手を横に広げてみん」
「こ、こうですか?」
両手を左右に、十字架みたいなポーズを取らせたユーマを、ガネットに目配せして後ろから持ち上げさせるん。
そのまま、俺よりも背が高いガネットの肩にユーマはセットされたん。つまりは、肩車されたん。
「わ、わ…わぁぁ…わぁぁぁあ」
いつもより視界が高くなって、広くなって、ユーマは眼をキラキラさせながら楽しんでくれていたん。
空が近くなって、見える範囲が広がって、普段は見上げる物が見下ろす形になって、きっと凄く新鮮な体験をしているんだと思うん。
「どうだー、そこからなら知り合いの人がいるか、探せるかもしれないんよー?」
その言葉に、ユーマはびくりと震えたん。
ガネットが無言のまま、心配そうに目線を上に、肩車しているユーマに向けるけれど、ユーマは俯いてガネットのつむじを見ているん。
まただ…ユーマは何処か、知り合いという言葉に反応している気がするん。
…一つだけ、思い当たった可能性はあったけれど、それは信じたく無かったん。だって、親もいないのに、知り合いもいなければ、ユーマはこれまでどうやって…森の中で一人で過ごしてきた訳でもあるまいしん。
…待てよ、なんでユーマは街にこんなに感動しているん?
知り合いがいるのなら、街に来た事くらい会ってもおかしく無いん。
マシェットは言ってた。ユーマは即席で罠を作れるような逞しい奴だってん。そんな技術、五歳で会得してる方がおかしいんよ。
もしかして、ユーマは…俺達に出会うまで捨てられてから一人で、捨てられたって記憶も無い幼い時から、あの森で一人でん…?
もしもそうなら…それがどれだけ大変な事か、大変を通り越して、非現実的で…そんなん…。
―――それなら、今の俺には何が出来る。ユーマを無自覚に悲しませちまった俺に、何が出来るんだ?
「…ユーマ」
「は、はい」
声が、震えてるん。
こいつの場合、知り合いがいない事を黙って街に連れて来て貰った事を、悔やんでいそうなん。俺達に、黙っていたって事を…。
俺まで、涙が出そうになるん。そんなの俺たちが勝手に街にユーマの知り合いがいると思っただけなん。
なのに、こいつは、ユーマは自分で背負おうとしちゃってるん。
「ユーマの知り合い探しは、無しなんよ」
「…え?」
「今日は、目一杯この街、クトリの街のお勧めスポットを巡る事にするんよ!俺がそうしたいんだけど、駄目…かんな?」
出来る限り明るく言ってみたけれど、ユーマの表情を見た時に、少し、少しだけ、嬉しそうな表情を漏らした事で俺は確信しちまったん。
こいつには、ユーマには知り合いもいないんだ。
神様って奴が本当にいるのなら、どうしてこいつから、こんなに多くの物を取り上げたん?どうしてこいつに、俺達が持っている幸せの一部だけでも分けてやれないん?
…街を巡るん。
少しでもユーマが、今のこの時を幸せだって感じてくれるようにん。
俺は駆け出す。クトリの門に向けて、我先にと楽しさを溢れさせた子供みたいに。
ユーマ、俺達に申し訳なさなんて感じなくていいんだん。今の俺みたいに素直に行動していいんだん。
お前はまだ。子どもなんだからん。
「さぁ、一日を楽しむんよー!」
楽しい時間に流す涙は、嬉し涙だけで充分なんよ。
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