幸せを知る異世界転移

ちゃめしごと

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Prologue

盗賊団 無口のガネット

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ガネット…無口のガネット、そう呼ばれるようになってから、多くの人が俺を避けてきた。

街を歩く今でさえ、強面の俺は道を開けられる。

別に、何かしらの威圧をした訳じゃない、ただ顔が怖いのだ。

俺の顔には、火傷の痕がある。右の顔、顔の半分を覆う様に火傷したのは二十六の頃だ。皮肉な話だ。警備隊をやっていた俺は人を助ける為に燃えている家の中に助けに入った。

助ける事が出来て、お礼も言われて、俺の治療が済んだ頃にはもう忘れられていて、俺に残されたのは焼けた喉とこの面だ。
奇跡的に目や鼻、耳などの五感を司る部分に後遺症は無かったけれど、声を出せば掠れており、仲間でさえ眼を見開いて驚いていた。

だけど…何故かこいつは俺を恐れない。

ユーマ、数週間前に俺達の新しい仲間に加わった五歳の少年だ。

正直、俺はこの少年がどういった境遇なのか聞いた時、不気味だと思った。

森の中で一人眠っていて、ベンダルが拾ってきたと言った時には何を考えているのかと問い詰めたくなった。

真っ黒な髪に真っ黒な眼、この辺りではまず見ない容姿をしていたからだ。

少女と見紛う中性的な容姿に、どんな事にでも感動を覚える純粋さ、最初は妖精の類かと思ったけれど、こいつと盗賊団のアジトで見張りをした時に、妖精でも化物でも、不気味な奴でも無い事を確信した。

ユーマは、一人になると泣くんだ。

声も出さずに、腕で隠しもせずに、静かに涙を流すんだ。

五歳の頃、涙が流れて悲しさに押しつぶされそうになって声を上げて泣いた覚えが俺にはあった。だから、そんな風に泣く姿を見て、俺はこいつが慣れているんだと分かった。

涙を流す事に、一人で泣く事に…。

きっと俺が無口で、何も喋らないから寂しさが押し寄せて来たのだろうな、あの日は、静かで、何も無い夜だったから。

頬を伝った涙に俺は最初気付けなかった。泣いているのに、呼吸を荒げる事も無く静かに落ちた雫に、隣で座っている俺は見る事もしなかった。

ただ。ユーマが凄く静かに立ち上がったから、俺はユーマが何処に行くのか気になったんだ。

その時にようやく。ユーマが座っていた所に幾つもの水跡が在る事に気付いたんだ。だから、追えなかった。

今なら分かる。俺の隣で泣く訳に行かないから、何処かに行っていたのだと、その間、泣き声の一つも聞こえなかった。聞こえなかったのに…ユーマは俺の傍で泣かなかった。

俺はそれを、誰に尋ねるべきか悩んで同時期に盗賊団に加入した料理人のカナクに聞いてみたんだ。

「それは…そうだな、僕はあまり人の感情に詳しくないけれど、君はもしも目の前で誰かが泣きだしたら、自分の所為で泣きだしたって思わないかな」
「オモウ…カモ、シレン…」

 掠れた声で答えると、カナクは寂しそうに眼を伏せて、俺の肩を叩いた。

「君は今、凄く悲しそうな、辛そうな表情をした。僕はその顔の君を見る事は好きじゃない、僕まで胸が痛くなるから、それと同じさ…ユーマはきっと、君の隣で泣いて、君を不快に、苛立たしさとかでは無くて、悲しさでも何でも、マイナスの感情を引き出したく無かったんじゃないかな」
「…コドモ、ダゾ?」

 カナクは椅子に腰掛けて、コック帽を外しながら話を続けてくれた。厨房まで押し掛けて聞いたのに、親切な奴だ。

「ベンダルが言っていただろ、優しい奴で、凄い奴だって…僕もユーマに関してはそう思うよ、彼は優し過ぎる。盗賊団としては駄目だけど、人間としては…凄く貴重な優しさを持ってる」
「ヤサシサ…」
「僕からすれば君は気の良い仲間だ。新しく入ったばかりの子や、大人達は君を警戒しているけどね…きっとユーマは、君を警戒していない、あの子はね…優しいよりも、優しくあろうとしてるんだ。人の良い所を見つけようと出来る…そんな良い子なんだよ」

 カナクが俺に伝えたかった事は、正直…分からなかった。ただ。ユーマが優しくて、俺の良い所を見つけようと、もしかしたら、もう見付けてくれているのかもしれない。

だからユーマは俺を恐れずに接してくれているんじゃ、ないだろうか。

何かの本で、妖精は自由気ままだと書いてあった。ユーマは誰かを気にする事が出来る奴だ。

カナクが言った様に、ユーマは優しくて、凄い奴だ。

あの時、俺の傍から離れて一人で涙を流した真意は結局確認していないから分からないけれど、こいつに不気味だとか、そういう感想を持つのは間違っているんだって理解した。

 何処までも人間臭い、良い奴だ。




 街中を肩車しながら歩きながら、ユーマは興奮して俺の髪を掴んでは「わぁあごめんなさい!」と放しているけれど、何度もそれを繰り返している。

 それだけ楽しんでくれているという事なのだろう。

「ユーマ…」

 ユーマの前で喋るのは、これが初めてだ。

 ユーマは目に入っていた露店の商品から俺に目を落として、「なんですか?」と笑顔で尋ねて来た。

 俺の掠れ声も…こいつは気にならないんだな。

 …本当、優しい奴だ。

「タノシメテルカ?」

 俺のその質問の答えは予想出来ていたけれど、きっと、俺はユーマの涙の想い出を上塗りしたかったんだと思う。

「はいっ!!」

 年相応の笑顔で返されたその言葉に、俺まで、笑みが浮かんだ。
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