幸せを知る異世界転移

ちゃめしごと

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Prologue

盗賊団 街

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外は、森の外は一言で表せない感動に満ちていた。

 鳥が空を飛び、何処までも広大な青空を何処までも駆ける。雲はもっと高い位置にあって、僕の手は届かないのに、不思議と手を伸ばしてしまった。

 ダイナーさんは僕が立ち止まってはそんな事ばかりしているから街に着くのが遅れてしまうのに、笑顔で見守っていて下さった。
 ガネットさんは無言で、僕の行動を見守っていて下さった。

 二人は何も言わなかったけれど、僕に優しさを注いでくれていた。

 もう一つ気が付いた事がある。

 盗賊団のアジトから、森を抜けて街道…街と街を繋ぐ整備された道に出ると、森の中の草木を踏みしめて歩く時の感触とは明らかに違う。硬い感触が足裏に感じられた。

 山の中、マシェットさんと狩りをした時に、動物が通った道を歩いた時にも似た感覚はしたけれど、それとは明らかに違う硬さだった。

 街道の脇にも道の途中にも、石や砂利はあまり落ちていなくて、僕達の歩く道を前から馬車が走って来た事で、色々な人がこの道を利用する為に綺麗に維持されているんだと気が付いた。
 馬車の中には沢山の荷物が積まれていて、僕がぼーっと去って行く馬車を眺めていると、ダイナーさんに頭を撫でられて「商人…物を売り買いする人だん」と不思議なイントネーションで教えてくれた。

 僕が生前に読んだ本の中に、経営学や経済学に関する書籍は多くあったけれど、もしも盗賊団の人達が商売に手をだしていたら、少しはお手伝いできるかもしれない。

 僕には、まだ何が出来る事なのか、得意な事なのかは分からない。

 背も小さくて、肩車をしてもらってようやく人垣の向こうに在るクトリの街の門を見る事も出来たし、初めて見た街の中は興味を惹かれる物が多過ぎて、ガネットさんの肩車が無かったらきっとはぐれてしまったと確信できる。

 街は、レンガ造りの建物が多かった。植物や服飾に詳しく無い僕には街の人が着ている服が何の素材で出来ているのか分からなかったけれど、僕が今着ている染色された麻の服とあまり変わらない気もする。

 ベンダルさんからこの服を渡された時に、「チクチクしねぇか?大丈夫か?」と確認されたけれど、元々が段ボールと、洗われていない服で過ごしていた僕からすれば新しい服というだけで嬉しい事だった。思わず、一度サイズを合わせるから返してみろと手を出してくれたのに、「い、嫌です…」と服を庇ってしまう程に嬉しかった。

 街の散策中、途中でダイナーさんが指の動きで『隠れろ』と後ろ手にガネットさんに指示を出した時、咄嗟に隠れた路地裏から覗いてみると、衛兵らしき人にダイナーさんが詰め寄られていた。

 そう。僕達は盗賊団だから顔に覚えがある衛兵さんがいてもおかしくないんだ。特に、ダイナーさんやガネットさんの様に古株と言われる人達は…。

 だけど、僕が何かを気にする前にダイナーさんは衛兵の人との会話を終えて僕達に合流した。

「ど、どうしてそんなに早く済んだんですか?」
「旧知の振りをしたんだん。当人は忘れていて、おまけに恩があるんじゃないかと匂わせたん。『おっ、久し振りじゃないか、今は傭兵やってんだよ、どうだ?あの時の恩を返してくれよ、一杯奢ってくれるだけで良いからさ』と言ったら、仲間の衛兵隊からの視線を気にしたのか足早に去って行ったんぜ」

 それもまた。生きる術なのかなと感心した。

 武力は使わずに言葉だけで揉め事を解決する事は難しい、揉め事になる前に言葉だけで解決してしまう事は更に難しい、だけどダイナーさんはそれをやってのけた。運が良かった…というのもあるだろうけれど、見習いたい部分だ。

「こっちだ」と案内されて付いて行く。付いて行く…と言っても僕はガネットさんに肩車されているだけだけど。

 ガネットさんの肩車は、凄く安定していて落ちる心配が無い、何度か、思わずガネットさんの頭頂部に頬を摺り寄せてしまった位、頼りになるんだ。

 案内に付いて行くと、一つの大きな道に出て、真っ直ぐに何処かに続く道だと前方から走って来た馬車が言葉も無く走る姿で教えてくれた。

「ユーマ、見てみろ…これが城、クトリの街、領主の城だん」

 ダイナーさんの指が差す方向に首を動かすと、大きな門がまず目に飛び込んできて、それを囲う灰色の壁が何処までも高くそびえていた。
脇に建つ長い塔の先端は鋭く。途中に幾つかの窓があり尖塔と呼ぶに相応しい物が二つ、シンメトリーに正面の灰色の壁を挟んで建てられている。

 小さいけれど、物語の挿絵で見た様なお城だった。

 姿勢を正して門を守る二人の兵士までも、雰囲気作りの為に居るのではないかと考えてしまうほど、綺麗に、僕の夢が其処に在った。

「これが…お城…」
「…スゴイカ?」

 言葉を選ぶ余裕も無くて―――僕は、涙を浮かべた瞳を気付かれない様に、震えた声で応えた。

「うん…僕は、本当に別の場所に居るんだって…外に居るんだって…自分の眼で確かめる事が出来て実感が沸いて…と、鳥肌が あはは…」

 ダイナーさんは自分のバンダナを外して、僕に投げ渡した。

 そこに言葉が添えられていない事こそが、優しさだったのかもしれない。。

 しばらく眺めていると、ダイナーさんが頷いて腕を組みながら口を開いた。

「同じ人が作ったとは思えないんよ、だけど、それが事実なんよ、ユーマ、お前もきっと、コツコツ頑張ってたらいつか、自分の城を建てられるのよ」

 そんな夢を見た事は無いけれど、そんな夢を見てしまう位の感動の中で僕はしばらくの間お城に見惚れていた。

 人がどうやって建てたのかも分からない、僕からすればそんな建物。

 きっと滑車や梃子の原理とか、色々な物を使ったのかもしれないけれど、僕には光景を想像する事が出来ない。

 この街の人からすれば見慣れた建物なのかもしれないけれど、僕からすれば不思議で仕方が無かった。

 そこで、城とは反対側、真っ直ぐな道が続く反対側に目を向けた。

 そこには街が在る。

 …今見ると、この街も人が建てた事を実感出来る。

 僕はずっと室内に居たから、何かが建てられている光景を見た事が無い、それでも確かに街を作ったのは人なんだと思うと、人の関わりが、努力が、そこに形を成している様に見えて更なる感動を覚えた。

「ねぇ、ガネットさん、ダイナーさん…人って凄いんだね」

 ガネットさんは無言で僕を一度背負い直し、ダイナーさんは笑みと一緒に僕のお尻を軽く小突いた。

 初めての街は、驚きと新鮮さで溢れていた。

 それは、一度見た景色さえも別の見方をさせてくれる素敵な経験だった。



 ファーリエルさん、僕、ちゃんと生きてるよ。

 幸せ、感じてるよ。



 叶うのなら、この景色をあなたとも見てみたかったな。


 最後に、僕は雪景色の僕の精神世界で二人、ただ傍に居てくれたファーリエルさんを思い出した。


 ありがとうと、もう一度、告げたいな。
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