幸せを知る異世界転移

ちゃめしごと

文字の大きさ
17 / 55
Prologue

盗賊団 細腕のジュネ 1

しおりを挟む

 森には動植物が多く。歩いているだけでも様々な発見に繋がる。

 こうして歩けるだけでも僕にとっては嬉しい事で、一歩一歩を踏みしめながら草木の香りや朝露の雫の煌きに胸躍らせる毎日だ。

「それで、今日は何処まで行くんですか?ジュネさん?」

 僕の先を歩いてくれている人、背が高くて、昆虫のナナフシを思わせる体躯の持ち主、しなやかな腕は体長の3/4はあり、継ぎ接ぎの服は彼が市販の長袖の服を着ると腕がまるで収まりきらないから。

 その異様に長いリーチと、細くしなる身体から振るわれる鞭はレイシュール義父さんであっても受け切れずに盾を使って上手く捌かなければいけない程だという。
それだけ威力の面に特化しているらしい、そして、身体がしなる分、振った後のもう一度も早くて重く早く繰り返される鞭撃は射程距離も長くレイシュール盗賊団ではマシェットさんに次いで戦闘面で頼りにされている。

 その体格から『細腕のジュネ』と呼ばれているけれど、腕が細い事を馬鹿にする人は誰もおらず。まるで腕から鞭の先端までを一個の武器の様に扱う達人の一人として色々な方面で有名だ。

「何処までというよりも…今日は…君に戦闘を教える」
「戦い…ですか?」

 ジュネさんは歩きながら、少し飛び出した足元の木の枝や草木を踏みしめながら歩いてくれている。お陰で僕は非常に歩き易くて助かっている。
 そんな優しいジュネさんだけど、本職は盗賊、それも戦闘に特化した人だ。

 その人から教えて貰えるなんて、きっと凄い事なんだと思うけれど…僕は、戦いは怖いと心のどこかで思っている。
 戦うという事は、相手を傷付けることだ。

 僕はそれが…少し、怖い。

 この世界で生きていくという事に、戦う事が必要なのだとしたら―――僕は、戦おう。

 生きていなければ、幸せを掴む事も出来ないのだから。

 ジュネさんは先を歩きながら、一瞬、手を目の前にかざして何かから眼を隠した。眩しくて太陽の陽を遮るみたいに。

「戦いといっても、ユーマは五歳だ…本格的に斬り方や殺し方を教える訳じゃない」
「…殺し、方」

 僕が切り取ったワンフレーズ、そこにジュネさんは眼を見開いて笑顔を見せた。

「…いや、教えても良いかもしれないな、ユーマは殺しの意味を正確に理解していそうだしな」
「意味…ですか?」
「あぁ…生物を殺すという事にユーマは嫌悪を抱いているのだろう?いや…嫌悪に近いが嫌悪じゃない…疑問にも近い感情だろうな」

 言われて、考えてみる。

 どうして生物を殺す事に躊躇いを覚えているのか、どうして、そこで一歩、立ち止まってしまうのか。

 命を奪う行為…それ自体に嫌悪は無い、そこに嫌悪を抱く事はそれを生業としている人に失礼だから。なら、何が嫌なのだろうか。

「正確に、ただ漠然と嫌だというだけじゃないのなら理解できているさ…大丈夫だ」
「ジュネさん…」

 答えを知っているのだろうか、僕の内側にある答えのはずなのに、それをジュネさんは知っているのだろうか。

 不思議な門答だった。答えなんて出ていないけれど、答えを知っている人が傍に居てくれるのなら、何だか安心できる。

 ジュネさんが立ち止まり、こちらを振り返った所は木々の少ない開けた場所だった。アジトからもそう遠く離れてはいない、絶好の訓練場所だ。

 ジュネさんは含んだ言い方が多い方で、様々な知識もあって凄く頼りになる人だ。

「…さぁ、戦いを教える…戦いの雰囲気を―――」

 森がざわめいた。

 ジュネさんから発せられた圧、身体の表面を刺される様な何かが僕を襲い、風なんて吹いていないのに木々が揺れて葉が落ちる。まるでジュネさんがその現象を引き起こした様にも感じる。

 読んでいた本の中で、緊張している際の描写に『ピリピリとした空気が』という意味の分からない表現が度々使われていたけれど、この…音の圧を身体で受けたみたいな感覚がそうなのだろうか。

 汗が浮かぶ。けれどソレを拭う為に動く事が怖い、動けば何をしているのかと咎められそうな威圧感の中で、僕は段々とある感情が沸いて来ていた。


『恐怖』


 ジュネさんは、優しさでこの訓練をしてくれているのだと分かっているのに、僕は『恐怖』を抱いてしまった。戦いの雰囲気だというのなら、こんなにも怖い物だというのなら、僕は戦いたく無い。

 怖い、眼を背けたい、ジュネさんを見続ける瞳を閉じてしまいたい、怖い、息が詰まる思いだ。

 ―――だけど、きっとこれは、僕の為なんだ。

 そう思えば、眼を背ける事も、閉じる事も出来なかった。したくなかった。

 ジュネさんのくれる圧の全てを受け止める為に歯を喰いしばった。

 盗賊団の皆は、僕に色々な贈り物をくれる。嬉しい物、新しい物、楽しい物、色々な物をくれるんだ。だけど、辛さや苦しさを自分からくれる人はいなかった。
 皆は優しいから、僕に辛い想いをさせまいとしてくれているんだって、なんとなく…気付いていた。

 僕も皆に酷い事をしたら、心が痛む。

 痛むのに、それなのに、ジュネさんはそれでも僕の為に戦いの怖さを肌で感じさせてくれようとしているんだ。

 全部受け止めなきゃ、それは、駄目だろ―――。

 見れば、ジュネさんも辛そうな表情をしている。その眼は僕を捉えていて、何処か心配も孕んでいる。

 それでも止めずに、続けてくれているんだ。

 言葉で伝えられないありがとうを、この行動で示そう。受け止め続けるこの行動で。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...