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Prologue
盗賊団 細腕のジュネ 1
しおりを挟む森には動植物が多く。歩いているだけでも様々な発見に繋がる。
こうして歩けるだけでも僕にとっては嬉しい事で、一歩一歩を踏みしめながら草木の香りや朝露の雫の煌きに胸躍らせる毎日だ。
「それで、今日は何処まで行くんですか?ジュネさん?」
僕の先を歩いてくれている人、背が高くて、昆虫のナナフシを思わせる体躯の持ち主、しなやかな腕は体長の3/4はあり、継ぎ接ぎの服は彼が市販の長袖の服を着ると腕がまるで収まりきらないから。
その異様に長いリーチと、細くしなる身体から振るわれる鞭はレイシュール義父さんであっても受け切れずに盾を使って上手く捌かなければいけない程だという。
それだけ威力の面に特化しているらしい、そして、身体がしなる分、振った後のもう一度も早くて重く早く繰り返される鞭撃は射程距離も長くレイシュール盗賊団ではマシェットさんに次いで戦闘面で頼りにされている。
その体格から『細腕のジュネ』と呼ばれているけれど、腕が細い事を馬鹿にする人は誰もおらず。まるで腕から鞭の先端までを一個の武器の様に扱う達人の一人として色々な方面で有名だ。
「何処までというよりも…今日は…君に戦闘を教える」
「戦い…ですか?」
ジュネさんは歩きながら、少し飛び出した足元の木の枝や草木を踏みしめながら歩いてくれている。お陰で僕は非常に歩き易くて助かっている。
そんな優しいジュネさんだけど、本職は盗賊、それも戦闘に特化した人だ。
その人から教えて貰えるなんて、きっと凄い事なんだと思うけれど…僕は、戦いは怖いと心のどこかで思っている。
戦うという事は、相手を傷付けることだ。
僕はそれが…少し、怖い。
この世界で生きていくという事に、戦う事が必要なのだとしたら―――僕は、戦おう。
生きていなければ、幸せを掴む事も出来ないのだから。
ジュネさんは先を歩きながら、一瞬、手を目の前にかざして何かから眼を隠した。眩しくて太陽の陽を遮るみたいに。
「戦いといっても、ユーマは五歳だ…本格的に斬り方や殺し方を教える訳じゃない」
「…殺し、方」
僕が切り取ったワンフレーズ、そこにジュネさんは眼を見開いて笑顔を見せた。
「…いや、教えても良いかもしれないな、ユーマは殺しの意味を正確に理解していそうだしな」
「意味…ですか?」
「あぁ…生物を殺すという事にユーマは嫌悪を抱いているのだろう?いや…嫌悪に近いが嫌悪じゃない…疑問にも近い感情だろうな」
言われて、考えてみる。
どうして生物を殺す事に躊躇いを覚えているのか、どうして、そこで一歩、立ち止まってしまうのか。
命を奪う行為…それ自体に嫌悪は無い、そこに嫌悪を抱く事はそれを生業としている人に失礼だから。なら、何が嫌なのだろうか。
「正確に、ただ漠然と嫌だというだけじゃないのなら理解できているさ…大丈夫だ」
「ジュネさん…」
答えを知っているのだろうか、僕の内側にある答えのはずなのに、それをジュネさんは知っているのだろうか。
不思議な門答だった。答えなんて出ていないけれど、答えを知っている人が傍に居てくれるのなら、何だか安心できる。
ジュネさんが立ち止まり、こちらを振り返った所は木々の少ない開けた場所だった。アジトからもそう遠く離れてはいない、絶好の訓練場所だ。
ジュネさんは含んだ言い方が多い方で、様々な知識もあって凄く頼りになる人だ。
「…さぁ、戦いを教える…戦いの雰囲気を―――」
森がざわめいた。
ジュネさんから発せられた圧、身体の表面を刺される様な何かが僕を襲い、風なんて吹いていないのに木々が揺れて葉が落ちる。まるでジュネさんがその現象を引き起こした様にも感じる。
読んでいた本の中で、緊張している際の描写に『ピリピリとした空気が』という意味の分からない表現が度々使われていたけれど、この…音の圧を身体で受けたみたいな感覚がそうなのだろうか。
汗が浮かぶ。けれどソレを拭う為に動く事が怖い、動けば何をしているのかと咎められそうな威圧感の中で、僕は段々とある感情が沸いて来ていた。
『恐怖』
ジュネさんは、優しさでこの訓練をしてくれているのだと分かっているのに、僕は『恐怖』を抱いてしまった。戦いの雰囲気だというのなら、こんなにも怖い物だというのなら、僕は戦いたく無い。
怖い、眼を背けたい、ジュネさんを見続ける瞳を閉じてしまいたい、怖い、息が詰まる思いだ。
―――だけど、きっとこれは、僕の為なんだ。
そう思えば、眼を背ける事も、閉じる事も出来なかった。したくなかった。
ジュネさんのくれる圧の全てを受け止める為に歯を喰いしばった。
盗賊団の皆は、僕に色々な贈り物をくれる。嬉しい物、新しい物、楽しい物、色々な物をくれるんだ。だけど、辛さや苦しさを自分からくれる人はいなかった。
皆は優しいから、僕に辛い想いをさせまいとしてくれているんだって、なんとなく…気付いていた。
僕も皆に酷い事をしたら、心が痛む。
痛むのに、それなのに、ジュネさんはそれでも僕の為に戦いの怖さを肌で感じさせてくれようとしているんだ。
全部受け止めなきゃ、それは、駄目だろ―――。
見れば、ジュネさんも辛そうな表情をしている。その眼は僕を捉えていて、何処か心配も孕んでいる。
それでも止めずに、続けてくれているんだ。
言葉で伝えられないありがとうを、この行動で示そう。受け止め続けるこの行動で。
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