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Prologue
盗賊団 細腕のジュネ 2
しおりを挟む――俺は、きっとこの盗賊団の中で、一番心の弱い男だ――
俺が細腕のジュネと呼ばれ始めてから、どれ程の月日が経ったのだろうか。
レイシュールに誘われて入った盗賊団の中で、俺は暖かさを知った。
それまで、見世物をしての生き方しか知らなかった俺には衝撃の数々だった。
『奇怪』『腕長男』『手で歩く男』
そんな代名詞を持っていたのが俺、サーカスという環境で過ごし、自分の存在意義を見出せずにいたのが俺だ。
俺をサーカスに売った親の顔は覚えていない、ロクに世話もして貰えず。サーカス団の小男が俺を安い金で買えた事を時折教えてくれた。
何度も言われた。
『お前の在り方は此処しか無い』『腕の長いお前でも誰かを楽しませる事が出来る』
俺に選択肢など存在せず。その生き方だけを教えられたんだ。
だけど、ある日のことだった。剛腕を振るう大男がサーカスのテントをブチ壊して、舞い降りた白銀の盾と剣を手に持つ男と出会ったのは…。
「一緒に来るか?お前の腕、中々に特別な腕だな―――悪く無い」
面白いでも、奇妙でも、気持ちが悪いでも無い初めての言葉だった。
手を伸ばした。その白銀の輝きに吸い寄せられるかのように、目の前に現れた謎の存在が、自分の救いである事を信じて。
…まさか、それが盗賊団だなんて思いもしなかったけどな。
そうしてレイシュール盗賊団に加入した俺は、元から芸で使っていた鞭を武器として戦闘に携わる事になった。
その中で俺は、悩みが生まれた。
俺は、戦闘が楽しいんだ。
これまでの抑圧に満ちた生活がそうさせるのか、俺はあまりにも戦闘で活き活きとして戦ってしまう。敵を鞭で薙いだ時に手に伝わる感触に、全身が歓喜の震えを起こす程に―――戦闘に魅了されていた。
盗賊団の一人、マシェットは俺に度々「落ち着け」と言ってくれる。
誰かからの強気な指示にどうしても心が動かされてしまうのは、きっと俺がそういう生き方、在り方をしてきたからだ。
命令や叱咤の声に私は反応してしまう。どうしようもなく刻み込まれた臆病な自分が…俺は、たまらなく嫌いだった。
「っ…ぐ…」
俺の前方で、俺が出している戦闘時の圧を一身に受け止めて歯を喰いしばりながら耐えているのは、ユーマ。
一カ月と少しを前に、レイシュール盗賊団に加入した五歳の少年だ。
辛いのなら倒れてしまえば良いのに、辛いのなら本能に従ってしまえばいいのに、それでも彼は…必死に歯を喰いしばって耐えている。
そんなに辛そうな表情をしないでくれ…これが訓練であるという事を忘れて、鞭を…振るいたくなってしまう。
既に俺が出している圧は野生の動物なら命の危険を感じる領域に達している。身の危険を飛び越えて、そのまま心臓を鷲掴みにされたと錯覚してしまう程の…怖れを、ユーマに抱かせてしまっているだろう。
『ユーマに戦いの雰囲気を教えてくれないか』
レイシュールからの頼まれ事に、俺は耳を疑った。
『だけど、彼は五歳で…義理とはいえ首領の息子だ…戦いは、まだ早い』
俺の言葉にレイシュールは頷いた。分かっていると言外に伝えられ、悲しそうに伏せられた眼を見つめる事が俺には出来なかった。
この人に、酷い言葉を投げ掛けたかった訳じゃ無いのに…今の言葉は、『人でなし』と言っていると受け取られても仕方の無い物だ。
『なぁジュネ、私達は…盗賊だ』
自分の腕を抱きながら、何かの感情を抑えるみたいに強く腕を抱く手に力を込めていた。
『いつ死ぬか、捕まるか…分からないんだよ』
誰かを思い出す様に呟かれた言葉は、辛いという感情が込められていた。
どうして、そんなに辛いのに、そんなに…本心に沿わない言葉を吐けるんだ。
『いつなのか分からないのなら、ユーマにあげられる物は全部与えたい…だけど、私では彼に甘くしてしまう。だからジュネ、君に頼みたいんだ』
今度は真っ直ぐに向けられた眼に、願いが込められていた。
『君は…本能的に戦いを楽しめる人間だ。君自身はそれに辟易しているかもしれないが、紛れも無い才能だ』
俺は頷いた。頷く事でしか、リアクションを返せなかった。
『頼む…ユーマに戦いの雰囲気を教えてくれないか』
それをすれば、きっと俺は恐怖の眼で見られてしまうだろう。
レイシュールは、それが自分に向けられるのが嫌で俺に頼んだのだろうか、それとも、彼の言葉通り優しく。甘く接してしまうから俺に頼んだのだろうか…。
俺は、それを引き受けた。
例え怖がられる事になっても、それがユーマという…あの少年の為になるのならば、そう思って。
眼から涙を零しながら、それでもユーマは受け止め続ける。
―――もう止めないと。
―――ユーマは何処まで耐えられるのだろうか。
二つの心が顔を覗かせる。
どちらも本心から、相反する想いだというのに、俺にはそれが本当に心の底からの物だと分かってしまう。
心の表層で考えた一時的な物じゃない、きっとこれから先この訓練をする度に、曲がり角から指を掛けて現れる深層に巣食う俺の闇。
俺は、ユーマとあまり会話をした事が無い、ユーマの限界を知らない。
ソレを知る事も、大切な事だとは思うけれど…そんな教育者にも似た考えの下で行っているのは理由の一割程度、残る九割は、苦しむユーマの表情が見たいから。
自分でも嫌悪する最低な部分、俺自身が一番、俺の中の本能を、本心を愛する事が出来ない。
そう思っても、俺には抗う事が出来ない、心の深層に巣食う闇を表層からどれだけ照らしだそうとも、闇が深すぎて照らしきれずに光さえもソレに呑まれる。
「ぐ…ぁ…」
ついに、ユーマが膝から崩れ落ちた。
…無理をさせ過ぎたか、いや、ユーマが無理をしたのか?
―――俺は、自分が悪い事をしたと思いたくないのか。
何処までも、弱い男だな俺は…。
ユーマをアジトに運んで、ベッドに寝かせてやろう。それが、ここまで無理をさせてしまった俺の責任だ。
そして、ユーマが目覚めた時に俺は知る事になるんだ。
こいつの優しさを、俺が持つべき、強さを…。
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