幸せを知る異世界転移

ちゃめしごと

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Prologue

盗賊団 細腕のジュネ 3

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「…ん」

 ユーマが眼を覚ましたのは30分後、身じろぎして眼を覚ましたユーマは、俺の姿を見ると顔色を変えた。

 青褪めた様子で、俺を怖がっている様にも見える。

 そうだよな…だけど覚悟の上だった。ユーマに嫌われても、俺はレイシュールからの頼み事を果たして、ユーマに戦いの雰囲気を伝えたかったんだ。

 だけど、ユーマの発した言葉は俺の予想を覆す物だった。

「ご、ごめんなさい!」

 …ごめんなさい?

 理解が出来ずに黙りこんでしまったのは、熟考すると舌が回らなくなる俺の癖だ。

 どうしてここでごめんなさいという言葉が出て来たのか、俺には理解できなかった。

 謝罪というのは、自分が悪い事をした時にする物のハズ、ユーマは私に何か、悪い事をしたのだろうか。

「僕は…ジュネさんからの贈り物を、全部…受け止めきれ無くて…途中で…」

 …何の冗談かと思った。

 あの圧を贈り物だと認識したのか?俺からユーマへの贈り物だと…。

 確かに、教えられる事があるのならと行った事ではあった。だが、それがここまで好意的な解釈で受け取られるとは思ってもみなかった。

 俺に恐怖を抱いて青褪めたのでは無く。申し訳なさを感じて青褪めたのか。

 ベンダルや、チャルチュ、あのガネットさえも言っていた。ユーマは優しいと。

 その意味がようやく分かった。確かに、彼は優しい、こちらが困惑してしまう程に…それほどまでに、優しいんだ。
 誰かに優しいのであれば、納得も出来る所だし、俺の中でも仲が良いんだなと微笑ましい光景に映るだろう。

 だけど、彼の…ユーマはの優しさは全てに向けられている。

 だから、優し過ぎると感じてしまうんだ。

 だから、彼は自分に与えられる全ての物を贈り物だと認識出来るんだ。 

 彼が生きて来たのは、決してやさしい世界では無かったと聞いている。それでも優しさを抱き続ける事は、どれだけ凄い事なのだろうか。

 俺の様にサーカスの見世物にされようとも、きっと彼は―――。

 思わず自分の人生に重ねてしまったのは…どうしてだろうか。

「ジュネ…さん?」

 ユーマに声を掛けられてようやく。俺は自分が思考の渦に嵌まっていた事を自覚した。

「…すまないな…ユーマ、一つ…聞きたい事が在る」

 咄嗟に出た言葉は、そんな質問を求める物だった。

「ユーマ、君はさっきの戦闘の空気を味わった時、倒れてしまいたいと思わなかったのか?」

 俺は、本能と本心に従って行動をしている。だからさっきの圧を放っていた時もついつい長く続けてしまった。

「倒れてしまいたいと…逃げてしまいたいと…怖いとさえ、思いました」

 …それでも、ユーマは逃げなかった。本心を押し殺してまで、行動に移せた。

「それなのにユーマは受け続けた…それは、贈り物を全て受け取る為…だったのか?」

 俺は、それが何故なのかを知りたい。

 本能や本心に逆らう事が出来る…心の深層に嵌まらずに、表層で生きる術を…幼さから、ユーマにはそれが出来ているのか、それとも、何か考えの違いがあるのか、五歳児に聞く事ではないかもしれないけれど、彼は頭が良いから。

 それに、何故か確信していた。

 ユーマは真面目に、この質問を受け取って、返してくれるだろうと。

「…これは、僕の考えなので、参考程度に聞いて下さい」

 そう前置きして、ユーマは話始めた。

「僕が行動をする時は、多分ここ…心で行動してるんです」

 胸元に手を当てて、ユーマは続ける。

「何かを考える時は、ここ…頭で考えています」

 頷いた俺を前に、ユーマは胸元に持って行った手を強く握りしめた。着ている服に皺が出来てしまうけれど、それが何か、複雑な心理状況を露わしている様にも見えた。

「怖い…逃げたい…そう叫ぶのは危険を察知して信号を送り出した頭の方です。受け止めたい…逃げたく無い…そう叫んだのは心でした。相反する二つの叫び…頭と心が喧嘩するみたいになった時、本能はきっと頭が、本心は心が担当してくれていると思います」

 俺は聞きながら、そこまで考えた事も無かった自分を恥じた。

 俺が従っているのは、どっちだ?

 本能か、本心か?

「本能はとても強いです。本心もとても強いです。どちらかを行動の指針にしなければ動き出せない位に、だから僕は、そういう時には自分が望む行動を取るんです」
「望む…?」
「はい、本心でも本能でも無く願いに順ずる行動…とでも呼ぶのでしょうか、そうしたらさっきは、気絶するまで粘ってしまいましたけど」

 恥ずかしそうに頭を掻くユーマに、俺は不思議な感想を抱いていた。

 本能と本心以外の選択肢を提示したユーマを、俺は…尊敬すらしていた。

 気付かされた。

 自分の中の選択肢を自分でせばめてしまい、勝手に悲嘆に暮れていただけだと…。

「ユーマ、ユーマは…どうして願いを取るんだ?本心や本能が、自分自身の根底が嫌いなのか?」

 最早それは、子供にする質問じゃ無かった。

 だけどユーマは受け止めて、頷いてくれて、真面目に考えてくれた。

「そう…ですね、僕は自分の中にある弱い自分が、幸せを求めようとせずに逃げ出そうとしてしまう自分が、嫌いです…だけど、それも自分だから捨てることなんて出来ないです」
「…そうだな」
「だったら、変えていくしかないと思うんです。行動や、考える事を強引に、自分が願う自分になる為に…」
「自分が願う…自分…」

 ユーマはその後、恥ずかしそうに顔を赤らめて再び布団に包まって眠りに就いた。

 その後、俺はしばらく考えた。

 本能でも本心でも無い、願いから生じる行動。

 それをする事が出来れば、俺は…俺自身を好きになれるのだろうか。

 戦いを求める本能と、それを楽しむ本心、それ以上の俺の願いは…?

 まだ…分かりそうにも無い、だけど、変えていける気がした。

 本能にも本心にも、どちらかに従うのでは無く自分が取りたいと思った行動を取る。それだけで今の輪俺から変わると確信出来た。

 …ユーマ、不思議な少年だ。

 俺を恐れるかと思っていた。不安ばかりが俺を襲っていた。

 だが…今は感謝しかない。

 あぁ、一つだけ願いが生まれた。今の俺ではまだ未熟で、歩き出したばかりの道だから言えないけれど、いつか自分を好きになろう。自分を好きになって、今は眠っているユーマに投げ掛ける言葉だけど、いつか、起きている時に告げよう。

「ありがとう…ユーマ」

 戦いの雰囲気を教えたつもりが、もっと多くの事を学んでいた。

 本当に思うよ。

 ユーマは、優し過ぎる子だ。
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