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Prologue
盗賊団 盗み 1
しおりを挟む――あの時が、全ての境目だ―― レイシュールの独白
レイシュール盗賊団に所属して二カ月が過ぎた。
あれから何度かの探索や、財宝発掘を繰り返して、僕も生活や自分の体に慣れて来た。
一度だけ盗みに入ると言う事でダイナーさんの身体に紐で括り付けられて現場に付いて行った事があるけれど、お金や絵を盗むのだと思っていたら書類を盗んで、後日に領主の管轄に収まっている衛兵隊に渡す事で貴族の不正を暴いたり…色々な事して来た。
そして今日は、僕にとって三度目の盗みへの参加だ。今回も僕はダイナーさんの背中に紐でくくり付けられている。
ダイナーさんは本格的に盗みを働く時だけは僕を安全な場所に置いて行くけれど、それ以外の時は背中で仕事ぶりを見せてくれるんだ。
少し不思議だし、傍目から見れば間抜けな光景かもしれないけれど僕はとても楽しかった。
盗み…そう聞けばダイナーさんや団員の人達がしている事は悪い事に見えるし、彼等は自分達が悪い事をしていると堂々と言ってのける。
だけど、実際にやっている事は不正を探したり、盗品を回収して元の持ち主の所に返したりという行為だ。
二度目の盗みの後で、僕は笑顔でダイナーさんに『今日も盗めて良かったですね』と喋りかけた。だけど、ダイナーさんの表情は浮かない物だった。
後日、ダイナーさんと夜の見張りをする事になった時に、ダイナーさんは教えてくれた。
『なぁユーマ…俺達は盗賊団で、盗んだり、時には荒らしたり…それは決して良い事じゃないんだ』
「…やっぱり、そうなんですか?盗む事は悪い事です。だけど皆さんがしている事は誰かを助けていて、良い事に思えます」
『…理想はな、不正に対して正当なやり方で暴くって方法だ。議論の場でも何でも設けて、そこで不正を問いただす事が出来れば最高だ…だけど俺達は、不正に不正をぶつけるやり方でしか己の信じる正義を遂行できないん』
不正に、盗みという不正で臨む。
それは悪い事なのだろうか、だけどダイナーさんは正義だと言った。自分の行いは不正であり悪い事だと言いながらも、己の正義を遂行していると…。
正しい行いと、正しいと信じる行いの違い…それは信じ切れていないのでは無いだろうかと疑問を抱いた。
答えは…まだ分からないままだ。
「さて、ここまで来たな…ここはもう貴族の野郎の邸の庭だん、事前に団員の皆に調べて貰った情報では、この時間帯は既に就寝済み、これまで幾度にも及んで盗みに入られている馬鹿の邸だから警備も厚くて安心して眠れる体制を整えてるんよ」
素手のまま、レンガ造りの壁の僅かなでっぱりに指を掛けて苦も無く登るダイナーさんはそう説明してくれた。
「この邸の人間がどうして俺達に今宵狙われるかっていうと、こいつ…街の子供を攫っては別の国に売りに出しているらしいんよ」
屋根の上まで登り切って、音を立てない為にも頑丈さを逐一触れて確認し、大丈夫だと確信した部分に足を伸ばす。一歩ずつ丁寧に、本の中で見た様な素早い動きは無いけれど、堅実に確実に一歩ずつ進んでいく。
盗みの班には『口』『足』『手』の三つの役割を持った人達がいる。盗みの際にリーダーになるダイナーさんは基本的に『足』と『手』の両方を、陽動などに回る人は『口』として色々な活動をする。
時には口笛で注意を逸らしたり、盗みに入る前に情報を仕入れるのも『口』の人達だ。
どうしてそんなに分けられているかというと、『口』の人はあくまでも一般人を装うからだ。僕達が盗みに入った次の日などに心配を装って警戒状態を探ったり、犯人の目星が付いていないかを尋ねる役割も『口』の人が兼ねている。
『足』の人は主に順路の見定めを、どのルートを使えば見張りに見つかり難いかなどを事前に調査する役割を持っている。だけど『足』の人達も実働部隊という訳では無い、実働となるのは『手』の人達だ。
『足』の人達が順路を探っている段階で邸の人間ないしは周囲に住んでいる人間に見られていた場合の事を考えて、実働部隊は別の人間を動かしているのがレイシュール盗賊団の考え方、『足』と『手』に関連性があり同じ組織の犯行だと考えられるよりも、何処かの組織が邸の情報を仕入れて多方面に売買していると思われる方がまだ足取りを掴まれにくくなるらしい。
「『爪』は使えないな…案外この屋根脆いんよ」
鉤爪ロープは使えない…確かにこの屋根は少し不安定な気がする。いつもよりダイナーさんの足取りが慎重だった。
「ここは『紐』で行くぞ…1~5は見張りに、吹き矢は忘れて無いな?6~9は『紐』を担当しろ、俺が直接行くん…南側、出窓になっている部分があるからそこなん」
『紐』は少し辛い道具だ。一人が腕に溝の付いた輪を嵌めて、そこにロープを通して別の誰かが降りる。もちろん、滑車の役割を果たす人間に負担が掛かり過ぎない様に数人で支えるけれど、バランスも維持するのも難しい達人ならではの手法だ。
紐が地面まで垂れてしまえば回収の手間が掛かるので全て降ろさずに、ダイナーさんが合図を出すまで下げていく。
出窓の横に位置した所で合図を送って窓から中を窺い見る。
そこからは盗みに入る前に僕に言い聞かせてくれる講義の時間だ。
「ユーマ…こういう時に確認するべき事は人がいるかじゃないん…影があるか無いかなん…そして影は見当たらない、次はこいつで光を差し込ませる」
ポケットから取り出したのは小さな水晶、何度も使用している所を見たので流石に覚えている。
周囲の光を内側で何度も反射させて、水晶の尖端部分から射出する変わった代物だ。
「誰かがいれば反応する…誰もいなければ…」
足をゆっくりと上げて、そこから鍵を一つ抜き取った。
そして、確認もせずに窓枠に差し込んだ。
小気味の良い音がして、ゆっくりと窓が開かれていく。どうして分かったのかは『足』の人達の努力の賜物だ。
「こうして開けて、潜入する…ユーマ、硬パンを口に入れて貰っても良いか、緊張が続く前に…なん」
「う、うん」
僕が首から下げている小さなバッグからパンを取り出してダイナーさんの口元に運ぶ。
このパンを作ってくれたのは食事担当のコリックさん、僕にも料理を教えてくれる優しいコックさんだ。
「…ん?いや、気の所為かん」
何かが気になった様子のダイナーさんは、首を捻って戻すと屋敷内に侵入する前に開いた窓の内側に手鏡を入れて前後を確認し侵入した。
「さぁユーマ、それじゃあ盗賊団らしく盗みを働くんよ…!」
「うん!」
それが正義の行いなのかは分からない、だけど、少なくとも僕は今この瞬間に楽しさを感じていた。
例えこれが悪の行いであるのなら、盗賊団の皆となら地獄に一緒に落ちても…構わない。
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