幸せを知る異世界転移

ちゃめしごと

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Prologue

盗賊団 盗み 3

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『あなたなんて』『おまえなんて』

 この二カ月間、その言葉を一度も聞く事は無かった。

 優しい笑顔と、暖かい人達に囲まれた生活を送れた。

 義父さんになってくれた人もいた。

 その事実が、僕の足を走らせる。

「あっ!お前だな、全く大人を困らせないでくれよな、何処から入り込んだんだか」

 目の前に腕を広げて僕を待ち受ける警備の人が現れた。

 思い出すのは、マシェットさんと度々行っていた狩猟、森の中で獲物を追う時、予想外の化物に見つかってしまった時、最短距離で森を走る必要があった。

『ユーマ、お前は俺と比べても足の速さに見劣りが無い、身体的な能力はかなり高いらしいな…どうだ?追い方と逃げ方を、教えてやろうか』

 その過程で僕は、色々な場所を足場として使う術を覚えた。

 ダイナーさんは知らないけれど、僕は盗みの時にダイナーさんに背負われなくても屋根の上を走って付いて行く事が出来る位に、この二カ月で走る事ばかりしてきたんだ。

 廊下の横は壁、絵画や燭台の飾られている綺麗な壁だ。

 廊下には花瓶を置く為の小さなテーブルや観葉植物が置かれている。

 光を取り入れる為に大きな窓があるけれど、それを破って外に出る選択肢は無しだし、試した事が無いので僕に破れるかも分からない。

 マシェットさんは言ってた。

『人は自分に可能な動きの範疇で敵の行動を予測しがちだ。だからユーマ、その小さな身体と、それに似合わぬとんでもない筋力としなる身体、完璧に近いその肉体ならきっと―――』

 僕はその教えを受けて、森の中で狩猟をする時に一つの動きを極めようとしていた。

 壁に向かって跳ねると同時、飛ぶ為に伸ばした足をすぐに屈めて壁面に靴裏を合わせる。壁との衝突時に屈めていた足を伸ばして再び跳ねる。

『空中での姿勢制御には腕と頭を使え、頭っていうのは首で支える事が出来ているけれどかなり重たい』

 警備の人の頭上を飛び越える形で逃走は継続、少しでも長く逃げ続けるんだ。


☆ダイナー視点

 …一口で、違和感を覚えたんよ。

 いつも食べる保存食とは違う味をしていて、まさかユーマが俺を騙したりする筈が無いって食べたんよ。

 だけど、ユーマ自身が騙されていたら…そこまで考えが及ばなかったんが、俺の弱さ。

 信頼したいと思ってしまった。盗賊団の皆を、ユーマに害する者がいない筈だと…だけど、居た訳だん。

 あの料理人…帰ったら絶対に殺してやるん。何が目的なのか分からないけんど、生かしておいちゃ駄目な奴なんよ。

 身体が動かない、頭は働く。視線は動かせるん…。

 ユーマは、扉を閉めて、警備の人間が何かを口にした後に走りだす音だけが聞こえたん。

 陽動してくれているんか…我ながら情けないん。

 動け…動け…解毒の薬はさっき奥場で噛み砕いただろ、早く効けよ!

 最後にユーマが見せた背中を、俺は知っているん!

 盗賊なんてやってっから、ああいう最後の感謝を背中で示す奴は、何人も見て来たんよ!

 アイツは…覚悟してるん。

 きっと頭の良いユーマの事だから、捕まるってだけの想定じゃ無いんよ…裁かれる覚悟、ユーマはそこまでして、俺を助ける為に――――!!

 ―――やめてくれ、俺は、俺達盗賊団はお前を失いたく無い。

ユーマ!!



☆ユーマ視点

 壁に手を付いて、息を整える。

 初めての鬼ごっこ、捕まればそれまで、外で遊んでいた皆は凄いなぁ…こんなにドキドキする事を、怖い事を楽しんでやっていたんだ。

 緊張と恐怖から脚が震え続ける中で僕は走った。

 何人もの大人の人を飛び越えて、股を潜り抜けて、時には物陰に隠れてやり過ごして時間を稼いだ。

 森の中を走り回るのは疲れなんてしなかったのに、精神状態が不安定なだけでこんなに疲労の度合いは変わる物なんだ。

 苦しい、倒れてしまいたい、だけど倒れたら駄目だ。捕まるとしても意識を保つんだ。いや、捕まっちゃ駄目だ。弱気になっちゃ駄目だ。

 怖いし、辛いし、苦しいけれど、幸せになる事を諦めちゃ駄目だ。捕まっちゃ駄目だ。

「こっちだ!こっちに逃げたぞ!」

 もう子供だと侮って追ってくる様子は無い、警戒を厳にして絶対に捕まえる構えだ。

『―――』

 何故か、あの人の息遣いが聞こえた気がした。
 
 真っ白な精神世界で一日を共にした彼女の息遣いが…。

「すぅ…ふっ!」

 再び走り出す。

 ファーリエルさん、僕は…決して諦めません。だから心配せずに見ていて下さい、僕の人生を。

 靴音が響きながら後ろから近づいてくる音がした。捕まるまいと逃げ出す僕の耳に、野太い、笑みを堪える様な抑揚を持つ声が聞こえた。


「あれが件の少年か…良い、高く売れるぞ…捕まえろ」


 捕まる訳には―――いかないんだ!





 そんな僕の想いを嘲笑うかのように、一つの影が、僕の目の前に躍り出た。



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