幸せを知る異世界転移

ちゃめしごと

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Prologue

盗賊団 壊し屋ベンダル

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「レイシュール…『手』の連中が戻って来たぞ」

 俺の報告に、レイシュールは頷いて『手』の連中の下へと向かった。それは事務的な流れのハズだった。

 いつもなら、その成果にレイシュールは部下を褒めて、ダイナーが調子良さ気に自慢話をする所だ。

 だけどその日のダイナーは脚も震えていて指先まで痙攣していて、『手』の連中に支えられてやっとの様子で帰って来た。

 そんな事は初めてだった。

 俺も、レイシュールの後に続いて『手』の連中の所に向かった。

 今回の目標は難しい相手じゃ無かった筈だ。何度も盗まれる様な間抜けで、だからユーマを連れて行く事をレイシュールも許可した。

『手』の連中が、ダイナーをベッドに寝かせて思い思いの場所に腰を降ろした。ある者は拳を力強く握り締め、ある者は涙を浮かべている。

「れ…いしゅ…」

 ダイナーが必死に手を動かしながら、レイシュールに何かを伝えようとしている。
 
 その様子は死にそうな苦痛を伴う怪我をしている訳でもないのに、何処までも悔恨に満ちていた。

「…何があったダイナー」

 膝を付いて、ダイナーに問い掛けたレイシュールはしきりに周囲を見回していた。それは、俺も同じだ。

 そして、レイシュールは確信を突いた。

「ユーマは…どうした?」

ユーマはどうした。

何故ユーマがいないんだ。

『手』の連中に目配せしても、誰も答えようとしない。正しく真実を知らないのか、それとも話し辛い事なのか…。

『死』という最悪の想像が脳裏を過り、俺は必死に頭を振って否定した。

死ぬ訳が無い…アイツは、ユーマは優しくて…俺達、盗賊団の皆に愛されていて、ダイナーが見捨てるハズも無いし…駄目だ。訳が分からない。

「ユー…マ、や…しき…」

その言葉に、レイシュールから溢れ出る圧が一気に跳ね上がった。

「ダイナー…お前がわざと置いてくる奴じゃないのは分かっている。知っている人間の名前を呟け、外敵にやられる様なお前じゃ無い、誰が知っている?」

震えながら、涙を流しながら、悔しさを押し殺して言葉を発しようと喉を鳴らす。

誰も喋らない中で、一つの単語だけが響いた。

「コ…リック…」

 俺は振り返り、部屋の扉を蹴破って近くを歩いていた奴を捕まえた。

「いいか!今すぐ入口を閉めて来い!走って今すぐにだ!!」

 投げるようにそいつを放して、俺自身は厨房へと向かう。

 コリック、確か雇われで入っていた料理人だ。ヤルタと同じ様に罪を犯して捕まっていた所を偶然見つけて、五か月程前に拾われた奴だ。

「ベンダル!!」

 背後からレイシュールに声を掛けられ振り向くと、レイシュールは握り拳を震わせながら俺を睨んでいた。

「…奪還だ」

 その言葉に、俺は深く頷いた。

 





 結果から言うと、コリックはいなかった。何故既に居なかったのか、ずっと前から機を窺っていたのか、それとも今回の一件が始まってから動き出したのか…。

 ともかく今はユーマを助けに行く事が最善だ。

 盗賊団における俺の役割は、全般。

 レイシュールは戦闘に特化しているが、部下から盗賊としての技術や知識を学んでいた。その一方で俺は、自分一人でも何でも出来る男だ。

 一人で盗賊をしていた俺は、全部出来無きゃ駄目だったんでな。

 『壊し屋』『詐欺師』その二つの通称を持つのが俺で、その通称を存分に発揮する時が来たようだ。

 昼間…そんな事は今の俺達に関係無かった。

 集まったのは少数精鋭、一人でも捕まった際に逃げ出す事が出来る猛者達だ。

「集まって貰って言うのも何だがよ、これは盗賊団としての仕事としちゃちょいと乱暴だ」

 目の前に並ぶ四人、細腕のジュネ、剛腕のマシェット、首領レイシュール、鍵足のダイナー。

 この中で一番悔しいのはダイナーだろうな、三十分の間、懸命に治療を受けて何とか動けるようになったダイナーはレイシュールに土下座で詫びた。こいつも凄い奴だよ、自分が一番悔しいだろうにな…。






 まだユーマが盗賊団に入って少しの頃、マシェットと灰猪を狩って来た頃の話だ。

 ユーマは夜中に一人で空を眺めていた。確かに、それは思わず見上げたくなっちまうような夜空で、俺も隣に立ってボーっと眺めていた。
 綺麗だったな、あの時の星空は…今でも覚えてる。赤紫色の帯まで見えて、何処まで続いてるんだか分からない広い空だった。

 ユーマが口を開いて告げた言葉は俺が思っていたのと違う言葉だった。

『真っ暗ですね』

 夜だから当たり前だろうと返そうとしたけれど、違和感を覚えたんだ。チャルチュから聞いた話、ユーマは暗さの中に浮かぶ光を美しいと、綺麗だと思う事が出来ないのかもしれないという一つの疑念。

 だから俺は聞いてみた。

「何か思い出すのか?」

 どうして真っ暗だと思ったのか、では無いのは、この質問の方が多く話してくれると思ったからだ。

『想い出…という訳ではありません、見慣れているんです』

 答えは、夜の闇だけを眼に映したユーマの物だ。

「見慣れてる?」
「真っ暗な中に、小さな灯り…それ以上の灯りを望んでもそれが全てという環境…それが…僕の…」

 何かを口にしようとして、それこそ思い出したように口を噤んだ。

 …抱えてるんだな、やっぱり。

 ただ親がいない、それだけじゃないのは分かっていた。それだけなら、孤児院に居たり何処かの街を知っていたりする筈だ。
 だけどユーマは、何も知らなかった。

 俺は…ユーマが抱えている物を欠片も知らない、それを俺が抱えてやる事が出来るのかも分からない、だから盗賊団に入れた事が正解だったのか疑問だったんだ。

 馬鹿な疑念だよな、ユーマは笑顔だった。

 確かに笑顔を見せてくれたんだ。 

 俺と関わる事が少なくて、連れて来たのは俺なのに…なんて嫉妬を覚えた事もあった。だけど、幸せそうだったんだよ。

 星空が真っ暗に見えたって良い、アイツ自身が星空よりも輝いていたんだから。







 なのに…俺達からそれを奪う奴が現れたんだ。

 手に持った棍棒を強く握りしめる。アジトから外に出て、向かうのは街。盗賊団と見るからに分かり易い格好をしている俺達は、きっとこの一件で色々な方面に敵視されるだろう。

 それと同時に名も上がる。所属したいという無法者が集まるだろう。

 何の為に攻め入ったのかが広まれば、正義に燃えている奴も来るかもしれない。

 だけどそれは主目的じゃ無い、あくまでも俺達の主目的はユーマだ。

 砂埃をたてながら、五人並んで歩き出す。真ん中にレイシュールが剣を抜き身で持ち眼光を走らせ街を見据える。俺達四人もそれぞれの武器を持ちながら、敵意を明確にして街を目指す。

 

 さぁ、返して貰うぜ、俺達の宝をよ。



 
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