幸せを知る異世界転移

ちゃめしごと

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Prologue

盗賊団 奪還 1

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 細腕なんて言われてはいるが、俺の腕は細いだけじゃなくて長い、だから着れる服が極端に少なくて、盗賊団の団員が時折俺の為に服を縫ってくれる。

 そういう服は長く着たい、サーカスに居た頃は貰える物は奇妙な物ばかりだったから…。

 服の修繕と愛用の鞭を手入れしながら、俺はアジトの自室で一日を過ごしていた。

 突然の叫び声と、初めて聞くダイナーの涙交じりの声を聞くまでは…。



 ユーマが攫われた。



 その事実を聞いた時、俺の思考は一瞬停止した。

 

―――盗賊団 奪還 1―――



 ガネットが泣いていた。

 無口と呼ばれ、顔にある火傷の痕から怖がられることの多いガネットが、涙を流し声を漏らして泣いていた。

 停止した思考のまま歩いていたのだろうか、気が付けば皆がアジトの地上部分、小屋の中に集まっていた。

「ジュネ、ダイナー、それに…マシェット、そこに私とベンダルを加えた五人でまず貴族とやらの邸を襲撃する」

 誰も異論は無く。そのまま話は進んでいく。

 こういう時、というのは武力が必要となる時にガネットが動員されないのは初めての事だった。

 攫われたユーマの事も気掛かりだったが、どうしてガネットがここまで泣いているのか、それも気になった。

「ガネットは…カナクを埋めてやれ、命令だ…追って来るのは、その後で良い」

 カナクは、ガネットの親友の料理人で…盗賊団の中でもガネットに対して気さくに接している数少ない人物だ。ユーマの事を理解していた。理解して、近過ぎず遠過ぎない位置から接していた奴だ。

 腕の長さから不気味がられる事の多い俺に対しても、腕が長くて動かすだけでも疲れるだろうとよく塩分の高い物を差し入れしてくれた。

 カナクが…死んだのか。

「各自用意しながら聞いてくれ」

 俺の準備は済んでいたけど、腰に挿した鞭の確認と、靴が脱げない様に紐を結び直す事にした。

「ユーマに毒を持たせ、ダイナーを動けなくさせて、カナクまで殺した犯人はコリックという雇われ料理人だ」

 俺達の盗賊団で雇われというのは、保釈金をレイシュールが代替わりして、それの返済の間働いている奴等の事を言う。恩がある筈なのに、そんな事をしたのか…。

「皆の行動を制限はしない、ただ…許すな。私達の宝を取り返しに行く。私達の手で、私達から奪った事を後悔させるぞ」

 自然と、話を聞き、言葉が耳から入り込んでくる中で靴紐を結ぶ力がより込められた。

 躊躇いは、無くなった。







 邸に着いて、盛大な歓迎を受けた俺達は盛大な返礼で報いる事にした。

 鞭がしなり、敵を討つ。

 身に着けた武器も防具も関係無く。ただ勢いを伴った暴力によって蹂躙する。

 今の俺にはこの腕で誰かを傷付ける事しか出来ないけれど、ユーマが戻って来たその時には、必ずこの腕で抱きしめよう。。

「ベンダル!!」

 レイシュールの叫び声共に、天井が砕かれ二階へと彼等は上がって行った。

 銀色の髪が流れるように、まるで風の抵抗を感じていないかのように二階へ上がったのに続いて、黒い無精髭もそれに続いた。

「一階を」

 去り際にベンダルが小さく俺に呟いた言葉に即座に頷いて、歩みを進めながら鞭を振るう。

 二つの鞭は敵を逃さない、壁を削り、倒れた敵にも必ずもう一撃を加える。

 進みながら何かを探すのでは無く。俺の役割は大きな音と圧倒的な危険性を示す事で敵を惹きつける事だ。

 ダイナーとマシェットが部屋を探索し、ベンダルとレイシュールは男爵本人を探しに行った。

 一階組である俺達は直接ユーマを見付ける事が役割だ。二階に行った二人は別の場所に囚われていた時の為にも問い正す役割を持っている。

 左右の扉に入り探索を終えたマシェットとダイナーが扉から出て来て、俺の鞭の動きなど一切考慮に入れずに通路奥の二つの扉へと走り出す。
 俺の事を信頼してくれているのだと分かる勇猛ながらも確かに仲間と連携の執れた動き、警備の者達の眼が驚愕に染まる中、鞭の合間を縫う様に、正確には俺が当てない様に調整する事で誰にも邪魔される事無く二人は次の部屋へと突入した。

 それに合わせて俺もまた歩を進める。二人が入って行った部屋に後から入らせない様に鞭で壁を作る。

 絶対なんて言葉は使う物じゃない、絶対なんて有り得ないからだ。だけど、俺はそれを承知したうえでユーマを絶対に取り戻したい。
 あの優しさに一度触れた。儚さに触れた。俺は決して義父では無い、だけどアイツは、ユーマは俺達盗賊団の息子だ。

 取り返して見せるさ。そう。絶対に―――。







 一階の制圧が終わったのは、二階から誰かの叫び声が聞こえて来た頃だった。

 何が起きているのか分からないが、一階組である俺達は三人で集まって一つの選択を迫られていた。

 警備の人間の大半は既に戦闘に参加する事は不可能な状態、使用人や執事と思しき人間は縛って一箇所にまとめてる。

 選択というのは彼等に関する事では無い、ダイナーの見付けた…地下への通路の事だった。

「…どうする?レイシュールの判断を…仰ぐか?」
「あー、ごめんジュネ、それは無理なんよ」

 即座に否定されて、俺はダイナーを見た。口調こそいつもの調子だったが、ダイナーの表情は全く異なる物だった。
 ただ地下への通路を見つめ、いつもの少し砕けた笑みも浮かべずに見続けている。

 そうか…今回の事で一番悔しいのは…。

「ジュネ、ダイナー、私達が受けた指示は『一階を探索し、可能であればユーマを保護しろ』という物だ…保護する事が出来る可能性を、見過ごす理由は無いだろう」

 そう言ったマシェットは、一人歩き出して、玄関の方へと歩いて行った。

 それが、何を意味するのか俺達にはすぐに理解出来た。

 いかに危険な行為なのか、同時に、俺達に何を託したのか…。

 マシェットもユーマとは仲が良かった。過ごしている時間ではレイシュールの次に多いかもしれない、山の中に狩猟に行く時はユーマが必ず付いて行っていた。

 だから、マシェットだってユーマを自らの手で直接抱き締めたい筈だ。見付けた時の感動をその場で味わいたい筈だ。

 だけど、これ程にまで大きな騒動を起こしているのだから、衛兵隊…この街を守る連中が駆け付けるのも時間の問題だ。
 俺達一階組に与えられた役割は、言葉にされこそしなかったが、二階に行った二人の時間を稼ぐ為にも衛兵隊を妨害する事も一つだ。

 それをマシェットは、一人でこなそうとしているんだ。

 …サーカスに居た時は、絶対に誰かを信頼することなんて出来無かったのに、今はこんなにも頼もしい仲間が居る。

「ジュネ」「…ダイナー」

 互いに、互いの名を呼んで眼を合わせた。言葉はそれ以上必要無く。互いが何を望んでいるのか言葉にせずとも伝わった。

 ダイナーが先行して地下への通路を進みだす。

 斧を持つマシェットが、俺達に背を向けながら深く息を吐くのが聞こえた。



「行け」



 短いその一言が、俺の背を押してくれた。

 衛兵隊は決して弱く無い、だから―――。



「任せた」



 ―――それ以上に強いと信頼できる仲間に背を託して、俺とダイナーは先へと進める。

 待っていろユーマ、この言葉に嘘は無い。

 俺がじゃない、俺達が…絶対にお前を助けて見せる。
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