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第一章
第一章 Prologue
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空の中に影を見た。雲とは違う影を見た。仰いだ空は真っ青で、とてもじゃないけれど雨が降り出す気配も無かった。だから何故、私が空を仰いだのかは定かでは無い、もしかしたら誰かがこの日記を見た時に、何かのきっかけになるかもしれないから書き記しておこう。確かに見た。そこには雲を突き陽光を遮る大きな影が飛んでいた。
――ビナーツ村の男性の日記より――
夜の暗闇が、静けさを強調する。
静かすぎる事で高い音さえ幻聴として聞こえてくる様な中で、我は星空を仰いだ。
我の子は、信奉者であった筈の人間達に殺されてしまった。小高い山の山頂、ユーマは我の身体に寄り添う様に眠っている。我の身体は相当に熱を帯びていて熱い筈なのだが、ここまで移動してくる間もユーマは気にした様子が無かった。
ユーマは未だに、手の枷を外していない…。
枷と枷を繋ぐ鎖は引き千切ったが、腕に嵌められた枷そのものは取れていないのだ。あれでは、人の街で生活する事は困難だ。
もとより、ユーマは人との生活を望んでいない、いや、望んではいるのかもしれない、だが、今のユーマには人という存在が怖い…その感情が大き過ぎて生活などという考えすら出てこないだろう。
ユーマは、幸せを見付けたい…そう願っている。我もその手伝いをしたい、そして我も…幸せを見つけ出したい。
この国は広い、何処かに幸せがあったとしても気付けない事もあるだろう。だから、見付けようとしなくてはいけない、隠れているのなら引き摺りだしてでも、ユーマに幸せを教えてやりたいと我は考えている。
我は龍だ。
龍、故に…我は人との生活は出来ない。
信奉者の住まうアトラス山脈の山頂においても、奴等は我の住処から離れた場所で暮らしていた。
所詮は大型の化物として見られていたのだろうか、アトラス山脈に生き残りがいれば…長くは保つまいな。元より、アトラス山脈において我は山頂付近に風の加護を施す事で人に暮らし易い環境を整えて来た。
それが無くなった今、あの地で人が暮らす事は…出来ない。
いずれ、分かるのだろうか。
何故、信奉者たる彼等が我を襲ったのか、何故、我の子を殺したのか。
その理由を考えようとするだけで、怒りが煮える。その怒りを口から炎として吐き出してしまいたくなる。
「…ん、義父さん?」
そんな、我の些細な感情の変化を汲んだのかユーマが身を起こした。
神の御子、ユーマ。
彼の人生は波乱万丈では無い、一定して、安定した悲しみの中に浸かっていた。
別の世界より来たりしユーマ、元の世界、生前の世界では病弱故に名門の一家の名を汚さぬ為に閉じ込められ本だけを与えられていた少年、寒き冬に、質素な防寒具にくるまりながら命を落とした…そんな少年だ。
この世界にかつて唯一神として君臨していた神、ファーリエル様に出会った事があり、一日を共に過ごした…いや、どんな願いも叶えてくれるという状況で、ユーマは自身の寒々しい精神世界においてファーリエル様に暖かな毛布を願い、他に願いはと聞かれ…共に居て欲しいと、一日だけ、共に居て欲しいと願った。
どんな願いも叶えてやると言われて、そんな儚い願いを申し出る者がユーマ以外にいるのだろうか。
…それとも、願う事すら、ユーマの人生においては有り得ない事だったのか。
ユーマが小さな手で、私の身体を撫でてくれた。労わる様に、慈愛を込めて。私にも感情を汲み取る力はユーマ程では無いが備わっている。そこから感じられる優しさに、我の内にあった怒りは溶かされていった。
「義父さん、お疲れ様…ふわ…んぅ…」
柔らかな笑みを浮かべ、頬を我の鱗に擦り再び眠りに落ちるユーマに我は笑みを漏らした。
こうも愛しい、この優しさが、この一時が、この少年の人生からは考えられぬ優しさだ。
その少年が、今は我が子。
守りたい、この命を。見届けたい、彼の行く末を。
まず目指すべきは、我の父の下か…あのような事があり、一族で代々守り継いできた場所を失ったのだ。
これは我だけの問題では無い、伝え、叱りを受ける事になろうとも、それは我が受け止めるべき責という物。
それに父であれば、何か知っているやもしれぬ。
向かおう、父の下に、そして紹介してやらねばなるまい、ユーマという我が子の事を。
父よ、貴方は今では爺だ。ふふふ、驚きに目を開く姿が想像できてしまうな。
楽しい事と辛い事、二つを未来に創造しながら、我はユーマから伝わる微かな温もりに意識を傾けて眠りに就いた。
――ビナーツ村の男性の日記より――
夜の暗闇が、静けさを強調する。
静かすぎる事で高い音さえ幻聴として聞こえてくる様な中で、我は星空を仰いだ。
我の子は、信奉者であった筈の人間達に殺されてしまった。小高い山の山頂、ユーマは我の身体に寄り添う様に眠っている。我の身体は相当に熱を帯びていて熱い筈なのだが、ここまで移動してくる間もユーマは気にした様子が無かった。
ユーマは未だに、手の枷を外していない…。
枷と枷を繋ぐ鎖は引き千切ったが、腕に嵌められた枷そのものは取れていないのだ。あれでは、人の街で生活する事は困難だ。
もとより、ユーマは人との生活を望んでいない、いや、望んではいるのかもしれない、だが、今のユーマには人という存在が怖い…その感情が大き過ぎて生活などという考えすら出てこないだろう。
ユーマは、幸せを見付けたい…そう願っている。我もその手伝いをしたい、そして我も…幸せを見つけ出したい。
この国は広い、何処かに幸せがあったとしても気付けない事もあるだろう。だから、見付けようとしなくてはいけない、隠れているのなら引き摺りだしてでも、ユーマに幸せを教えてやりたいと我は考えている。
我は龍だ。
龍、故に…我は人との生活は出来ない。
信奉者の住まうアトラス山脈の山頂においても、奴等は我の住処から離れた場所で暮らしていた。
所詮は大型の化物として見られていたのだろうか、アトラス山脈に生き残りがいれば…長くは保つまいな。元より、アトラス山脈において我は山頂付近に風の加護を施す事で人に暮らし易い環境を整えて来た。
それが無くなった今、あの地で人が暮らす事は…出来ない。
いずれ、分かるのだろうか。
何故、信奉者たる彼等が我を襲ったのか、何故、我の子を殺したのか。
その理由を考えようとするだけで、怒りが煮える。その怒りを口から炎として吐き出してしまいたくなる。
「…ん、義父さん?」
そんな、我の些細な感情の変化を汲んだのかユーマが身を起こした。
神の御子、ユーマ。
彼の人生は波乱万丈では無い、一定して、安定した悲しみの中に浸かっていた。
別の世界より来たりしユーマ、元の世界、生前の世界では病弱故に名門の一家の名を汚さぬ為に閉じ込められ本だけを与えられていた少年、寒き冬に、質素な防寒具にくるまりながら命を落とした…そんな少年だ。
この世界にかつて唯一神として君臨していた神、ファーリエル様に出会った事があり、一日を共に過ごした…いや、どんな願いも叶えてくれるという状況で、ユーマは自身の寒々しい精神世界においてファーリエル様に暖かな毛布を願い、他に願いはと聞かれ…共に居て欲しいと、一日だけ、共に居て欲しいと願った。
どんな願いも叶えてやると言われて、そんな儚い願いを申し出る者がユーマ以外にいるのだろうか。
…それとも、願う事すら、ユーマの人生においては有り得ない事だったのか。
ユーマが小さな手で、私の身体を撫でてくれた。労わる様に、慈愛を込めて。私にも感情を汲み取る力はユーマ程では無いが備わっている。そこから感じられる優しさに、我の内にあった怒りは溶かされていった。
「義父さん、お疲れ様…ふわ…んぅ…」
柔らかな笑みを浮かべ、頬を我の鱗に擦り再び眠りに落ちるユーマに我は笑みを漏らした。
こうも愛しい、この優しさが、この一時が、この少年の人生からは考えられぬ優しさだ。
その少年が、今は我が子。
守りたい、この命を。見届けたい、彼の行く末を。
まず目指すべきは、我の父の下か…あのような事があり、一族で代々守り継いできた場所を失ったのだ。
これは我だけの問題では無い、伝え、叱りを受ける事になろうとも、それは我が受け止めるべき責という物。
それに父であれば、何か知っているやもしれぬ。
向かおう、父の下に、そして紹介してやらねばなるまい、ユーマという我が子の事を。
父よ、貴方は今では爺だ。ふふふ、驚きに目を開く姿が想像できてしまうな。
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