幸せを知る異世界転移

ちゃめしごと

文字の大きさ
43 / 55
第一章

第一章 Prologue

しおりを挟む
 空の中に影を見た。雲とは違う影を見た。仰いだ空は真っ青で、とてもじゃないけれど雨が降り出す気配も無かった。だから何故、私が空を仰いだのかは定かでは無い、もしかしたら誰かがこの日記を見た時に、何かのきっかけになるかもしれないから書き記しておこう。確かに見た。そこには雲を突き陽光を遮る大きな影が飛んでいた。

                             ――ビナーツ村の男性の日記より――







 夜の暗闇が、静けさを強調する。

 静かすぎる事で高い音さえ幻聴として聞こえてくる様な中で、我は星空を仰いだ。

 我の子は、信奉者であった筈の人間達に殺されてしまった。小高い山の山頂、ユーマは我の身体に寄り添う様に眠っている。我の身体は相当に熱を帯びていて熱い筈なのだが、ここまで移動してくる間もユーマは気にした様子が無かった。

 ユーマは未だに、手の枷を外していない…。

 枷と枷を繋ぐ鎖は引き千切ったが、腕に嵌められた枷そのものは取れていないのだ。あれでは、人の街で生活する事は困難だ。

 もとより、ユーマは人との生活を望んでいない、いや、望んではいるのかもしれない、だが、今のユーマには人という存在が怖い…その感情が大き過ぎて生活などという考えすら出てこないだろう。

 ユーマは、幸せを見付けたい…そう願っている。我もその手伝いをしたい、そして我も…幸せを見つけ出したい。
 この国は広い、何処かに幸せがあったとしても気付けない事もあるだろう。だから、見付けようとしなくてはいけない、隠れているのなら引き摺りだしてでも、ユーマに幸せを教えてやりたいと我は考えている。

 我は龍だ。

 龍、故に…我は人との生活は出来ない。

 信奉者の住まうアトラス山脈の山頂においても、奴等は我の住処から離れた場所で暮らしていた。

 所詮は大型の化物として見られていたのだろうか、アトラス山脈に生き残りがいれば…長くは保つまいな。元より、アトラス山脈において我は山頂付近に風の加護を施す事で人に暮らし易い環境を整えて来た。
 それが無くなった今、あの地で人が暮らす事は…出来ない。

 いずれ、分かるのだろうか。

 何故、信奉者たる彼等が我を襲ったのか、何故、我の子を殺したのか。

 その理由を考えようとするだけで、怒りが煮える。その怒りを口から炎として吐き出してしまいたくなる。

「…ん、義父さん?」

 そんな、我の些細な感情の変化を汲んだのかユーマが身を起こした。

 神の御子、ユーマ。

 彼の人生は波乱万丈では無い、一定して、安定した悲しみの中に浸かっていた。

 別の世界より来たりしユーマ、元の世界、生前の世界では病弱故に名門の一家の名を汚さぬ為に閉じ込められ本だけを与えられていた少年、寒き冬に、質素な防寒具にくるまりながら命を落とした…そんな少年だ。

 この世界にかつて唯一神として君臨していた神、ファーリエル様に出会った事があり、一日を共に過ごした…いや、どんな願いも叶えてくれるという状況で、ユーマは自身の寒々しい精神世界においてファーリエル様に暖かな毛布を願い、他に願いはと聞かれ…共に居て欲しいと、一日だけ、共に居て欲しいと願った。

 どんな願いも叶えてやると言われて、そんな儚い願いを申し出る者がユーマ以外にいるのだろうか。

 …それとも、願う事すら、ユーマの人生においては有り得ない事だったのか。

 ユーマが小さな手で、私の身体を撫でてくれた。労わる様に、慈愛を込めて。私にも感情を汲み取る力はユーマ程では無いが備わっている。そこから感じられる優しさに、我の内にあった怒りは溶かされていった。

「義父さん、お疲れ様…ふわ…んぅ…」

 柔らかな笑みを浮かべ、頬を我の鱗に擦り再び眠りに落ちるユーマに我は笑みを漏らした。

 こうも愛しい、この優しさが、この一時が、この少年の人生からは考えられぬ優しさだ。

 その少年が、今は我が子。

 守りたい、この命を。見届けたい、彼の行く末を。

 まず目指すべきは、我の父の下か…あのような事があり、一族で代々守り継いできた場所を失ったのだ。

 これは我だけの問題では無い、伝え、叱りを受ける事になろうとも、それは我が受け止めるべき責という物。

 それに父であれば、何か知っているやもしれぬ。

 向かおう、父の下に、そして紹介してやらねばなるまい、ユーマという我が子の事を。

 父よ、貴方は今では爺だ。ふふふ、驚きに目を開く姿が想像できてしまうな。

 楽しい事と辛い事、二つを未来に創造しながら、我はユーマから伝わる微かな温もりに意識を傾けて眠りに就いた。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...