幸せを知る異世界転移

ちゃめしごと

文字の大きさ
50 / 55
第一章

氷雪大陸 ――チャル 未知 2――

しおりを挟む


 我が家にいるのは、俺だけだ。それは父や母が王都で働いていて、弟も兄貴も別に家を持っているからだ。

 俺がこの家に残ったのは一重に貯蔵している本の数が多いからだ。

 静かな夜、誰もいない室内で本を捲る音だけが生まれる。俺の手の中で…。

 それがとても好きだった。静かな空間、知識だけが存在する部屋、素晴らしかった。

 だが今日は少し賑やかになりそうだ。

 水晶で出来た家屋の扉は各々の魔族が各々の個性を用いて作っている。

 ドリアドラ族に分類される皮膚が緑色の者達であれば何処から生み出したのか植物を、自身の生態電気を何倍にも増大して操る事が出来る雷弧の一族は扉代わりに雷をその場に停滞させている。

 そして俺達龍人族は、生え換わる鱗を用いて扉をこしらえた。

 緑の体躯に強靭な膂力、身体を覆う鱗に鋭い眼光、それが俺達龍人族の特徴だ。

 魔族は本当に千差万別、様々な種族がいる。戦いに秀でた者、勉学に秀でた者、建築に秀でた者や武器の加工に秀でた者、龍人族はその中でも長生きかつ強靭な肉体を持つ事に優れた種族だ。

 父も母も都市部で近衛をやっている。弟は確か別の街で警備を、兄は長年の時を生きる龍人族の特徴を活かして学問の道に進んだ。

 そして俺は…俺は…進めずにいるんだ。どの道にも…。


 ―――氷雪大陸 チャル 未知 2―――

 
 ユーマを家に招待した。それは俺の願いでもあり、興味本位でもある。

 水晶の家屋は暖かさも冷たさも無い、氷雪大陸の冷たさを防いでくれるうえに、暑い訳でも無い。とても過ごし易い…それは水晶を作りだしている眠り龍の加護のお陰だ。

 ユーマは温度が最初から気になっていないのか、室内に居る時も外に居る時も寒がる様子は一差見せなかった。

 ヒトは肉体的には脆弱な生物だと書かれていたけれど、ことユーマに限りそうでもないのかもしれない。

 室内に入った時に履き物を脱ごうとしたユーマを止めて、木製の椅子に腰掛ける様に促した。

 室内は塗料で水晶の輝きを抑えてあり、常に輝きで照らされる訳ではない事がユーマにも伝わった様だ。

「さて…まさかヒトと会う事が俺の一生の中で有り得るとは思ってもみなかったから食べ物の好みが分からないが、取り敢えず飲み物を用意しよう」
「あ、ありがとうございます」

 ユーマは椅子に座ると、室内を見回して度々小さく感嘆の息を漏らしていた。

 俺達からすれば当然の様にある物も、ユーマから見れば珍しいのかもしれないな…。

 キッチンでハーブティーを用意しながら、俺は自分の聞いてみたい事を整理した。

 一体何を聞いてみたいのか、そう問われるとすぐには思い付かないが、叶うことならば全てを聞いてみたい。

 ユーマがこれまで体験して来た事の全てを聞いてみたい…だが、何故かそれは良く無い行為だと警鐘を鳴らす自分がいる。よくない行為…なのだろうか。
 真偽は定かではないが、もっと具体的な質問をするべきだと考えた。

 逆に、俺は何を聞かれるのだろうか。
 
 ユーマはこの辺りの事を知りたいと言っていた。それなら教える事は多い、役割や配置、吹雪の秘密や…最近活発化してきた魔獣の存在。

 だが、ユーマが聞いて来たのは核心的な部分だった。

 当たり障りの無い会話、それが意味を成すとは互いに考えていなかったのは間違いが無い。

『ヒトとはそういう形をしているんだな』『寒くは無いか?』『我々魔族に黒髪も黒眼もいないから新鮮だ』

 そんな意味の無い会話の後に、ユーマには話を促した。そこでユーマが俺に問うてきた事は、

「この水晶都市は、そして魔族の皆さんは、どの様な存在なのですか?」

 果たして、生きとし生ける全ての者の中で己の存在理由を問われた時に迷い無く応えられる者が何人いるだろうか、少なくとも、俺は答えられない。

 だが、水晶都市の存在意義であれば答える事が出来た。

「この水晶都市は、魔族の為に一頭の龍が身を賭して創り上げたんだ」
「龍が…身を賭して…?」

 煌びやか、その言葉が似合う都市だ。

 だが、そこに隠された物語は煌びやかさなど無い、もっと悲しくて、誰よりも想いに溢れた龍がその心を砕き水晶を散りばめたのだ。

「そうだな…俺も全てを知っている訳じゃない、だからこれは本から得た知識と、俺の人生観からの話になる」

 俺はハーブティーで口を潤して、一拍置いた。

 その時俺は、ユーマの目を見て感じた事があった。俺は今、確かに誰かの為に存在しているのでは無いかと…。

 兄や弟とは違う道、この家に残るという選択肢を俺が選んだのは、もしかしたらこの時の為、このただ一時の邂逅の為にあったのかもしれない。

 奇跡、そう感じた出会いは…そうか、俺に存在意義を与えてくれる予感から来ていたのだな。

 小さく笑った所、ユーマは小首を傾げてこちらを見た。別に何でも無いんだと告げたかったけれど、どうにも俺の口から紡がれる物語の方が興味深いのか疑念よりも関心が強く籠った瞳をしていた。 

「それじゃあまずは…この水晶都市の元の姿から話そうか」

 そして俺は語りだした。

 己の役割を全うする為に、目の前の少年の為に。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...