幸せを知る異世界転移

ちゃめしごと

文字の大きさ
51 / 55
第一章

氷雪大陸 ―――チャルの語り 1―――

しおりを挟む

 はるか昔、俺達が住まうこの土地は雪原の広がる土地だった。まだ魔族も来ていない、何も存在しない土地だった。この世には掟があったのだ。神の定めし掟、誰もが知らず。誰もが守っていた不思議な掟。

 『氷雪大陸に近付いてはならない』

 誰もが思い付かない発想、それが救済への鍵だった事は、今の世を生きる俺達にしか分からない事だ。




 当時、世界各地には魔族が種族ごとに集落を作ったり、洞窟の中に隠れ潜む事でヒトとの関係を断って暮らしていたそうだ。今と変わらない部分でもある一方、魔族からヒトとの関わりを断とうともヒトは、魔族に興味があった。

 その特異な体質、魔獣と呼ばれる獰猛な生物の一部を身体に宿したが如き異質、個人として興味を持つ者も多かったが、大半は国として戦力に、はたまた何かしらの武具の素材として活用できるのではないかと考えられていた。

 その為、昔は俺の様な龍人族なんて乱獲されて今では数も少なくなってしまったらしい。

 数多くの魔族が考えていた。安住の地は何処に在るのかと。ヒトに狙われ続ける生活、だがその安寧を守る為に鉾を持てば返って来るのは災厄とも呼ぶべき報復だ。

 ヒトの文化について知らなくとも、ヒトの人数と国の規模を見れば自然と分かる事だ。

 このまま全ての魔族が段々と数を減らして行く…そんな風に思っていた。

 だが、一頭の龍がその現状を良しとしなかった。

 当時、世界に残り13頭しかいなかったうちの一画。心優しきその龍は、神が残したこの世界をヒトという種族だけが支配する事が許せなかった。

 だからといってヒトを殺す事は自然に繁栄をしてきたヒトという文明を破壊する事になることから、その龍はヒトと魔族の住まう場所を分ける事を考えた。

 神のいないこの世において、龍とは世界の管理者である。故に、龍の判断は神の判断に等しい物だ。

 だが、ヒトは生物の進化の中で自然と生まれた存在、神に直接造られた魔族とは違い、龍の声の届かぬ存在だ。

 ある日、魔族の心に言葉が届いた。

『北の大陸へ』

 その龍の言葉は、ヒトには伝わらない神の残した力による物だった。故に魔族にのみ伝わり、魔族たちは一斉に移動を始めた。

 北の大陸へ、ある者は名前もしっていた。ある者は名前も知らなかった。ある者は既にその土地に居た。

 そして、多くの魔族が集った。北の大陸、俺達が今居るこの大陸、氷雪大陸へと…。

 迫害された訳では無い、いや、中には迫害された者もいたが、多くの者が明るい未来を求めて様々な境遇から集まってきた者達だった。
 中には、国において重要な職に就いていた者もいたが、それを捨ててでも氷雪大陸に集まってきた者もいた。

 それほどまでに、衝撃的な事だったらしい、俺も、もしも龍の声が突然届いたら感動して、その言葉の意味も考えずに行動に移すだろうな。

 本に書かれていた事での本題は此処からだ。

 



 氷雪大陸と呼ばれるその土地は荒れていた。様々な生物が跋扈し、天候は住むに適さず。魔族の多くの者は何故この様な土地にと理解しようと必死だった。

 分かった事は、その土地にヒトが住んでいない事、そして、そもそもが生命の生息し得る環境ではない事だった。

 祖母も祖父もその場にいたという。歩いて、歩いて、雪の降るその土地において存在しない太陽の光を求めて、ずっとずっと歩き続けた。

『更に北へ』

 その声だけが救いだった。

 自分の行動に意味が在るのか、その真偽に疑念を抱きながらも脚を動かした。

 龍が確かに声を届けてくれている。

『北へ』

 何人もの魔族がその旅の中で倒れたという。それでも、歩みを止めずに進み続けた。誰ひとり見捨てずに、互いの肩を支え合い、その過程の中で魔族同士の絆も深まって行った。

 それまでは見た事もない相手だったが、信頼が生まれつつあった。

 それを見越しての事だったのか、それともただただ目的地に自分で来て貰う事が大切だったのか…。

 山を超え、山を超え、吹雪を超えて、その土地で偶然見かけた野生の動物を狩り、何とか飢えを繋ぎながら歩いた。歩いて、歩いて、また吹雪を超える。

 脚が雪に捉われ、一歩を踏み出す事さえも辛い、その環境で歩き続けた。

 そして、辿り着いた。

 吹雪に囲まれる土地に、そして、その中央、その場所に鎮座する銀色の龍の存在に…。



 
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...