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第一章
氷雪大陸 ―――チャルの語り 1―――
しおりを挟むはるか昔、俺達が住まうこの土地は雪原の広がる土地だった。まだ魔族も来ていない、何も存在しない土地だった。この世には掟があったのだ。神の定めし掟、誰もが知らず。誰もが守っていた不思議な掟。
『氷雪大陸に近付いてはならない』
誰もが思い付かない発想、それが救済への鍵だった事は、今の世を生きる俺達にしか分からない事だ。
当時、世界各地には魔族が種族ごとに集落を作ったり、洞窟の中に隠れ潜む事でヒトとの関係を断って暮らしていたそうだ。今と変わらない部分でもある一方、魔族からヒトとの関わりを断とうともヒトは、魔族に興味があった。
その特異な体質、魔獣と呼ばれる獰猛な生物の一部を身体に宿したが如き異質、個人として興味を持つ者も多かったが、大半は国として戦力に、はたまた何かしらの武具の素材として活用できるのではないかと考えられていた。
その為、昔は俺の様な龍人族なんて乱獲されて今では数も少なくなってしまったらしい。
数多くの魔族が考えていた。安住の地は何処に在るのかと。ヒトに狙われ続ける生活、だがその安寧を守る為に鉾を持てば返って来るのは災厄とも呼ぶべき報復だ。
ヒトの文化について知らなくとも、ヒトの人数と国の規模を見れば自然と分かる事だ。
このまま全ての魔族が段々と数を減らして行く…そんな風に思っていた。
だが、一頭の龍がその現状を良しとしなかった。
当時、世界に残り13頭しかいなかったうちの一画。心優しきその龍は、神が残したこの世界をヒトという種族だけが支配する事が許せなかった。
だからといってヒトを殺す事は自然に繁栄をしてきたヒトという文明を破壊する事になることから、その龍はヒトと魔族の住まう場所を分ける事を考えた。
神のいないこの世において、龍とは世界の管理者である。故に、龍の判断は神の判断に等しい物だ。
だが、ヒトは生物の進化の中で自然と生まれた存在、神に直接造られた魔族とは違い、龍の声の届かぬ存在だ。
ある日、魔族の心に言葉が届いた。
『北の大陸へ』
その龍の言葉は、ヒトには伝わらない神の残した力による物だった。故に魔族にのみ伝わり、魔族たちは一斉に移動を始めた。
北の大陸へ、ある者は名前もしっていた。ある者は名前も知らなかった。ある者は既にその土地に居た。
そして、多くの魔族が集った。北の大陸、俺達が今居るこの大陸、氷雪大陸へと…。
迫害された訳では無い、いや、中には迫害された者もいたが、多くの者が明るい未来を求めて様々な境遇から集まってきた者達だった。
中には、国において重要な職に就いていた者もいたが、それを捨ててでも氷雪大陸に集まってきた者もいた。
それほどまでに、衝撃的な事だったらしい、俺も、もしも龍の声が突然届いたら感動して、その言葉の意味も考えずに行動に移すだろうな。
本に書かれていた事での本題は此処からだ。
氷雪大陸と呼ばれるその土地は荒れていた。様々な生物が跋扈し、天候は住むに適さず。魔族の多くの者は何故この様な土地にと理解しようと必死だった。
分かった事は、その土地にヒトが住んでいない事、そして、そもそもが生命の生息し得る環境ではない事だった。
祖母も祖父もその場にいたという。歩いて、歩いて、雪の降るその土地において存在しない太陽の光を求めて、ずっとずっと歩き続けた。
『更に北へ』
その声だけが救いだった。
自分の行動に意味が在るのか、その真偽に疑念を抱きながらも脚を動かした。
龍が確かに声を届けてくれている。
『北へ』
何人もの魔族がその旅の中で倒れたという。それでも、歩みを止めずに進み続けた。誰ひとり見捨てずに、互いの肩を支え合い、その過程の中で魔族同士の絆も深まって行った。
それまでは見た事もない相手だったが、信頼が生まれつつあった。
それを見越しての事だったのか、それともただただ目的地に自分で来て貰う事が大切だったのか…。
山を超え、山を超え、吹雪を超えて、その土地で偶然見かけた野生の動物を狩り、何とか飢えを繋ぎながら歩いた。歩いて、歩いて、また吹雪を超える。
脚が雪に捉われ、一歩を踏み出す事さえも辛い、その環境で歩き続けた。
そして、辿り着いた。
吹雪に囲まれる土地に、そして、その中央、その場所に鎮座する銀色の龍の存在に…。
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