幸せを知る異世界転移

ちゃめしごと

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第一章

氷雪大陸 ―――チャルの語り 2―――

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 雪深きその土地、何も無い、雪以外他に無い、そんな場所に俺の祖父達は辿り着いた。

 何も無いけれど誰もいない訳じゃなかった。そこには美しき龍が居た。鱗は輝きを放つ水晶の如く透き通りながらも艶を持ち、羽を広げれば皮膜を通して地に降ろされる影が七色の輝きを持っている。

 辺りに吹きすさぶ吹雪が、自分が今居る場所が氷雪大陸であり、なおかつ目指していた場所に違い無い事を教えてくれる。

 そう。ここは氷雪大陸において最北の地、今俺達が居る水晶都市の出来る前の場所に、祖父達は辿り着いた。

 真っ白で、他の色を忘れてしまいそうになるその雪景色の中に一頭の龍が居た。当時、13画いた龍の一画、水晶龍クシャルナディア、最も美しいとされる女性の龍だ。

 魔族達は彼女の下に傅いた。神に造られた魔族達にとって、自身達よりも先に造られた龍という存在は上位に当たる存在なのでな、俺からしてみても自分の足元に龍が眠っているなんて事は…信じられない話だ。

 水晶と天候を司る彼女は、神より加護を直接賜った数少ない龍にして最も神と対話をした龍だとされている。

 今では神と対話する事は出来ないからな、彼女の存在、そして思考や行動は神のソレに近いと言われている。

 さて、話を戻すか…俺達魔族の先祖はその土地に辿り着きクシャルナディアの下に集った訳だ。何故、その場所に来るように言われたのかも分かっていなかったのにな。

『神の子ら』

 そう静かに、クシャルナディアは語り掛けたのが第一声だった。

『元は、そなたらの庭』

 真意を問う者はいなかった。その言葉が何を意味するのか、祖父達はすぐに分かったらしい。

 魔族の集落や、魔族達はそれぞれが小さな集団で暮らしていた。そこに、人が現れて端に押しやられたのが魔族だ。押しやられたり、自分から退去したり、押しやるのでは無く…命その物を奪われた者もいた。

『神は仰っていた。世界が巣立ちの時を迎えたのだと』

 高く空を見上げ、ドーム状に吹きすさぶ吹雪の向こうに何かを見据えていた。祖父達には見えない何か、祖父達は、クシャルナディアはそこに神の姿を見ていたのではと書物には書いてあった。

『造られた世界から、造り出される世界へ』

 神の創造物である龍や魔族を必要としない、ヒトだけが住まう世界へと姿を変えようとしているのだと彼女は告げていたのだろう。
 そして、それを神が仰っていたというのならば、真実であろうと祖父達は受け入れた。

 かつて、魔族が繁栄を極めた時代においては戦乱の絶えぬ世が訪れたという。その後に台頭してきたのがヒトだ。その後に姿を表し、魔族の文化や技術を盗み、この世界に住みだしたのが他でもないヒトという自然が生み出した種族だ。

 神と世界、二つの創造主に生み出された魔族とヒト、神が姿を消し世界にあるがままを託した様に、魔族もヒトに土地を、世界を明け渡すのは自然の流れだったのかもしれないな…。

 あぁ、誤解しないでくれ、俺は事実なんてどうでもいいんだ。俺がおもうことは唯一つ、この土地の事だけだ。

『だが…私にはそれを見ているだけという事は出来ない』

 そう言いながらゆっくりと羽を広げた。体躯は優に25mを超えるクシャルナディアの羽は魔族を包み込むほどに大きく。開かれた際に水晶の煌きが雪の中に極彩色の影を落とした。

 足元に雪では無い、別の何かが広がり始めた。湖面が凍って行くが如く音を立て、冷たさを感じていた足元に極彩色の輝きが広がって行く。

 水晶だ。

『故に、私はここにそなたらの土地を造ろう』

 広がりを見せた水晶はそのまま勢いを失う事無く。冷たい雪の大地を這う様に煌きを走らせた。

 祖父達には分からなかった。神が、世界が巣立ちの時を迎えていると言った。きっとそれは時代の移り目で、これまで見て来た様々な生物と同じ様に魔族という種も絶滅を迎えるのだと思っていた。

 神でさえもそう言ったのだから、それが自然の流れなのだろうと…。

 だが、クシャルナディアのしている事は全くの正反対、新たに魔族の土地を造ろうとしていた。

 巣立って行く世界の中に、取り残される筈の自分達が住まう場所を―――。

『疑問が尽きない様子、理由など、唯一つ』

 広げられた羽が僅かに輝き、吹雪の轟音が聞こえなくなった。風の加護によって、温度も緩和されてその場所に居る事が苦では無くなり始める。

 その存在を広げ続ける水晶は、どんどん広く。吹雪のドームは何故か場所を明け渡す様に後退し、水晶はどんどん広がり続けた。
 草木を水晶に変え、吹雪を押して押して、どんどん広がって行く水晶の大地、我先にと競う様に煌きが先を目指す。ゴールがあるのかも分からぬその先を。

 そして、今の水晶都市と同じ広さのこの大地が生まれた。

 それを見届けてから、クシャルナディアは小さく息を吐いて、空へと飛び上がった。

『私はあの方が生み出し残した物を、一つでも多く守りたい』

 空高く。クシャルナディアの翼は空を覆うのではという程に広げられ、魔族達は見上げた。

 そして見た。クシャルナディアの口が小さく開かれる事を、その口の中に輝く七色さえも超える数多の輝き、何が吐き出されるかは分かっているハズなのに、期待をせずにはいられない、何が出てくるのかと…。

 そして、直下、水晶が広がりを始めた起点である場所へとブレスを吐きかけた。そのブレスは決して魔族を傷付けず。土地さえも傷付けず。ただ水晶をその場に高く積み始めた。

 そのブレスに会わせて、周囲の水晶に変化が生じた。水滴を落とした事で生じるアクアクラウンの様に周囲に王冠状の水晶が隆起し始める。

 何重にも、何重にも、ブレスの着点を中心に広がり始めた水晶の王冠は重ねられ作られた。

 まるで壁の様に高く。まるで守りを固めるかのように、そしてそれはクシャルナディアが引き起こしている事で、龍という存在の力強さと、誰も傷付けずにこれだけの物を造り出す繊細さを教えられる行為だった。

 気が付けば出来上がっていた水晶の塔と、その塔を何重にも守る王冠の壁。

 再び降りて来たクシャルナディアは着地するのでは無くまるで溶け込むように水晶の大地へ消えていったという。
 それを見届けると同時、塔と呼ぶには入口の無かった水晶の塔の表層が音を立てて割れ、扉の様な物が現れた。

 誘われるままその扉を開けると、水晶の塔は螺旋階段によって高くまで登る事が出来る構造になっていて、それとは逆、螺旋階段によって地下へと進める様にもなっていた。

 地下に降りた数人の魔族は困惑していたが、地上が騒がしくなった事で戻らざるを得なくなった。

 戻ってみると、そこにはもう一頭の龍が居た。錆びたが如き鱗を持ち、凛々しい顔つきの至る所に皺を刻む歴戦の龍、アトラスの名を持つ最強とされる龍が居た。

『神の落し物らよ…クシャルナディアの馬鹿は何処におる…?』

 身体に雪を張りつかせて、龍であれば本来有り得ない姿を晒しながらも息を切らしながらアトラスは問うた。

 加護を発動させれば雪を身体に纏う事など有り得ないのに、違和感を感じ取って余程急いでこの地に赴いたのだろう。

 アトラスという存在は遠くの山脈を守護する龍の一族だと何かの文献で読んだな、彼がそこに来るまでどれ程の時間が掛かったのかは知らないけれど、まるで遠くから急ぎ馳せ参じたかの様に息を切らしていた。

 魔族が指差した水晶の塔を見ると、一瞬だけ拳に力を入れたアトラスはそのまま拳を震わせて力を抜いた。魔族を踏み潰さない様にゆっくりと降り立ったアトラスは、次の瞬間には我々と同じサイズで同じ体型の姿へと変えた。
 一瞬、風が舞ったかと思えば次の瞬間には四肢胴体の我々と同じ姿だというのだから、龍は不思議を多く抱えている方々だと思うよ。

 そして、水晶の塔の中に入って行ったんだ。




 ――――――――

 一息に話すには想いを込め過ぎてしまう話で、俺はつい大きく息を吐いて休憩を取った。

 俺が話している間、ユーマは聞き逃すまいと真摯な姿勢で臨んでくれていた。ついつい、熱がこもってしまった。

 とはいえ、ユーマ達ヒトがどれほど優れた生物だとしても眠気は持っているだろう。正直な所、俺は眠く在った。

「さてユーマ、夜も遅いし今日はこのくらいでやめておこう」

 そうユーマに問い掛けてみると、彼は真面目な表情を崩さずに頷いた。

 その視線は、何処か遠くを見ているかのようだった。

「寝床は俺の方で用意させて貰おう、話の続きは…また今度だ」

 それは言い訳でもあった。俺が話し終えてしまったら、ユーマは旅立ってしまうのではないだろうかと疑問に感じたからだ。

 ユーマはまるで誰かと会話しているみたいに何度か頷くと、突飛な事を尋ねて来た。

「チャルさん、クシャルナディアさんに会う事は出来ますか?」

 ―――話を切る部分が悪かった―――

 そう思わずにはいられない質問だった。

 会う事ならば、出来る。会うだけならば、会話を求めないのならば、ユーマの求めは叶う物だ。

 だが、会い、言葉を交わす事は…不可能だ。

「あぁ…会う事は出来るさ」

 ユーマの歳ではこの言葉も純粋に受け取ってしまうだろう。それでも、真実を告げる事は苦しかった。それがユーマの笑みを消してしまう気もしたから。

 だけどユーマは次の瞬間、眉を寄せて、悲しみに満ちた表情をした。

「会う事は…なんですね、ありがとうございます。チャルさん」

 ――――分かったのか、今の言葉で――――

 伝わるなんて、思わないじゃないか。

 そんな悲しい表情をさせることになるなんて…・

「それでも僕は、会いたいです…クシャルナディアさんに」

 悲しそうに笑うユーマは、上を見ていた。きっとそこにいるのは、ユーマと共に現れたあの龍だろう。

 そうか…クシャルナディア様に会ってみたいのはユーマでは無く…。

 今、この世には12画の龍しかいない筈だ。何故その1画がユーマと共に行動をしているのかは分からないが…希望を叶えてあげたいと、この少年は、そう思わせる。

「明日は、朝からこの辺りを一緒に見て回ろう。この場所について知りたいのなら、そしてクシャルナディア様に会いたいのなら絶対に行かなくてはいけない場所があるんだ」

 それに…ヒトの訪れを隠しておける訳もあるまいし、都市の中心部の方へ向かわなくてはなるまい。

 俺はゆっくりと、認識を改めつつあった。ヒトとして見ていたユーマの事を、利発で、機微に聡い少年なのだと…。




 その日の夜は、少し、寒かった。



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