勇者として生きる道の上で(R-18)

ちゃめしごと

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第一章 島からの旅立ち

第二十話 旅立ちの徒

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 そして港町に来てから一週間が経った。
 ギル兄から教えられた剣の技術、クレア姉さんから貰った固い決意を持って、僕は今、船着き場に立っていた。

「さて、それじゃあ今日でクリッケから旅立ちだ…思い残した事は無いか?」
 船の上、ギル兄が僕を見下ろしながら尋ねてきた。
 船と船着き場を渡す板、コレを渡れば僕は事実上クリッケから旅立つ事になる。

 本音を言えば、やり残した事は沢山ある。
 この島を全て駆けた訳でも無ければ、色々な人への恩返しも出来ていない。

 だからこそ僕は、

「大丈夫、思い残した事は、全部終わった後で果たせばいいから」

 絶対に戻ってくる。

「そうか…それなら、早く全部終わらせなきゃいけないな」
「うん!」

 想い残したこと…か、欲を出せば、クレア姉さんが見送りに来てくれればなっておもったけれど、お仕事もあるしそれは望み過ぎかな…。

 昨日でお別れは済んだ…そう割り切るべきなのかな。


「アルっ!」


 そう思っていたら、クレア姉さんが駆けてくるのが見えた。

 手に何かを持っていて、髪を振りながら必死に走ってきている。

「良かった…間に合って」
 息も絶え絶えという様子、急いで来てくれたことへの嬉しさと、苦しそうな様子に心配が生まれる。

「ほら、コレ」
 僕の胸元に押し付けられた四角形の箱、閉じられた蓋から、ほんのりと良い香りが立ち上る。

「もしかして、お弁当?」
「その…だって、船旅ってしばらく同じ様な料理が続くんでしょ?だから…」

 その会話は、少し昔には出来なかった物で、

「ありがとうクレア姉さん!」

 僕にしてみれば、ずっと言いたかったお礼だった。

 僕を、覚えていてくれてありがとう…そんな意味も込めた言葉。

「…うん、アル、元気でね?」
「うん!」


 あの時これが言えていたら良かったのにと、僕も、クレア姉さんも思っていて、

「怪我とか、あんまりしないでね?」
「う、うん」

 心配とか、注意とか、そういうありきたりの会話だったんだ。

「綺麗なお姉さんがいても付いていっちゃ駄目よ?」
「う…うん」

 ジトっとした眼で睨まれて、僕は思わず下を向いてしまった。 

「でも、それがアルよね、うん、アルはそれでいいわ」
「…うん」

 僕を認めてくれる言葉も、僕の…ちょっとだけ、だらしないところを分かってくれるクレア姉さんとも、

「気付いてる?アル、さっきから『うん』しか言ってないわよ?」
「う、うん、あぁじゃなくて…えっと、えっと…」

 ここでしばらくは会えなくなるんだって理解すると、凄く…寂しくなったんだ。

「いいわよ、取り繕わなくっていいの」

 きっと、そんな優しい言葉を掛けてくれる人は大陸にはあまりいない、お父さんに会うまで、辛い日々が待っているかもしれない。

「うん!」

 頭を撫でてもらって、僕は嬉しい様な恥ずかしい様な気持になった。

「アル、そろそろ出航だってよ、船に乗れ!」

 ギル兄に呼びかけられて、僕は船の方を向いた。
 その時、微かに息を吸う音が聞こえたけれど、クレア姉さんの方を向かなかった。

 きっと、いつまでも話していたくなってしまうから…。

 渡し板を通って、僕は船に乗り込んだ。

 そして、言いたかった言葉をクレア姉さんへ、


「それじゃあ、行ってきます!」

 それでも僕は前に進むよ、僕自身の夢の為にも、クレア姉さんの夢の為にも。

 僕が伝えたい事が込められたソレを、クレア姉さんは分かってくれたのだろう。
 満面の笑みで、

「えぇ、行ってらっしゃい」

 この日、僕は島を出た。
 それが勇者としてなのか、アルとしてなのか、世間からの眼は分からない。

 だけど、この日僕を見送ってくれたクレア姉さんは、アルとしての僕を見送ってくれたんだって確信できる。勇者としてでは無い、僕個人を―――。

 大陸でどんな旅が待っているのか僕には分からないけれど、出来る事を全力でしよう。

 その先に何が待っていても、僕は島に笑顔で帰ろう。

 クレア姉さんの待つこの島に―――。





☆ギルバートの心境

 いやー、何とも悶々とした日々だった。
 この一週間、毎日という訳でこそ無いがアルがクレアちゃんに拐されていた。

 俺の持つ能力の一つに超聴力という物がある。
 その能力のお陰か、いや、その能力の所為で二人の情事が驚くほど鮮明に聞こえてくる。

 クレアちゃんは少しばかり意地悪な女性だな、そしてアルは…うん、クレアちゃんの気持ちも分かる物だ。
 あそこまで良い反応をされたんじゃ意地悪な事をしたくなる気持ちも分か…いやいやいやいや、分かっちゃ駄目だろ俺!?

 なんというか…アルがあまりにも可愛くて俺まで変な気分になってしまいそうだ。

 湯浴み場では本気でやばかった。
 熱で火照った身体、朱い節々は少年特有の魅力を感じさせ、湯に浸かっている時は頬が上気して色気すら感じた。
 
 銀色の髪がその色のコントラストをより一層際立たせ、紅い瞳で見つめられた時には自分の中に新しい扉を発見してしまい開く事は無かったが…いやはや危なかった。

 毎朝、寝起きのアルを見ると頭を撫でてやりたい保護欲に駆られる。
 毎晩、寝ているアルが漏らす小さな寝息が可愛くて仕方が無い。

 だが、アルは俺の親友の息子だ。
 そして、俺の弟分だ。

 恋とか情欲とか無視して、アルは俺にとって大切な存在なんだ。

 クレアちゃんには自分で話を付けられたみたいだし、アルも男として成長してきている証拠だろう。

 一人の男として、俺は成長させてやらなきゃならねぇ。

 もしかしてそういう事も教えるべきなのか?

 これからアルと船旅だと考えると…怖くて仕方が無い。
 船に乗っている人間に変な趣味を持った奴がいなければいいが…。

 まぁ、もしもそういう奴がいた時は…散らせばいいか。

 ガルディア、お前の息子はお前の想像以上に…あー、魅力的になっているぞ。
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