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第三章 商会を束ねる者
第四十七話 知らぬでは済まされぬ後悔
しおりを挟む☆カエラ視点
少し、立ち竦んでしもうた。
自分の心の中で折り合いをつけるっていうのも、商人には出来なきゃならん事なんやけどなぁ…。
ふと、部屋の扉がノックされた。
一拍置いて、「会長、私です」とジュネの声がした。さっき、アル君を連れてきてくれたけど、まだなんかあるんか?
「ええで、入り」
扉を開けて入って来たジュネは…完全に怒った顔をしていた。
眉を吊り上げて、一見すれば狐ちゃんみたいな面しとる癖に今は目を開けているから睨まれているみたいや。
「…会長、いえ、カエラ」
あー、あかん、これ説教モードや!!
「お前、アル君に何を話した?」
どうせ、その事だと思うたわ、ウチかてちゃんと反省してるいうのに…わざわざ掘り返しにこなくてもええやろ。
「別に、ウチが婚約者やって言うたら、自分の幸せを考えて下さいって振られたんや」
「…彼、廊下で泣いてたぞ、真っ黒な大男の腕の中で、声は聞こえていなかったけれど、大男は今にも暴れ出しそうな位に体中から怒りを迸らせていた」
…なんで、なんで泣くねん。
振ったからか?惜しいと思ったんか?嘘だって事、気付いとったんか?
そりゃ、十五の少年に迫る決断じゃ無かったかもしれへんけど、ウチの事をそんなに考えてくれてたんか…?
「カエラお前…いや、確かにもう十年近く前の出来事だし、あの時のお前はまだ九歳の子供だったか…覚えてないのも無理はないのか」
「…なんやの、ガルディアのおっさんがアル君が大陸に来た時に力を貸してくれる人を探してたのなら覚えとるで?今日はそりゃ、悪い事したわ…嘘まで吐いて、アル君に背負わせんでもええ重荷、背負わせたんやからな」
私の言葉に、ジュネは溜息を吐いた。腹立つな…なんやのほんま、言いたい事があるならシャキっと言わんかい!
「…アル君はお前と似てるぞ、いや、お前よりずっと辛い中にいる。境遇も、背負ってる物も…大男から聞いて来た。どうしてアル君は勇者を名乗ったのか、どうしてガルディアさんが大陸中を巡っていたのか」
「うちより辛いって、本気で言うとるんか?」
「当たり前だ…アル君はもしかしたら、父親の顔すらロクに覚えていないんだぞ」
「なんや罰当たりやな、産んでくれた親父の顔も忘れとるんか?」
嘘やろ、そんなん…だって、親父やで?
ウチかて、親父と居た時間は短いけど、今…生きてるかも分からん親父やけど、顔ぐらいちゃんと覚えとるわ。
「アル君は…生まれた時に神様から勇者である事を宣言されたらしい」
「―――は、はぁ!?それじゃあ、自称勇者じゃ無くて、ほんまもんの勇者様言うんか!?」
「馬鹿野郎!!大事なのはそこじゃ無い!生まれたのは十五年前、お前が誘拐されて、ガルディアさんが助けてくれたのが十二年前だ…」
―――嘘やろ。
だって、だってそんなん、大陸に来るのは時間が掛かるねんで?
ウチが誘拐された時が十二年前だとしたら、アル君は…三歳やろ?
「ガルディアさんはその前も、船で色々な港を渡って色々な人との交友を広げてたらしい…それも、アル君が生まれたときからだ。ガルディアさんがこの事を知っていたかは分からないが、勇者として生まれたアル君は別段、強い力を持って生まれた訳でも、特別な才覚を発揮した訳でも無い…重荷を背負わされただけの幼子だったそうだ」
「…だからあの人は大陸中巡る事を選んだ言うんか?」
「そうだよ、アル君は…アル君は神様から人魔戦争を止めて欲しいと告げられたらしい、だけど、何の力も持たないアル君がそのお告げに逆らう事も、従う事も難しい…だから、子供と居られる時間を犠牲にしてでも、子供の未来を守る為にガルディアさんは大陸中を…世界を巡る事を選んだんだ」
「そんなん…そんなん子供といられる時間を大切にすればええやろ!別に、別に人魔戦争止めろ言われただけで、強制力は無いんやから!!」
ウチには理解が出来んかった。ガルディアのおっさんの考え方も、それを良しとした大男も、何もかも意味が分からんかった。
なんで、なんで父親いうのはそんな自分勝手に子供から離れて行くん?
ウチかて…もっと、一緒に居たかったのに…。
「…大男、ギルバートさんは泣き疲れて眠ってしまったアル君を抱きかかえながら、俺に全部話してくれたよ、『俺はこいつが大事だけど、アルの行動を抑制する事はしたくない、だからもしかしたら、今日みたいにお前らの所に何かを買いに来るかもしれない、昔のよしみだし、お前ら商会を味方に着けておけばアルの力になってくれるかもしれない、だから聞いてくれ、アルの、そしてガルディアや俺の行動理由を』なんて前置きまでしてくれてな」
ウチは…ウチの親父は、十二歳のウチに商会を継がせて、戦争真っ只中の北に向かった。ウチに継がせた見せが大成出来るように、様々な商品を仕入れる為に…。
それから親父には会ってない、会えてない、だけどアル君はもしかして、物心が付くその以前から…。
「年齢までは聞かなかったが…タイミングとして、アル君はな、生か死かの運命を何度も乗り越える必要があるそうだ。だから、強くならなければいけない、強い味方がいなければいけない、だから…ガルディアさんも、ギルバートさんも、可愛くて仕方が無いアル君を生かす為に旅をしていたんだ…例えその間、愛する我が子と離れ記憶に自分が残らないとしても」
――――我が子の為。
我が子の…為?
親父が、親父が旅に出たのも、そっか…ウチの為。
「アル君が父親の活動する大陸に着いて、一番最初に出会ったガルディアさんとの繋がりが…カエラ、お前だったんだよ」
それはつまり…ウチに置き換えてみれば、親父が残してくれた物…この商会に等しい物なんと違うかな…。
「…ウチ、もしかして」
「あぁ、アル君は…アル君は父親の残してくれた繋がりを、例え断ち切ったとしても…お前の幸せを…望んでくれたんだ」
ウチは、それを利用したんか…アル君にとってガルディアさんとの繋がりを感じられる物を、生まれてから過ごした時がはるかに短い父親との繋がりを…。
「それにな…アル君は三歳の頃から…もう父親だけなんだ」
ウチの母さんは、親父と一緒に旅をしとるから…そんなの…ウチよりもずっと…!
それも、アル君は三歳の頃に母親を亡くしとるんやろ?だけど、ガルディアのおっさんは…こっちに出て来てるから、島で…たった一人で…。
なのに…なのにウチの幸せを願ってくれたっていうんか?
何が…本当に何が素敵な人やねん!!ウチの…自分の愚かさが…嫌になる…!
「ウチ…なんてことを…ウチはなんてことを…」
今なら、分かる。
思い出した。カエラ商会に北部の方から商品を持ってきてくれた人が、「愛されてるんですね、会長さんは」なんて言ってきた時は皮肉かと思うてしもたけど、皮肉でも何でもない、あれは事実やったんや。親父との繋がりを、ウチも確かに…その時に感じたから。
ウチが口にした。ガルディアのおっさんから任されたって言葉は…アル君にとって顔もロクに覚えていないけれど、自分を愛してくれている父親との繋がりを感じる事が出来た愛すべき言葉やったのに…ウチはそこに嘘を混ぜて、アル君を傷付けてまで彼に幸せを願って貰って…!!
思わず。唇を噛み締めた。
自分が未熟過ぎて、浅慮が過ぎて、愚かで、愚かで愚かで愚かで…仕方なかったから。
「ジュネ…会長としてや無い、一人の女として頼みがある」
「あぁ、俺もお前の兄貴分として、それを聞いてやるさ」
「すぐにアル君の居る宿屋を調べて…そんで、馬鹿なウチが償いを出来るチャンスを…そのチャンスを作って…作って、下さいっ…!」
ジュネは…ウチにとっての兄貴分は頭を軽く小突いて、その後で撫でてくれた。
馬鹿で愚かで、取り返しがつかない様な嘘を吐いた事を責めるでもなく。ようやく理解が出来たウチを褒めるみたいに、頭を撫でてくれた。
「当たり前だ…この馬鹿」
義理を通すのがエルフやって、アル君に言ったんや。
それは嘘じゃないし、今なら心の底から謝る事が出来る。自分のしでかした事が、どれだけの意味を持っているのか理解出来たから。
父から託された物を大切にしようとした…ウチがした事は、そうやって捉える事も出来る。
だけど…その為に同じ様な境遇のアル君に、最も辛い決断を迫っていたなんて…気が付く事も出来んかった。
どれだけ、どれだけ強い子やの…アル君は…。
本当に、本当に…心の底から、謝りたい…!
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