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第三章 商会を束ねる者
第六十三話 黒断
しおりを挟む炎が髪の毛の先端を焦がす。
振るわれた蒼い炎が何処までも俺を追い詰める。
既に舞台上は炎で包まれており、外に逃げる事も出来なくなっていた。
「ほら、次を行きますよ!!」
それほどまでに、マニアの使用する魔法の範囲は広く。俺の頭上を覆い隠し振り下ろされた。
たとえ空間を一部削ろうとも、それは致命傷を避けるに終わり俺は全身を焼かれる痛みを味わった。
「ぐっ…」
握り締めた鎌の柄が、俺の意識を繋ぎ留める。
既に俺が空に放った闇の雲は失われ、舞台は圧倒的にマニアが有利である事を示していた。
だが、俺には存在する。
この場を一瞬でひっくり返す程の、奥の手が―――。
「―――アル、この姿を見ても」
―――俺を嫌いにならないでくれ。
マニアの炎は苛烈さを増すばかりだ。こちらの攻撃方法などお構いなし、持ち得るStg.3特有の出鱈目な魔力量で引き出した強引な力技でねじ込んでくるばかりだ。
その炎を身体に喰らい、服は僅かに燃え始めている。羽織っていた黒いローブを脱ぎ棄てて、鎌を一振りして燃えだしていた髪の毛も切り裂いた。
出来る限り自分の面積を減らす。それがこの魔法を使うのに重要となって来る。
炎に照らされて様々な方角に角度を変えていた俺の影が、段々と形を安定させ始める。
いや、それは安定と呼ぶには少し違うのかもしれない、何故なら俺が無理やりに形を整えているから。
形を整え、影の中から自分を引き出す。
影は己を映す物でありながら、同時に己の暗い部分を閉じ込めておける箱だ。
その箱から引き出すのは凶暴で、どうしようもない俺自身。思うがままに力を振るう事が出来る制限を取っ払ったもう一人の自分。
俺が黒断と呼ばれた本当の理由、それは俺が本気を出す時―――俺は、黒とは正反対の色に染まるからだ。
「影魔法―――黒断」
黒い筈の影から白いナニカが俺を浸食する。靴から脚へ、脚から腰へ、腰から上半身へと段々と…。
その様子は毒されている様にも見えるだろう。だが違う。この魔法は影の中に在る弱さも強さも混沌とした自分自身の本当を取り入れる事で、自分の中の『 黒 』を『 白 』で上塗りする強化の魔法だ。
コレを使えば、俺は普段の何倍もの強さを得る。全てが強化される俺の最終奥義だ。
だが…コレを使うと問題もある。
コレを使った時の俺は、人の姿をやめる。混沌とした存在となり、影と同じ、そこにあるけれど移ろいを見せる不確かさを得る。その身がブレている様に傍目からは映るであろうその姿は、奇しくもマニアの得意とする炎の魔法によって生み出される陽炎の様。
鎌と、その柄を握った手の境目さえ分からない程に移ろう俺の姿は白く染められているのだろう。ただ目と口だけが黒く歪んだ弧を描き、マニアの眼にも、アルの眼にもその異様さを見せつけている。
「さァ…イくぞ」
「―――なんですか、なんですかなんですかなんですか!貴方のその美しい姿!素晴らしい、素晴らしい素晴らしい!これだから魔法というものは」
この姿になった俺とまともに叩けたのはアリスと各国の将軍連中だけだ。龍でさえ下等種であれば倒す事が出来る。飛龍の様な付属した名前の付かない龍の事だ。
そしてマニアは、龍よりも弱い。龍の炎はこの姿に変わる暇も無く俺を焼いて来た。熱いと感じさせる事も無く俺の意識を刈り取った。
俺が負けるわけが無いんだよ、こんな鈍の炎になんかなぁ!!
ただ走って移動して、マニアの炎を速度だけで貫いて奴の前面に立つ。
「あっは…もう貴方…人間、辞めてますね…」
アルには、嘘を吐いちまったんだよな、俺は戦場で死神と呼ばれる様になったって…。
だけどな、本当は違うんだ。
俺が傭兵をやっていた理由、何処か一箇所に留まらなかった理由、それは俺が居るだけで周りの人が死んじまうからなんだ。
ガルディアに手伝って貰って、この右目を封印するまではずっと―――俺は戦いも関係無く呼ばれていたんだ。
「ちガうな…俺は元から、死神ダ」
マニアの炎が俺の鎌を阻もうとするけれど、意味が無い。
速度が、力が、全てがマニアの炎を上回っていた。
こいつは所詮、自分の全身に炎を纏って戦う事も出来ない奴だ。自分の弱さも強さも身に纏って戦ってる俺が、負ける道理は何処にも無い!
☆アル視点
突然、ギル兄の姿が真っ白になった。まるで線だけで描かれた絵の様に、塗ることすら忘れられた存在の様な希薄さだった。
そして、先程までと同じ様に莫大な量の炎が舞台上を覆った。
マニアは言っていた。僕を好きな様にすると…それに対しては怒っていないし、気持ち悪いとすら思わない。
ただ僕は、あの男がカエラさんを利用して、傷付けて、それが許せないんだ。
だから僕はギル兄が一発殴ってくれればと思っていたけれど…きっとギル兄はそれ以上の事をする。
この場に立っているだけの僕にも伝わってくる絶対的な殺意、戦う意思とは違う。初めて浴びる物なのに明確にソレだと分かる程に濃密な、殺すという意思。
炎が裂けた様に見えた。炎の中から姿を見せたギル兄は、鎌と一体化しているみたいに朧気な輪郭となった腕をただ振るった。
僕の首まで切り裂かれたのではと思う程の一撃、ただ振るっただけとは思えない程の衝撃、激しい揺れと、刹那を切り裂く高い音、それが辺り一面に響いた。
腰の部分から二分されたマニアが、舞台上に崩れ落ちた。
☆マニア視点
「っは…が…」
断たれた。命を、未来を…そう理解したのに、私の心は晴れやかだった。
目の前で見る事が出来た美しさの結晶、白い死神、ギルバート・アードノットの本当の強さ、感動の中で私は自分の身体が二つに断たれた事を理解した。
だが―――まだ終わらない!!
未来が断たれたと言うのなら、二つになった私の命を両方燃やせばいいだけの事!
Stg.3に至りし魔法使いのみが使用出来る属性魔法と呼ばれる分類における禁忌の魔法。
―――炎身転化―――
私の上半身が燃え上がり、同時に私の下半身も燃え上がる。舞台上を埋め尽くしていた炎が私の下に集まり、私という存在を形成して行く。
この魔法を使用すると、数週間は内臓機能がまともに機能しなくなったり、下手をすれば心臓が停止したりとリスクの大きな魔法ですが先程の光景が目の前で見れただけで充分だ。
目の前に居る白い死神は、私の身が燃え上がり大きな炎の化身に姿を変えたというのに、驚きもしていなかった。
この身体に物理的な攻撃は通用しない、鎌の一撃は効かないのだ。空間魔法で削り取られようとも全てが炎、私の魔力が尽きぬ内は私は無敵と呼んで差し支えの無い状態。
だったハズ…なのに。
「教えてヤるヨ…蒼炎のマニア」
何故、私の身体は、私の炎は、芸術の粋を極めた私の魔法が―――段々。
「俺のコの姿でノ一撃は、相手ヲ影と同化さセるんだヨ」
何故段々と―――地面に沈んでいくのだ!!
「そして影にノまれレば、俺が影魔法を解除した瞬間に、この場所に、影を作レる場所に存在しナいお前は…一生現実に現れる事の無い、自分ノ影の中で一生ヲ過ごす事にナる」
「そんな魔法っ…最強じゃないか…!」
身体が沈んでいく。
私という存在が、影に呑まれていく。
「最強じゃネぇよ、俺が断てる相手、精々が飛龍サイズにしか通用しないんだからな」
…驕りも無く。
奥の手を備えていた私の上を行ったというのか…この男は。
「なんとしても」
影の中に沈むのだとしても、決めた。
美しさと暴力の共存、昂る創作意欲を台無しにしたあの男元を、決して許しはしないと。
「なんとしても貴様だけは許さん!ギルバート・アードノット!!」
「蒼炎のマニア―――己の影に呑まれて堕ちろ」
私の叫びは、冷静に返したギルバートの一言で掻き消されてしまった。
そして、私は敗北をした。
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