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将門の過去
暗躍する化生・弍
しおりを挟む暫しの間、玉藻らと葛の葉らは睨み合い、両者の間で剣呑な雰囲気が漂う。
されども肝が太い玉藻はちらりと横目で水晶玉を見やる。
そこに映される光景。それは朝廷に怨みのある者や、悪しき人と神を憎む玉藻にとって痛快、愉快な光景であった。
幾万の矢雨を意に介さず、入念に丹念に。……しかして蟻を踏み潰すように人を殺し、怨念を撒き散らしながら都への進撃を止めない土蜘蛛の姿。
赤い、赤い、曼珠沙華が踏みしめられた大地に咲き誇る。
潰され、曼珠沙華へと成り果てた、かつては人であったもの。……そこに黒く暗い怨念が入り込み、徐々に実を結ぶ。
人の胴体ほどの大きさで楕円形をした紫色の実。……見た目はまるで木通の様であった。
みるみるうちに、はち切れんばかりに膨らんだ実は紫色の外皮が裂け、中からは木通の白い果肉ではなく。……小さい怒りに染まった顔を持つ土蜘蛛が一匹、顔を出し、産声をあげる。
玉藻は全てが思惑通りに動いている事に対して、心の中で静かに歓喜の声を上げた。
しかし、その心の内を悟られないように、澄んだ顔を崩さず余裕を持って口を開く。
「勧告をするなど悠長な事を。問答無用、必殺の一撃にて滅すべし、と指示をすれば良いものを。……この小さな島国の神々は、長くの平和で呆けたとしか言いようがないものよ」
騙し騙され、殺し殺されの血と骸で彩られた大陸において。……神代から瑞獣として、凶獣として、その魂が三つに分たれても長く生き、人と神を見てきた玉藻にとってはそれが自明の理であった。
「葛の葉とやらも、そこな阿呆そうな鼻垂れ小僧と小娘も分かりきっているであろう? 引く気は無いと。妾は、悪しき人と悪しき神を滅し尽くすまで止まらん」
自身だけではなく、主人をも馬鹿にされた小薄と阿古町の二人は今にも駆け出し、玉藻の喉笛に噛みつかんとする程に憎悪を滾らせ、心を乱されたせいか本来の獰猛な狐顔へと変化する。
「小薄、阿古町、落ちつきなさい」
葛の葉は落ち着いた声で小薄と阿古町を窘める。
「しかし、葛の葉様!」
「我らを侮る言の葉は見過ごせますが、我らの主人を悪しきと嘲るのは我慢なりませぬ!」
葛の葉達の注意が、ほんの少しだけ逸れる。
――道満の口元が緩む。
「狩りを司りし蝦夷の神よ! 狩りの時間だ! 急急如律令!」
道満は謳うように術を発動させる。
密かに、静かに、葛の葉達を取り囲むように這い寄っていた式神が瞬時に実体を得る。
大きさは五尺ほど。……黄色い体毛を持つ、十五の群は統率の取れた動きで一斉に、葛の葉らの首と四肢を顎門で食い破らんと襲い掛かる。
「殺った!」
必殺の一撃を確信し、笑う道満。
――宙を三振りの太刀が舞う。
いつ、どの瞬間に厳物造の鞘から抜かれたのか、道満の眼には捉えきれていなかった。
瞬く間に一五の式神は三枚おろしにされ符に戻る。
「へひ?」
道満にとって、想像もつかなかった事態に思考と動きが止まる。
ひらりと宙を舞う符には、九字を示す格子状の文様。……そして符に染みこませてある躑躅の香り。
葛の葉の鼻が何度か動く。……躑躅の香りを確かめる様に。
「お前か。あの時の借りは返させてもらう」
葛の葉は手を触れずに、宙を舞う太刀の一振りを道満へと向かって矢のように放つ。
――道満の喉元に迫る太刀。
しかし、間一髪のところで玉藻が抜き振るった、水波模様であり、先端が幅広い刀身の剣により、太刀は弾き飛ばされる。
「道満よ。無駄に命を散らす事は無い。計画通りに引くのだ」
玉藻は道満に声を掛ける。その馬手には水波模様の剣、そして弓手には亀甲模様の同型の剣を握っていた。
「はい! 勿論ですとも娘娘。御武運を」
幾度か首を縦に振り、一目散に走って行く道満。
「小薄、阿古町。……あの人間は殺さずに必ず捕まえて来なさい」
葛の葉の口調は落ち着いていた。
しかし、葛の葉と道満は浅からぬ因縁があるのか、冷たい殺気が込められた言葉。
「は……はい! すぐに追います」
小薄と阿古町は、自らに向けられているわけではない葛の葉の殺気に身震いをしながらも、道満を追いかけるために駆ける。
「神使にしては……己が思いを優先するような人間臭いところがあるのだな。そちらの方が好ましいぞ」
くすりと笑いながら、玉藻は踊るような独特の拍子の足運びをする。
対して、葛の葉はゆったりとした足運びで間合いを詰めながら、通力で浮かせている三振りの太刀で牽制する。
「お前らを燼滅する事に変わりは無い。それよりも。……また魂を三つに寸断されないように気をつけなさい」
玉藻の顔から笑みが消える。
「妾の事を知っているのならば! その軽口の代償は重いぞ、小娘!」
玉藻は瞬時に間合いを詰め、葛の葉の首を狙い二刀を振るう。
が、葛の葉が通力で操る三振りの太刀に阻まれる。
「ちっ!」
玉藻は舌打ちをしながらも至近距離で葛の葉と激しく打ち合う。
両者どちらも引かず譲らずの目まぐるしい攻防を繰り返し、どちらも薄皮一枚の傷が増えてゆく。
ふと――葛の葉は太刀を操り、攻めに攻められの接戦を行いながら疑問に思う。
通力や呪術の類いが得意であろう妖狐が武にも精通している。……というのは永き時を生きていれば有り得るのだろう。
しかしである。
三振りの太刀は形代といえども……霊験灼然な力は鈴鹿山の天女が持っていた原型とほぼ同等である。
その太刀と幾度も打ち合える剣があるのかと。
――無いはずである。……どのような業物であろうと、その力により数合で折れるか、砕けるか、であるはずなのに。
三明の剣が折れる寸前まできている。
「なんだ、その剣は! 何故砕けない!」
葛の葉は平然としていた表情に焦りを浮かべ、語気を荒げる。
「何。……良き人間の鍛冶屋の夫婦が、心血だけならず命をも注ぎ、ただ一心に打ち鍛えた剣よ!」
玉藻は渾身の力を持って双刀を振り抜く。
「神仏を穿つ双刀の銘は。干将・莫耶」
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それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
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