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平将門追討……将門の乱燃ゆるアヅマ
シビトの宴
しおりを挟む森から幾羽もの烏が何かから逃げるようにガーガーと鳴きながら慌ただしく飛び立っていく。
しばらくしてから地鳴りと間違うほどの夥しく規則的な足音と馬の嘶きがやってくる。
集団の歩兵は一様に頬当、胴丸をつけ、弓矢に刀を持ち、よく訓練されているのか足並みを崩さずに歩く。
先頭を率いる大将らしき人物は煌びやかでありながら、何か人知の及ばない不思議な魔力の様なものが宿っている大鎧を纏う男……大袖を揺らしながら馬に乗っている。
その顔に深く刻まれた皺や白い髭から老齢だと思われる――が、その瞳は生気に満ち鷲の如く鋭く、睨み付けられば蛙のように縮み上がるのは想像に容易いほどである。
「叔父上、秀郷叔父上殿! 聞いておられますか!」
秀郷と呼ばれた老齢の男は、背後より大きい声で話しかけてきた男の兜を手に持った大弓で小突く。
「五月蝿いわい貞盛、考え事くらい静かにさせんか!」
小突かれ、ずれた兜を被り直しながら貞盛は小声で口をつく。
「親戚に碌なのがいないから困る」
「聞こえてるぞ、貞盛ぃ!」
また大弓で小突かれる貞盛。
「地獄耳ですね、叔父上……しかし、討伐に向かうのは良いのですが……征東大将軍――藤原忠文様を待って合流した方が良かったのではないでしょうか」
「陛下から征東大将軍の到着は待たずに反乱を撃滅、首謀者の首級をあげても良いと……勅命を受けたからのう」
髭を触りながら思考を巡らし貞盛に問う。
「彼奴が東国に戻る前に会った時は変わらずであったが……いったいいつからなんじゃ、貞盛?」
「分かりませぬ、親父殿が死んで私が戻ってすぐの時は"まだ"でしたね……そこから先の事は隠れたり逃げまわってましたからなぁ」
自嘲気味に笑いながら貞盛は続ける。
「やはり、しっくりとくる言葉は――いつの間にかですね……秀郷叔父上、勝てますか?」
「うむ……正直なところ、お前さんや経基の話を聞くと難しいかもしれん。じゃが……久々に大暴れできるじゃろうからな滾るわい」
ニヤリと秀郷の口角が上がる。それを横目に見ながら釣られて貞盛の口角も上がる。
「さて、森を抜ければ拓けた場所に出ます、その先は小高い丘がありますので見通しがいいから遠くまで見えますよ」
貞盛が指差す方向には、確かに小高い丘があった。
「よおし、お前らこっからは気を抜くなよ! 警戒して進め!」
秀郷の掛け声により意気揚々と声を上げながら進んでいく。森を抜ける――
森の中では草木と土の匂いで掻き消されていた、モノが饐えてツンと鼻奥にくる匂いと、何かが焼け焦げた匂いが混ざり合ったものが風に運ばれてくる。
「うぐおええー」
耐えきれずに幾人かは、しゃがみ込み吐瀉物をあたりに撒き散らす。
「この匂い、叔父上これは!」
「貞盛! あの丘に上がるぞ、急げ!」
馬を駆け丘にあがった秀郷と貞盛の眼前に広がるモノの大群、ゆらゆらと揺れ動き、ゆっくりとした動作で進む、かつては人であったであろうモノたち。
「屍の大群……これは不味い、それに……このねっとりと鼻奥にへばりつくような死臭は耐えられないですな」
手で口鼻を懸命に押さえ、饐えた匂いに抗いながら貞盛は喋る。
「貞盛……後ろにいる兵たちを纏め上げるんじゃ。士気も砕けてるだろうから鼓舞して引っ張ってこい」
「わかりました……叔父上は単騎駆けなぞせぬようにしてくださいよ」
「ふん、単騎駆けなんぞせぬわ……ただ一矢だけ放つだけじゃ」
その言葉に訝しがりながらも、貞盛は秀郷に言われたとおりに、兵をまとめ上げる為に馬を走らせ戻っていく。
嘆息しながら秀郷は下馬し、大弓をくるりと回しながら……誰もいない虚空へと言葉を投げかける。
「どう思う? 些か粗暴ではあったが彼奴は、このような人の心の無い悪行をなす男ではなかったのだがな」
見えず、聞こえずの、何かと語り合っているのか……一人、話を続ける秀郷。
「確かに儂と似ているところもあったがのう……これはまるで、別人の仕業に見えるがの」
矢筒から流れるように一矢を取り出す。
大弓につがえず口元に持っていき鏃を舐め、腰元に括り付けた巾着より符を一枚取り出し息を吹きかけ空に飛ばす。
「確かに直に見てみぬと分からぬな……さて、力をまた貸して貰うぞ龍神の姫よ」
大弓に矢をつがえ大声を出す……その声は符を通してさらに大きな音となり響く。
「遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我は三上山大百足退治せし、俵藤太! 我が一矢は大百足を貫き、大群をも飲み込む龍神の一矢なり!」
天高く放たれる矢。――それは瞬《またた》く間に矢の形を捨て去り、巨大な龍となる。
その大口により人であったモノたちを一切合切、全てを文字通り飲み込んでいく。ぐねりぐねりとうねりながら天高く戻ってゆく。
「うむ、綺麗になったな」
一人で頷きながら其処彼処が龍の顎門で抉られた地を望む。貞盛が兵をまとめて連れて丘の上に到着する。
「叔父上、これは些か……やり過ぎでは? 」
「阿呆が……あれが雪崩れ込めば町や村は壊滅するだろうが、それにもう人ではないんじゃ」
どこか悲しそうな表情を浮かべる秀郷。
その瞬間――何もなくなった平野に黒靄があたりに立ち込めはじめる。
「なんじゃ……このどす黒い靄と瘴気は」
その黒靄は一ヶ所に集まりはじめ、徐々に人の顔を形取っていく。
『俵藤太! 老いぼれじじぃが我が土地に何をしに来た!』
おぞましい声が黒靄の顔より発せられる。
「滝口の小二郎が大層なことをしでかしやがって! お前に討伐の勅命が出た! 俵藤太が直々に殺しにきたぞ!」
負けじと秀郷は大声で返す。
『我は新皇! 平将門なり! この国を全て崩し、死の国とするものなり! 逃げも隠れもせぬ! いつでも掛かってくるがいい」
「クソ餓鬼が、大口叩きおって! 」
秀郷は素早く大弓を構え矢を黒靄の顔へと向かって放つ。矢は黒靄に到達すると黒靄は雲散霧消していく、心の底から恐怖を呼び起こすような笑い声とともに……
「ちっ……あれは何なんだ」
秀郷らは拭いきれぬ程の恐怖と、不安を胸に東へと足をさらに進めていく。
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