異聞平安怪奇譚

豚ドン

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平将門追討……将門の乱燃ゆるアヅマ

サツキとキキョウ

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 秀郷ひでさとらの軍は東へと進んでいく。途中にいくつかの村を見つけた。
 しかし、どの村も血の跡や破壊の跡があり生き残っているものは誰一人としていなかった。

「ひどいものですな……叔父上、あのしかばねの大群は、やはりこの村々の民だったのでしょうか」

 行軍する兵たちをぐいぐいと引っ張るように先頭を進んでいる秀郷に話しかける貞盛。

「だろうな……酷いものよ、行く先々の民草を屍人しびとに仕立てあげ大群をつくり、破壊の限りを尽くしながら京へと向かうなんぞな」

 守るはずの民をないがしろにし、あろうことか屍をはずかしめる行為に秀郷はしわをさらに深め、静かに"何か"に対して怒りの表情を浮かべる。

 物音を敏感に察知したのか、秀郷は貞盛に指示を出す。

「貞盛、腕の確かな奴を五人ほど選んで儂について来させろ。先の方で誰かが襲われておる、先に行っておるぞ! はっ! 」

 掛け声を馬にかけ、馬も答えるように軽くいななき秀郷を乗せ力強く駆けていく。
 それを見て貞盛は手で顔を覆い深く嘆息たんそくする。
 貞盛は情けない顔から一転して……将としての、男としての顔となる。
 兵たちが急な進軍の停止に疑問を持ち、ざわつき始めが貞盛が指示を出しおさめる。

「よし! 全軍小休止だ! 最後の休みかもしれん、ゆっくりと休め! そこの四人は付いて来い、単騎で偵察に出た秀郷様の援護に行くぞ!」

 その言葉に腰をつけ、休息を取り始める兵たち。
 貞盛は四人の供回りを率いて、秀郷に追いつく為に全力で馬を走らせる。

「叔父上! 万夫不当の平貞盛めが、今行きますぞ! はっ!」

 自分を鼓舞こぶさせる為にか叫ぶように大声を出す。大声が風に乗って先に走っている秀郷の耳に届き、不意に笑みがこぼれる。

阿呆あほうおいっ子だ……が、憎めない奴よのう」

 秀郷の先にはこちらに向かって懸命けんめいに走る、三つの人影。
 その人影の後ろから幾人かが列を作り反りのある刀・・・・・・を振り回し追いかけてくる者が、はっきりと見えてくる。

「この惨状の生き残りか……ケダモノどもめ、みすみす殺させはせんぞ! 」

 秀郷は全力で走り揺れる馬上から大弓を構える。――上体を安定させようと太腿ふとももに力が入り、ぎちぎちとあぶみが嫌な音を立てはじめる。

「そこな追われし者よ! 伏せろ! 」

 秀郷の声とともに背丈の高い草がおおううように生えた大地へと、滑り込むように固まって伏せる。

「そら! そこじゃ!」

 大弓が唸りを上げ、放たれる矢――その矢は追跡者の額へと吸い込まれるように飛翔する。
 威力が凄まじいせいか、矢を受けた頭部は体からげ、勢いそのままに後ろにいた追跡者の胴丸を食い破り突き刺さる。

「そのまま伏せて顔を上げるでないぞ!」

 矢を射り、そのことごとくが鉢金はちがねをも兜をも貫き通す威力のある一撃。
 次々とほふっていく――が、しかし何処からか飛来した矢が秀郷がまたがる馬へと突き刺さる。

「ちっ! 本隊が来おったか! もそっと頑張れ! 」

 そう言いながら秀郷は馬の首をぽんと叩いてやる。
 矢が刺さりフラついていた馬は持ち直し。その命を燃やし尽くさんとする勢いで、さらに駆ける。

「あの馬を射よ」

 追跡者の本隊と思わしき者達……その司令官の合図により秀郷へと大量の矢が射られる。
 馬に刺さる矢が一本、二本と増えていく……秀郷は馬が耐えきれずに倒れる前に飛び降りる。馬は大きくいななき大きな音と砂埃を立て、前のめりに倒れこむ。

 大きないななきと音に驚いたのか、先ほどまで伏せていた者のうち……一人が体を起こしてしまう。

「裏切り者だ!  奴らを殺せ!」

 怒声と共に数十の弓矢が、伏せていた者達の方向に向く――放たれる矢はかめの水をひっくり返したように降り注ぐ。

「伏せていろと言ったじゃろう――避来矢ひらいしの鎧よ、仇なすモノ、邪悪なるモノから一切守り給え!」

 伏せている者たちの前に秀郷は仁王におう立ちの形になり言葉をつむぐ――黄金札こがねざねがあしらわれた大楯おおたてが幾枚も現れる。

 その大楯により矢の嵐をやり過ごし、一本も貫通せず傷一つ付かずに秀郷達は無事である。
 その時、追跡部隊の右側面より強襲きょうしゅうする五騎。――急に現れた騎馬に酷く驚き、慌てふためく追跡部隊。

「はっはー! 我が名は平貞盛たいらのさだもり! いずれは将軍となる男よ! 」

 おおぼらを吹きながら……しかし、その腕は確かで寡兵かへいながら馬の機動力を生かした突撃と離脱を繰り返す。
 見る間に追跡部隊をズタズタにしていく。

「向こうは貞盛に任せても大丈夫じゃの……儂の名は藤原秀郷、藤太でよい。お前さんらは何者・・じゃ? 彼奴らに裏切り者どうこう言われておったが」

 秀郷に問われ顔を上げる三人……まだ幼い子と少女、それとしっかりとした身なりの母親らしき女、母親らしき人物は震えながら静かにゆっくりと口を開き始める。

「藤太様、危ないところを助けていただきありがとうございます。私は桔梗ききょう……将門の妻です、こちらは将門の娘の五月さつきはるです」

 秀郷は三人の正体に驚きながらも腰を落ち着け、兜を脱ぎ、話を続ける。

「なんと……それは真か。なら何故? 彼奴きやつらに追いかけられていた? 裏切りがどうとか」

 腕組みをしながら髭を触り、女達に問う秀郷。

「将門は……いえ、将門の姿はしていますが、何か別のもの……その魔の手から逃れる為に娘達を連れて逃げてきたのです」

 桔梗の話を聞きながら、ぽりぽりと白い髭を掻く。

「ふむ、確かに何か違うと思ったのは儂と同じ意見じゃな」

「藤太……藤太の爺様」

 今まで口を真一文字に結んでいた五月と呼ばれた少女から、鈴の音のような可愛らしい声がでる。

「これ五月! 大事な話の途中です!」

 秀郷は手のひらをずいと押し出す形で桔梗の怒り声をとめさせる。

「よいよい、五月姫はこの藤太の爺に何用じゃ? うん?」

 好々爺然こうこうやぜんとした顔で五月に話しかける。

「藤太の爺様は凄いお人なのですよね……父上を助けに来てくれたのでしょう? 父上に付いている、あの黒靄くろもやを払って下さり……優しい父上に戻してくれるのですよね? 」

「その通りですぞ、五月姫。藤太の爺が五月姫の父上を助けますぞ」

 早業で五月姫を抱き上げたり、頬ずりする秀郷。――頬を膨らませた五月姫にパチリと平手打ちされる。

「子供扱いしないでください!」

 赤くなった頬を摩る秀郷。

「さて、京までの護衛を数人出すゆえ安心するんじゃ……京へ着いた後は儂の名を出せば保護してもらえるじゃろうしの」

「ありがとうございます藤太様……それと――」

 桔梗は秀郷の側に寄り、そのふっくらとした花唇が暖かい吐息を耳にかける。――微かな声で耳打ちする。

北辰ほくしんある限り北斗七星は不滅。北斗七星には影がありませんが、北辰ほくしんは輝きが強く影ができます……お忘れなきように」

 秀郷はその言葉を咀嚼するように何度も深く頷く。
 不意に貞盛の馬鹿ほど大きい声が響く。

「叔父上! 万事恙無つつがなく終えましたぞ……おや? 見目麗みめうるしいご婦人と――幼いながらも大人の風格を纏った、可愛らしい子達が!」

 悲壮な空気を和らげる為に戯ける貞盛。

「貞盛! 馬鹿なことを言っとらんと、さっさと護衛を数人見繕って京まで送ってやれ! 」

 秀郷に小突かれて、小走りで行動を起こす。
 数人の兵に護衛の任務を与える貞盛。

 身なりを整えた三人は護衛に守られ西へと向かっていく。
 途中に何度か五月姫が振り返り、手を何度もふるのを見ながら秀郷と貞盛は談ずる。

「貞盛、彼奴きやつらと戦った時、何か変わったことはなかったか?」

「なんというか……やはり、正気ではなかったですな。あと死んだ奴から黒靄くろもやのようなモノが出て東に飛んでいきましたね」

 身振り手振りを交え、説明する貞盛。

「うむ……アレは何なんじゃろうな、しかし今は考えても仕方ないじゃろう、勅命を果たしに行くぞ」

 きびすを返し秀郷らは決戦の時が近いのを感じながら、さらに東へと向かう。
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