7 / 77
平将門追討……将門の乱燃ゆるアヅマ
サツキとキキョウ
しおりを挟む秀郷らの軍は東へと進んでいく。途中にいくつかの村を見つけた。
しかし、どの村も血の跡や破壊の跡があり生き残っているものは誰一人としていなかった。
「ひどいものですな……叔父上、あの屍の大群は、やはりこの村々の民だったのでしょうか」
行軍する兵たちをぐいぐいと引っ張るように先頭を進んでいる秀郷に話しかける貞盛。
「だろうな……酷いものよ、行く先々の民草を屍人に仕立てあげ大群をつくり、破壊の限りを尽くしながら京へと向かうなんぞな」
守るはずの民を蔑ろにし、あろうことか屍を辱める行為に秀郷は皺をさらに深め、静かに"何か"に対して怒りの表情を浮かべる。
物音を敏感に察知したのか、秀郷は貞盛に指示を出す。
「貞盛、腕の確かな奴を五人ほど選んで儂について来させろ。先の方で誰かが襲われておる、先に行っておるぞ! はっ! 」
掛け声を馬にかけ、馬も答えるように軽く嘶き秀郷を乗せ力強く駆けていく。
それを見て貞盛は手で顔を覆い深く嘆息する。
貞盛は情けない顔から一転して……将としての、男としての顔となる。
兵たちが急な進軍の停止に疑問を持ち、ざわつき始めが貞盛が指示を出しおさめる。
「よし! 全軍小休止だ! 最後の休みかもしれん、ゆっくりと休め! そこの四人は付いて来い、単騎で偵察に出た秀郷様の援護に行くぞ!」
その言葉に腰をつけ、休息を取り始める兵たち。
貞盛は四人の供回りを率いて、秀郷に追いつく為に全力で馬を走らせる。
「叔父上! 万夫不当の平貞盛めが、今行きますぞ! はっ!」
自分を鼓舞させる為にか叫ぶように大声を出す。大声が風に乗って先に走っている秀郷の耳に届き、不意に笑みがこぼれる。
「阿呆な甥っ子だ……が、憎めない奴よのう」
秀郷の先にはこちらに向かって懸命に走る、三つの人影。
その人影の後ろから幾人かが列を作り反りのある刀を振り回し追いかけてくる者が、はっきりと見えてくる。
「この惨状の生き残りか……ケダモノどもめ、みすみす殺させはせんぞ! 」
秀郷は全力で走り揺れる馬上から大弓を構える。――上体を安定させようと太腿に力が入り、ぎちぎちと鐙が嫌な音を立てはじめる。
「そこな追われし者よ! 伏せろ! 」
秀郷の声とともに背丈の高い草が覆うように生えた大地へと、滑り込むように固まって伏せる。
「そら! そこじゃ!」
大弓が唸りを上げ、放たれる矢――その矢は追跡者の額へと吸い込まれるように飛翔する。
威力が凄まじいせいか、矢を受けた頭部は体から捥げ、勢いそのままに後ろにいた追跡者の胴丸を食い破り突き刺さる。
「そのまま伏せて顔を上げるでないぞ!」
矢を射り、その悉くが鉢金をも兜をも貫き通す威力のある一撃。
次々と屠っていく――が、しかし何処からか飛来した矢が秀郷が跨る馬へと突き刺さる。
「ちっ! 本隊が来おったか! もそっと頑張れ! 」
そう言いながら秀郷は馬の首をぽんと叩いてやる。
矢が刺さりフラついていた馬は持ち直し。その命を燃やし尽くさんとする勢いで、さらに駆ける。
「あの馬を射よ」
追跡者の本隊と思わしき者達……その司令官の合図により秀郷へと大量の矢が射られる。
馬に刺さる矢が一本、二本と増えていく……秀郷は馬が耐えきれずに倒れる前に飛び降りる。馬は大きく嘶き大きな音と砂埃を立て、前のめりに倒れこむ。
大きな嘶きと音に驚いたのか、先ほどまで伏せていた者のうち……一人が体を起こしてしまう。
「裏切り者だ! 奴らを殺せ!」
怒声と共に数十の弓矢が、伏せていた者達の方向に向く――放たれる矢は甕の水をひっくり返したように降り注ぐ。
「伏せていろと言ったじゃろう――避来矢の鎧よ、仇なすモノ、邪悪なるモノから一切守り給え!」
伏せている者たちの前に秀郷は仁王立ちの形になり言葉を紡ぐ――黄金札があしらわれた大楯が幾枚も現れる。
その大楯により矢の嵐をやり過ごし、一本も貫通せず傷一つ付かずに秀郷達は無事である。
その時、追跡部隊の右側面より強襲する五騎。――急に現れた騎馬に酷く驚き、慌てふためく追跡部隊。
「はっはー! 我が名は平貞盛! いずれは将軍となる男よ! 」
おおぼらを吹きながら……しかし、その腕は確かで寡兵ながら馬の機動力を生かした突撃と離脱を繰り返す。
見る間に追跡部隊をズタズタにしていく。
「向こうは貞盛に任せても大丈夫じゃの……儂の名は藤原秀郷、藤太でよい。お前さんらは何者じゃ? 彼奴らに裏切り者どうこう言われておったが」
秀郷に問われ顔を上げる三人……まだ幼い子と少女、それとしっかりとした身なりの母親らしき女、母親らしき人物は震えながら静かにゆっくりと口を開き始める。
「藤太様、危ないところを助けていただきありがとうございます。私は桔梗……将門の妻です、こちらは将門の娘の五月と春です」
秀郷は三人の正体に驚きながらも腰を落ち着け、兜を脱ぎ、話を続ける。
「なんと……それは真か。なら何故? 彼奴らに追いかけられていた? 裏切りがどうとか」
腕組みをしながら髭を触り、女達に問う秀郷。
「将門は……いえ、将門の姿はしていますが、何か別のもの……その魔の手から逃れる為に娘達を連れて逃げてきたのです」
桔梗の話を聞きながら、ぽりぽりと白い髭を掻く。
「ふむ、確かに何か違うと思ったのは儂と同じ意見じゃな」
「藤太……藤太の爺様」
今まで口を真一文字に結んでいた五月と呼ばれた少女から、鈴の音のような可愛らしい声がでる。
「これ五月! 大事な話の途中です!」
秀郷は手のひらをずいと押し出す形で桔梗の怒り声をとめさせる。
「よいよい、五月姫はこの藤太の爺に何用じゃ? うん?」
好々爺然とした顔で五月に話しかける。
「藤太の爺様は凄いお人なのですよね……父上を助けに来てくれたのでしょう? 父上に付いている、あの黒靄を払って下さり……優しい父上に戻してくれるのですよね? 」
「その通りですぞ、五月姫。藤太の爺が五月姫の父上を助けますぞ」
早業で五月姫を抱き上げたり、頬ずりする秀郷。――頬を膨らませた五月姫にパチリと平手打ちされる。
「子供扱いしないでください!」
赤くなった頬を摩る秀郷。
「さて、京までの護衛を数人出すゆえ安心するんじゃ……京へ着いた後は儂の名を出せば保護してもらえるじゃろうしの」
「ありがとうございます藤太様……それと――」
桔梗は秀郷の側に寄り、そのふっくらとした花唇が暖かい吐息を耳にかける。――微かな声で耳打ちする。
「北辰ある限り北斗七星は不滅。北斗七星には影がありませんが、北辰は輝きが強く影ができます……お忘れなきように」
秀郷はその言葉を咀嚼するように何度も深く頷く。
不意に貞盛の馬鹿ほど大きい声が響く。
「叔父上! 万事恙無く終えましたぞ……おや? 見目麗しいご婦人と――幼いながらも大人の風格を纏った、可愛らしい子達が!」
悲壮な空気を和らげる為に戯ける貞盛。
「貞盛! 馬鹿なことを言っとらんと、さっさと護衛を数人見繕って京まで送ってやれ! 」
秀郷に小突かれて、小走りで行動を起こす。
数人の兵に護衛の任務を与える貞盛。
身なりを整えた三人は護衛に守られ西へと向かっていく。
途中に何度か五月姫が振り返り、手を何度もふるのを見ながら秀郷と貞盛は談ずる。
「貞盛、彼奴らと戦った時、何か変わったことはなかったか?」
「なんというか……やはり、正気ではなかったですな。あと死んだ奴から黒靄のようなモノが出て東に飛んでいきましたね」
身振り手振りを交え、説明する貞盛。
「うむ……アレは何なんじゃろうな、しかし今は考えても仕方ないじゃろう、勅命を果たしに行くぞ」
踵を返し秀郷らは決戦の時が近いのを感じながら、さらに東へと向かう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
そよ風の声
二色燕𠀋
歴史・時代
ある遠い日に託されたそれに困惑を覚えなかった訳ではなく、しかし抗おうというものでもなかった──
煌びやかな喧騒から離れ、質素倹約、町外れで穏やかに暮らしていた親子の物語。
※うたかたに燃ゆ とご一緒にどうぞ
強いられる賭け~脇坂安治軍記~
恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。
こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。
しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。
『金と信仰の時代』
leviathan
歴史・時代
――ある女性銀行家の記録より――
これは、ある一人の女性の“証言”から始まる経済の叙事詩である。
十九世紀末、ロンドンの金融街に生まれた少女、アメリア・グレインジャー。父は小さな銀行の頭取であり、母はユダヤ系移民の出。女性が経済に関わることが異端とされた時代に、彼女は金融の知識と鋭い直感を武器に、激動の世界へと踏み出していく。
第一次世界大戦で破綻する金本位制。ドイツの狂気とハイパーインフレ。ウォール街の崩壊と世界恐慌。ブレトンウッズ体制の成立、アラブの砂漠に眠る“黒い金”、そして2008年のリーマンショック、ギリシャの財政破綻。アメリアの記録は、そのすべてを目撃している。
だが彼女は人間ではない――。彼女の正体は、ある巨大銀行が開発したAIアーカイブ・ユニット。金融史を記録し、未来の意思決定者に知恵を授けるために作られた存在。
そのAIが綴るのは、人類と金の関係のすべて。信頼が貨幣となり、信用が帝国を築き、過信が崩壊を呼んだ200年の真実だ。
資本主義は終焉を迎えるのか?
そして、「価値」の未来とは?
――これは、記録者アメリアの眼を通して描かれる、貨幣の神話と人間の愚かしさ、そして希望の物語である。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
マルチバース豊臣家の人々
かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月
後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。
ーーこんなはずちゃうやろ?
それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。
果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?
そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
国を、民を守るために、武田信玄は独裁者を目指す。
独裁国家が民主国家を数で上回っている現代だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を、民を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす
【第弐章 川中島合戦】 甲斐の虎と越後の龍、激突す
【第参章 戦争の黒幕】 京の都が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す
【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす
【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる