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海賊吼ゆるサイゴク
チもソラも青く
しおりを挟む蹂躙の轍……防人の奮戦虚しく。それは筑前国の国府である太宰府にまで延び、海賊の手に落ちた。
太宰府陥落――その報は京の朱雀天皇にまで届いていた。
「太宰府、落ちちゃったか……まんじゅう殿も流石に間に合わなかったのかな」
鞠を一人、ぽんぽこと音を鳴らせながら、巧みに頭で跳ねさせる。
摂政――藤原忠平は、にこにこと臣下の前では見せられないほど、蕩けきった顔で見つめている。
「純友の襲撃にあった地点の被害調査も任しておったからの……"なると"の宝玉が無くなっていたみたいだぞ 」
ふっと緩んだ顔を引き締め、威厳のある顔で話し始める。
「あぁ、それは厄介だね……宝玉、なるとの渦の下にあった筈なのにね」
朱雀天皇は頭で跳ねさせていた鞠を背中に乗せたり、足で交互に跳ねさせる。
「まんじゅう殿も、せいめいも向かわせてるし……追討軍も向かったし、大丈夫だよね」
重たい話とは裏腹に、軽やかな音を立てながら鞠は天高く跳ねる。
馬が男二人を乗せ、西の大地を駆ける。
一人は軽装であったが、一目で武人と分かるほどに鍛えられた体躯をしていた。
もう一人。――武人の背後にちょこんと乗せられた男。線が細く武人には見えず、慣れない馬のせいか青ざめた表情をしていた。
「満仲殿、もそっと! もそっと! ゆっくりと走ってください! 吐きます吐きそうです!」
安倍晴明――武よりも智に重きを置く。その眉目秀麗が崩れ、泣きそうな顔になりながら、軽く咽吐く。
「晴明、すぐそこよ! 舌を噛むから黙っておいた方が良いぞ。行けい!」
さらに速度を上げる。
縦揺れの馬上で満仲にしっかりと両腕を回し、しがみ付きながらも必死に懇願する晴明……が、聞き入れてもらえず、晴明は振り落とされない為に腕に力を込める。
「晴明、あれを見よ! 太宰府の防人達が筑後の蒲池城まで押されておるぞ!」
晴明が顔を上げて先を見る。
すると蒲池城は満仲の話通り、すっかりと包囲されていた。
防人達は懸命に、海賊と蛸の化け物に矢や石を雨霰と落とし、食い止めている様子が窺い知れる。
「あれは不味いですよ! 蛸のせいで陥落寸前じゃないですか!」
城の周りを埋め尽くす程の夥しい数。――蛸の化け物を盾にしながら、雨霰を防ぎ、蒲池城へと迫っていく海賊達。
「そう、一刻の猶予もないということだ。このまま背後から強襲するぞ!」
その言葉に小さく頷く晴明、その腕は微かに震えていた。
満仲は手綱から両手を離し、足だけで馬を操る。――懐より霊符を大量に両手で取り出す。
「我が名は、源満仲! この地を海賊の手から護りに来たぞ。鉄鎖縛符――仇なす、人だけを捉え、宙に浮かし給え」
鉄の鎖が満仲の手から離れ、海賊達へと蛇のように、うねりを打ちながら迅速に飛ぶ。
「なんだこの足に付いた鎖は?」
「鉄の鎖? 何でこんなものが――うわああ!」
次々と鉄鎖が巻きついた海賊達を宙に逆さ吊りにしていく、蟲のようにばたばたと手足を宙で動かす。
が……いくら暴れても、刃物で切りつけようとも、鉄鎖が切れる様子はない。
「晴明、此奴らは五月蝿いから、眠らせておいてくれ」
戦さ場の真っ只中に降り立ち、蛸の怪物と対峙しながらも、余裕たっぷりに満仲と晴明は話をする。
「分かりました、眠らせるくらいなら、あっという間に終わりますよ」
晴明は言うが早いか、符を逆さ吊りの男の額へと飛ばす。
「式が誘いしは夢の彼方へと……急急如律令」
暴れていた逆さの海賊達は晴明の符と呪言により、大人しくなっていく。
「さすがだな……さて蛸狩りだな……いや? 捌いて刺身か?」
満仲は腰から、すらりと反りのある刀を抜き出する。
首を鳴らし、腕を回す。――踏み込み、一気に蛸の化け物へと肉薄すれば、白刃の煌めきと共に青い血が舞う。
「うむ! この藤太殿から貰った、東国土産の刀……素晴らしい!」
感嘆の声を漏らしながらも、舞うようにふらり、すらり――蛸の間をすり抜けるように走り抜けていく……跡には青い血と半分や細切れになった蛸の欠片。
「晴明、数が少し多いから手伝ってくれまいか?」
全く疲れを見せずに蛸を八分割にしながら、軽口を叩く。
「荒事は得意じゃないんですけどね」
そう言いつつ、一枚の式札を取り出し言葉を紡ぎ始める。
「安倍晴明の名において、十二神将が一将……力を貸し給え、西の守護神、白虎よ!」
晴明の持つ式札がふわりと舞い、光に包まれる……光の中から晴明より少し大きい、白い虎が飛び出してくる。
「――――!」
咆哮、蜿蜿たる白い線が戦さ場を駆けて抜けていく。
強い力と速さで、ずたずたに切り裂かれた肉片が舞う――
「あれは速いな、良いぞ白虎! ちょっとだけ速度を上げるか!」
「――――!」
満仲の言葉に答えるように白虎も咆哮する、戦さ場を駆ける二つの線は煌めきを増していく。
蒲池城から誰もが見惚れていた……颯爽と現れ、青い血花を次々と咲かせていく神獣と男に見惚れていた――救いが来たと。
しかし、蒲池城の中から見ていた者の一人で違う者を見ている男がいた。
「美しい……あの刀は美しい……嗚呼、私は美しく強い刀を打ち。あそこで踊りながら戦う男、あの男に献上する為に私は海を渡ったのかもしれない」
眉間が一尺ある、異様な風貌の男。それは大粒の涙を人目を憚らずに流しながら、戦いを眺めていた。
「これで最後っと……大量に斬った斬った。晴明、これで此処も一安心だろう」
最後の蛸を蹴飛ばし、満仲はその蛸に刀を突き立てる。
「そうですね……小さい化け蛸しか、いなかったのが気がかりですが。――戻って良いですよ、白虎。ありがとうございます」
白虎の頭を数回撫でると、満足気な顔をした白虎は光に戻っていく。
「太宰府の方か博多津の方か……何にせよ、後は親父殿が方をつけるさ」
満仲は北の方角を見ながら頷く。
「そういえば、満仲殿のお父上様……源経基様……乱を予見していたそうですが……」
晴明は首を傾げながら、満仲に問いかける。
「ああ、あれな……自分の先以外なら、ちょっとだけ先が見えるらしいぞ、ちょっとだけな」
豪快に笑いながら満仲は刀を持っていない、逆の手の親指と人差し指で間を作り、説明する。
晴明は呆れた顔で天を仰ぎ見ると、鳶が笑うように飛んでいた。
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