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海賊吼ゆるサイゴク
タコと海賊と
しおりを挟む純友追討の為に編成された、幾つもの船。
海を埋め尽くし、跳ねるように海上を進んでいく……それは宛ら、飛魚の群れのように。
「追捕使長官! 時化てきやがりましたが……もうすぐ博多津ですぜ!」
歯が欠け、間の抜けた顔の水夫に追捕使長官と呼ばれた男。
海藻を顔につけているのかと、見間違うほどの髭。それを触りながら、何処か、やる気や熱意と言ったものが欠けた顔をした初老の男。
――小野好古は荒れ狂い始めた海を船首から臨んでいた。
「朝廷に仇なす、不埒な男を捕まえるためという名目で西の果てまで来たが……これは貧乏籤だな」
小野好古は嘆息しながら、竹で作られた短冊に何かを書き記す。
「うーむ? 良いのが、思い浮かばんな」
書き記していた筆を止め、頭を掻きながら短冊を海に捨てる。荒れた海の藻屑となる短冊。
「貧乏籤ってのは違いねぇですね。それに何たって……藤原純友様は切り捨てられて、食い詰めた舎人たちの為に、立ち上がった男ですからね。――あっしも縁があれば、向こう側にいたかもしれませんぜ」
下品な笑い声をあげる水夫。笑いのツボに入ったのか腹を抱えて笑う、小野好古。
「博多津に入りますぜ! 追捕使長官、準備した方が――」
水夫が船首近くに立ち、次の言葉を発しようとした――が、轟音に掻き消される。
前を進む船が大きく宙に飛び、船が砕け、人と木っ端が宙から落ちていく。
「何が起こった! いや……それよりも博多津の封鎖を急げ! 海賊を逃すな!」
先程まで腹を抱えて笑っていた、小野好古はその轟音で気を取り直し、やる気のなかった顔に覇気が戻り、即座に指示を全船に通達する。
「長官! 見えなかったんですかい? あの蛸の足が」
水夫は始終を見たためか。――海のように青ざめた顔で、欠けた歯以外を、かちかちと打ち鳴らしながら、震えている。
「蛸なんぞ切って食ろうてやるよ! いくらでも――なっ! おおっと」
その時、ぐらりと船が大きく揺れ、好古の乗る船が宙に持ち上がる。
船底には大きな蛸の足、ぬらつきながら吸盤を吸い付かせ持ち上げていた。
「これか! 化け蛸が、誰の船に――」
あれだけ覇気のなかったのが嘘のように、好古は船に固く結びつけた縄を手に持ち、勢いよく外に飛び出す。
「触りやがってるんだ!」
勢いづけて、身体もろともに刀を蛸の足へと突き立てる。
「足りんか! ならば」
ぐらりと揺れたが蛸の足はまだ船を持ち上げたままであった。
好古は刺さった刀を手放し、柄を蹴り、振り子のように飛び上がり。
「おおお! 倒れやがれ!」
全力で柄を両足で蹴り、さらに深々と刺さり、蛸の足が倒れていく。
大波を立てて船が着水し、好古も船の上に落ち、背中を強かに打ち付ける。
「俺にかかれば、蛸足の一本や二本軽いものよ」
のたうち回りそうになるのを我慢し、背中をさすりながら、何とか起き上がろうとする好古
「お見事ですぜ! 追捕使長官、小野好古様! よっ日ノ本一の武人殿!」
水夫の心の篭っていない、持ち上げを言いながら、好古を抱え上げようとした、まさにその時。
――海より出でる蛸の足が水夫と好古を一緒くたに捕らえる。
「そら、蛸だから一本足って訳じゃないよな……あ、良い歌が思い浮かんだから詠もうか?」
締め上げられ宙に浮かびながらも、好古は暢気に水夫へと話しかけ、有無を言わさずに、歌を詠み始める。
「何でそこまで暢気にしていられるのか分かりませんぜ! 誰か助けてくれ! こんなとこで死ぬのは嫌だ!」
ぎりぎりと蛸の足は手も足も出ない、二人を締め上げていく。
喚き叫ぶ水夫と歌を詠む好古という、傍目に見れば、切羽詰まっているのか、詰まっていないのか分からない状況。
「その願い、聞き届けた」
喚き散らす水夫の耳に、はっきりとしっかりと声が聞こえる。
「へあ?」
水夫が間の抜けた声と顔を晒す。
締め上げていた、蛸足が斬れ……諸共に海へと落ちていく。
「ふむ……好古様、大丈夫そうですね」
海から顔だけを出している好古に話しかける男。
その男は源満仲の血縁……と、一目で分かるほどに顔立ちが似ているが、歳は満仲よりも古く。柔和な笑みを絶やさない男が、海上に立ちながら話かけていた。――その立っている海だけが、不思議な事に凪のように止まっている。
「遅かったじゃないか……今回も間に合わないかと思ったぞ、海賊の方はやるから化け蛸の相手してくれよ、経基」
その言葉を聞き、にこりと好古に微笑み、経基は小さい水柱をあげながら海上を駆けていく。
「これは夢ですかい? あの御方、海の上を飴坊みたいに……それに鎧を一つも纏っていませんぜ!」
水夫は興奮のあまり、好古の肩を揺らす。
「あーあれはな、特別なんだよ。それにあの目が特にな」
お茶を濁した返事しかしない、小野好古。その顔は一仕事を終えたと言わんがばかりに、覇気がなくなっていた。
二人は船に引き揚げられるまで、経基が駆けて行った方を見ていた。
博多津の何処からでも見えるほどに、蒼く強く光る玉。――それを目印に、強く海上を蹴り、大きな水柱を上げながら海上を駆けていく源経基。
「お頭! あれを見てくだせい! 変なのが海を走ってますぜ!」
周囲を警戒していた海賊の一人に見つけられてしまう。――至極当然である。
「よし、よく見つけた! 何処の誰か知らんが……海を走るって事は、何か異なる力を持っているんだろうよ」
さらに爛々と輝く蒼い玉と純友の瞳。――新たな獲物を狩れるという、喜びの為か……純友の口角が知らずのうちに釣り上がる。
「藤原純友の名で命ずる! 蛭子の玉に導かれし、海の眷属よ! 行けい!」
純友の号を放つ。――行く手を阻もうと、何本もの蛸の足が経基に殺到する。
「操りが甘いですね、これくらいなら力を使うまでもないでしょう」
正面から伸びてきた大きな蛸の足の上に乗り、刀を突き立てながら斬り走る……経基が駆けた蛸の足、半分に割れながら血を吹き出していく。
「小さいのも邪魔ですね」
飛び上がりながら、人の腕ほどの足をもった蛸を斬り落としていく。
「全部、見えてますよ……今度は横からですか」
海を駆けながら、おもむろに真横に一見もせずに刀を振るうと、蛸の足先から縦にパックリと割れ、青い血が舞う。
「馬鹿な! 何故、死角からの一撃が防がれる!」
蒼く輝く玉を持ち、蛸を操っていた純友は目を疑うような光景にぶるりと震える。
「一撃で蛸を屠る好機をくれるわけですね」
急に動きを止め、目を見開く経基。誰一人としていない海の真っ只中で独り言つ。
「これなら……これなら行ける! 大蛸で覆い潰してやる!」
純友は玉を持ちながら両腕を天に上げる。
それに合わせて海面より大蛸が現れ……跳び上がる。
経基は海の上で止まり目を瞑る。
蛹から羽化する蝶のように、ゆっくりと刀を天に掲げ言葉を紡ぐ。
「我は皇の血筋……我が命を糧に八百万の一柱……」
きらきらとした光。――息子である源満仲よりも、はっきりと見える光が経基の刀へと集まりだす。
跳び上がった大蛸が中天を覆《おお》い、経基に影を落とす。
「十握剣より滴り落ちし神――天之尾羽張神よ――我に魔を断ち切る力を貸し給え」
「大蛸よ! 覆い包み、潰せ!」
大きな轟音とともに大きな水柱が上がる。
「これで死ん――」
純友が喜びの声を上げる、同時に蒼く光る玉に罅が入る。
「まさか! ありえんぞ!」
純友が沖の方に顔を向けると柱が立っていた……神々しい光の柱。
「流石に……重い、押し潰されそうだ……」
大蛸の下で光を纏った刀を突き立て、断ち斬ろうと経基は力を込め、汗を流していた。
「さらに我が命を力にし給え!」
光の刀を縦に振り切る――
「おおお! 大蛸よ、海に還れ!」
――咆哮と一閃。
海が小さく裂け、青い雨と黒い墨の雨が経基へと降り注ぐ。
大蛸は足を蠢かせながら半分に割れ――裂けた海の底へと落ちていき、海が閉まる。
「ふむ、あとは宝玉の確保ですね」
大蛸を屠り、汗を拭いながらも、いつもと然程変わらない声色で蒼く光る宝玉を目印に海を駆ける。
純友は沖の方を忌々しく睨みながら、停泊していた海賊船の面々に指示を飛ばす。
「よし、お前ら! 追討軍の奴らから逃げるぞ、準備万端にしておけ! 太宰府にいる奴らにも誰か伝えに行け!」
そんな折に血を流しながら走ってくる、海賊の一員が息も絶え絶えに言葉を捻り出す。
「頭! だ……駄目です、太宰府が防人の奴らに落とされました!」
その報告を聞き、青筋を立てながら歯嚙みする純友……
「そうか……よし! お前ら! 悔しいところだが、能古島の南を通って逃げるぞ!」
右手に持った玉で西を指す――が、その玉を持った手が手首から跳ね飛ぶ。
「ぐあああ! 俺の手が……クソ」
「頭! 誰か、手当を!」
怒号と鮮血とは裏腹に、ひゅるりと影が軽やかに飛び、玉を握ったままの手ごととり。陸地から伸びていた桟橋へと着地する。
「この蛭子の宝玉は置いていってもらいますよ、藤原純友」
脂汗を顔に滲ませ、部下に手首を手当てされながら純友は口を開く。
「ただの蛸を操るだけの宝玉が目当てかよ。……次は俺の首かい?」
「いえ、私の仕事は蛭子の宝玉の回収……貴方の首は追捕使長官のものですから」
純友は忌々しそうな顔で、未だに涼しい顔を崩さない経基を睨む……が、顔を崩し笑う。
「俺の首には興味はないか! なら貴様はこのまま俺を逃がしてくれるのか?」
こくりと頷く経基……それを見て号令をかける純友。
「よし! この御仁は俺の手一つで……正に手打ちにしてくれるようだ! 逃げるぞ車櫂を出して漕げ!」
大きな笑いと陽気な声とともに海原へと漕ぎ出す、それを眩しいものを、見つめるように目を細める経基。
その後ろから、いつのまにかやって来ていた満仲が声をかける。
「親父殿、藤原純友を逃してよかったのか?」
「うん? 良いのですよ……彼らは悪徳役人を狙い打ちにした、義賊のようなものですから……今回はやり過ぎですがね」
満仲は呆れた顔をしながら、ぽりぽりと頭を掻く。
「そんな顔をしないでください、これで我々の仕事は全て終わりなのですから」
満仲は嘆息をし、経基がもっている蛭子の宝玉を見つめる……罅が入っているがその輝きは大海原のように蒼く広かった。
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