異聞平安怪奇譚

豚ドン

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海賊吼ゆるサイゴク

ニシに向かうは海賊

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 慌ただしく、車櫂くるまかいが回りながら、純友すみともを乗せた船は進む。
 博多津はかたつ追捕使ついぶしの軍に封鎖される直前に素早く、純友達の船は嘲笑うように横をするりと抜けていく。

「頭! 追捕使の奴ら、牛みたいにトロいですぜ」

 けらけらと笑う、海賊達。
 操船技術の差は歴然としており、少数の矢を射掛けられようとも、避けていく。

「よし、お前ら! あいつらに構わずに逃げるぞ! 海の上では俺たちの方が速いからな!」

 純友は無くなってしまった、右手を振りながら号令を出し、周りから気待ちの良い返事が聞こえてくる。


 小野好古おののよしふるはスルスルと逃げる、純友の船団を見ながら歯噛みをする。
 好古の乗る船では、桶に海水を入れ、船外に捨てる水夫たちが引っ切り無しに走り回っていた。

「おい、誰か手練れが乗っていて動ける船を知らんか?」

 好古が問うた。その時に矢が飛来し、純友の近くに突き刺さる。
 矢を放ったのは、好古の乗る船から左舷方向に少し離れた船からであった。
 矢には文が括り付けてあり、好古は文を開き読む。

「うむ、追いかけてくれるか……誰か、紙と墨壺を持ってきてくれ」

 水夫の一人が手に持った桶を置き、走って行く。
 ややあって、水夫は息を切らしながら、紙と墨壺を持ってくる。

「ありがとう。さて……追いかけて、海賊の行き先だけを調べるだけに留めよと厳命しておくか……」

 好古は甲板にどかりと座り、さらりと簡潔に文を書き上げる。――慣れた手つきで、書き上げた文を小さく折り畳み、矢に括り付ける。
 首と腕を回し、弓を手に取り、矢文を放つ。
 見事に返事の矢が左舷の船に届く。

「よ! 京一番の弓取り!」

 いつのまにか後ろに居た、欠けた歯を覗かせながら水夫がヨイショする。

「太鼓持ちしても、褒美はやらんぞ? 修理を急げば褒美はやるがな」

 水夫たちから喜びと笑い声が起こる。
 好古から命令を受けた船は純友を追いかけて行く。



 純友の船は能古島のこのしまの南を抜け、進路を北の玄界げんかい島の方向へと進んでいた。
 純友の右手に巻かれた布は、じっとりと血に濡れ、赤く染まっている。

「ぐっ……誰ぞ! そこに転がっている兜を逆さにして、木をくべて火をつけろ、あと刀を熱しておけ」

 斬られた手の痛みが酷くなったのか、脂汗を流しながらも、純友は指示する。

「へい! 淡路国あわじのくにで奪った、しおり酒も出しておきやす」

 純友すみとも経基つねもとにより、切られた右手の傷口……綺麗に寸断され骨が見えている手を見ながら苦い顔をする。

「首に比べれば安いものとはいえ……マスをかけなくなるのは辛いな」

 その呟きを耳にした部下たちから、どっと笑いが起こる。

「俺らの右手なら、いつでもお貸ししますぜ!」

 茶化す声が方々より飛んでくる。

五月蝿うるせえ! 帆に逆さ吊りにするぞ!」

 しおり酒の入った瓢箪ひょうたんを持ってきた部下。……純友は、その手から強引に引っ手繰り、一口飲む。
 更に口に含み、酒を右手に吹き付ける。――痛みによりしかめめ面になる純友。

「ぐ……噛み締めるための木片と熱した刀を持ってこい!」

「へい!」

 手早く、赤熱する刀と木片を純友すみともに渡す。――純友は木片をしっかりと歯で噛み締める。

「いふぞ……いふぞ!」

 気合いを入れ、左手に持った刀の峰を右手の傷口に――押し当てる。

「ぐふうう――!」

 船上に肉が焼ける匂いが充満して行く。
 純友は苦悶くもんの表情を浮かべ……痛みにより噛み締めていた木片が噛み砕かれる。

「ふぬ…ぐふう、これで良いか」

 滝のように汗を流しながら、焼けてただれている傷口を見る。

「男前に磨きがかかりましたよ」

 冷やかしが周りから飛んでくる。

「くそが、お前らにこの酒は分けてやらん」

 純友はしおり酒を手に取り、一気に飲み干していく。

「そんな! 一口くらい……嗚呼、良い酒なのに」

 海賊の面々は落胆して、がっくりと膝をついていく。
 そんな折に、物見をしていた男から報告が飛んでくる。

かしら! 追討ついとうの船が追ってきてます!」

 俄かに騒がしくなる船上。部下達は純友の指示を待つ。

「あん? そうか……あの化け物みたいに強い男とは手打ちになったが、朝廷の奴らとはまだだったな」

 純友は左腕でひげを弄り、無くなってしまった右手を見ながら少し考え空を仰ぎ見る。
 海鳥が空を飛び、空を侵食していた暗雲は晴れ始めていた。

「お前ら、憂さ晴らしといこうか!」

 各々が様々な武器を手に持ちながら、雄叫おたけびをあげる。

「うおおお! それでこそ頭だ!」

「やってやりましょう!」

 猛々たけだけしい海の男たちを見ながら、純友は大きく声を出し笑う。

「他の船に壱岐国いきのくにに向かうように矢文を放っておきますぜ」

「おう、気がきくじゃねいか」

 追随ついずいしていた海賊船に向けて、一斉に矢文が放たれーー揺れる船上から外れることなく、船体へと真っ直ぐに飛んでいく。
 船体に刺さった矢文を取り、指示通りに壱岐国いきのくにへと進路を取り始める。
 船を見送りながら、純友は声を張り上げる。

面舵一杯おもかじいっぱい! かいも左舷だけ漕げ! 蹂躙じゅうりんの時だ!」

 追討の船に向かって、くるりと反転し純友の船は進んでいく……気炎きえんを上げる海賊の面々を乗せて。

 反転して来た、純友の船を見ながら、大将らしき男は思案する。
 
「うむ、致し方無いな。追いかけて、調べるだけと厳命されているが……近づいて来た船を迎撃しなくて良い。とは言われていないからな」

 大将は手を挙げ、船に乗る全員に大きな声で通達する。

「弓矢を構えよ! これより、海賊の討伐に移るぞ!」

 全員が弓を構え、弓矢の有効範囲まで待つ。
 静かな船上に波音と弓を引き絞る音だけが響く。――すぐそこまで迫ってくる海賊の船。

「今だ! 放て!」

 一斉に放たれる矢……次々と純友の船へと到達し、段々と矢だらけになっていく。

「これくらいで良いだろう、乗り込め!」

 追討軍の面々は接舷し、木の板を船と船に渡すようにかける。
 大将らしき男の号令とともに雄叫びを上げながら、純友の船に一列になり乗り込もう――と、したところを船より飛んできた斧が甲板に刺さり邪魔をされる。
 男達の視線は斧に注がれる。――切れ味鋭そうな斧に。

「俺の首は……お前ら雑魚には勿体無いわ! ぬぅえい!」

 上空よりの奇襲きしゅう――
 斧に注意を取られていた男、その頭は純友の振り下ろした斧により、眉間のあたりまで割れる。
 純友は空かさず、割れた頭の男の腰元から刀を抜き取り、男の体を蹴飛ばす――後ろに控えていた男諸共に。

「か……かかれ! す、純友を。藤原純友を殺せ!」

 脅威を目の当たりにし、止まっていた大将らしき男はやっとの事で言葉をひねり出す。
 男達は抜刀するが、手に持つ刀はカタカタと震えている。

「か、覚悟!」

 意を決した一人が真横より刀を振り下ろす……が、避けられ甲板に叩きつける形になったところに、純友の膝蹴りを顔でくらい倒れたところを一刺し。

「がっは! 弱いぞ! 陸で惰眠を貪っているからだ!」

 純友はその隣にいた男の首を正確に刀で突き、力任せに横に振り抜き、何が起こったのか分からない顔のままに血泡で濡れる。

「しゃっ!」

 振り向きざまに、純友の背後より刀を振り上げていた男二人の頭を荒々しく刎ね飛ばす。
 純友は荒々しく、片手が無いにも関わらずに次々と刺し、首をねる。――甲板に血が満ちていく。

「最後はお前だ」

 血に濡れた刀で指す……さながら、海の怪物による死の宣告。
 それは大将らしき男に向けられていた……男はみるみると海のように青くなり、あろうことか逃げ出そうとする。

「助けて……たすけ――ああ!」

 純友が男の足に向かって投げつけた刀が刺さり、あえなく転ぶ。

「駄目だろ、船長が逃げたら……黄泉への航海に出た部下が無事に辿り着けないだろうが」

「なんだよ……それ、意味がわからない」

 ニヤリと笑い、純友は男の頭を右の小脇に抱えるようにする……

「むん!」

 腕の力だけで首の骨を折る。

「何、海の男のちょっとした意地だよ……お前らそっちは終わったか!」

 血に濡れた顔を拭いながら、純友は部下達に声をかける。

「憂さ晴らし、終わりましたぜ!」

 部下達も、また血塗れになりながら反対側から純友の前に姿を現わす。

「よし! 壱岐国いきのくにに行くぞ!」

 矢だらけになった船に戻り、壱岐国いきのくにを目指して進んで行く。

「頭、次はどこに行くんですかい?」

「そうだな……大陸に渡るか、それか西の果て……天照大神を目指して行くのも良いかもな」

 空は曇りなく、風も良好、絶好の航海日和。――笑い声とともに船はゆく、見果てぬ先を目指して。
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