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将門の過去
ヘンリン
しおりを挟む平将門が平國香の私兵と激突した一刻の後。
良乃は民を逃し終え、十騎の武士を引き連れ将門の元へ駆ける。
「良乃義姉さん、将門兄いは無事だと思うか?」
先頭を馬に乗り、駆ける良乃の右後方より声をかける男。
「勿論さね! ほら、将頼! 速度を上げな! さっさとしないと本当に将門が死んじまうよ!」
良乃の背後より付いて来る、年若く将門とよく似た顔立ちの騎馬武者。――将門の弟である、平将頼に発破を掛ける。
良乃は馬が潰れる手前まで速度を上げ、騎馬武者達を置き去りにし、駆ける。
「見えた! 将門! あんたの弟を援軍として連れてきたさね!」
彼方より、将門を捉え、思わず耳を塞ぎそうになる程の声を張り上げる良乃。
将門の耳に良乃の声は届かなかったのか、傾いた陽に照らされて、大きな影法師がゆらゆらと揺れるのみであった。
「将門! こっち向きな! ――っくな、馬の脚が……クソ」
――馬の脚が雨も降っていない地にて、泥濘に嵌まり、嘶きを上げ、つんのめりながら馬が転ける。
良乃は前方に飛ばされ、顔から泥に滑り込む。
「チッ……口に泥が……なんだこれ? 赤いみ――」
泥だらけになった顔をあげ、泥を吐き出しながら、地面を見る……良乃の顔は驚愕に染まる。
「違う、血だ……将門、あんたどれだけの人を屠ったんだい」
大地を染め、血河は溢れる様に流れる。
血河の流れに逆らう様に将門の元に行く為に、顔を拭いながら走る良乃。
戦さ場の匂い、死臭が蔓延する地。――夥しい屍を踏み越え。
将門まであと少し……あと七歩で手が届く距離まで近く良乃。
「まさかど――」
「我……魔人ナリ」
ゆっくりと……動かしにくい石臼の様にゆっくり、良乃に振り向く将門。
上半身の着物は何度も斬りつけられたのか、ボロ布となり、逞しい肉体を露わにしていた。
「マモルため」
一歩……将門の肉体は返り血を浴びすぎたのか、赤黒く変色し、目には魔が宿っていた。
「幾百幾千を殺し尽くし」
二歩……将門の体は限界が近いのか、今にも崩れ落ちそうなほどに揺れながら。
「魔人と成り果てヨウトモ、我は民を守護セン」
三歩……将門は刀を抜き放つ。
どれだけの人を斬ったのか、切っ先は欠け、刃こぼれが遠目に見ても分かるほどの刀。
「将門……あんた、屍の怨念や言霊に飲まれかけているんだね!」
歯噛みをする良乃、腰に挿した刀を抜く。
四歩、五歩と近く将門に対して刀を向ける。
「おぉおお!!」
魔人の咆哮――
将門の体は、とうに限界を迎えているのか、刀を振るう動きに精彩を欠き、鋭さ無く、ただ力任せに振り下ろす。
「はっ! そんな蝿が止まりそうなほどに遅いなんて――」
「義姉さん! 将門兄いの狙いは足元だ!」
背後より、少し遅れて到着した将頼より忠告が飛ぶ。
「なん」
刀は地へと叩きつけられ、捲れ上がる大地。
屍が天へと塵芥の如く舞い上がり、同じように良乃も天高く飛ばされ、手足をばたつかせる。
「これは死んだかね……短い人生だったねぇ、将門……あんたの子が……」
ばたつかせるのを諦め、頭から地面へと落下する良乃。
「諦めるな! 今助けに――ぐっ! 数人がかりでも兄いを止められんか!」
将門の体を何度も刀で斬りつける武士達……しかし、鉄のように硬くなった将門の体には傷一つ付かず。
――逆に将門は鉄拳を用いて刀を折り砕いてゆく。
天高くより、地に落ちる椿の花――刻限が迫る。
「兄い! あんたの嫁が死んじまうぞ、早く正気を取り戻せ!」
必死に将頼は、将門へと呼びかけるが反応薄く、武士達を殴り飛ばしていく。
その拳打は鎧を砕き四散させ、骨を折り曲げる。
「もう駄目か……義姉さん、兄い」
将頼は諦め、膝を地に落とし、目を瞑り、将門の鉄拳が顔目掛けて放たれる。
風切り音が鳴り鉄拳が直撃――
「良乃様に将頼様……諦めるのは早いですぞ」
風に乗り、しゃがれた声が両名の耳に届くき、良乃は一瞬跳ね上がった感覚と共に足から着地する。
「あれ? 生きているね、儲けもんだねぇこれは」
将頼も、固く瞑った目を恐る恐る開けると……鼻先で止まっている将門の鉄拳。
「何故か知らないが……助かった」
目を凝らすと将門の腕に絡みつくように、黒い髪の毛――
一本や二本ではなく……束になった髪が幾本もが将門の手だけではなく、首に足にと絡みついている。
黒衣の四人が髪の元を持ち将門を留めていた。
「我ら、飯母呂……主のために此処に参上」
しゃがれた声の将門に翁と呼ばれた男が、良乃の横から現れる。
「あんたらが将門の言っていた『ふうま』だね」
良乃の言葉に翁は首を横に振る。
「その名は我らではなく……次の代の者に……我らはただの影……飯母呂と呼んでいただければ」
「そうかい……なら飯母呂の翁、将門を戻す手立てはあるのかい?」
「我らには怨念を操り、自身の力にする技法があります故……御安心召されよ」
翁は良乃へと軽く頭を下げ、髪に捕らえられ、吼える将門へと近づく。
「我が右腕は鬼の腕」
翁の右腕が暴れるように動きだす――
露わになった右腕は人ならざる腕、爪は長く黒く変色し、赤黒い肌に体とは不平衡なほどに長く逞しい腕。
「此の世ならざる腕は、定命の者に取り付きし悪鬼を捉えん」
将門の丹田へと腕が伸び……将門の体内へと腕が入っていく、血の一滴も流れず、何も無い穴へと腕を差し込んだように、抵抗も無く。
「捕まえた……ぬお!」
鬼の腕が勢いよく引き抜かれ、その手には黒靄をしっかりと掴み、将門の体内から引き摺り出す。
「さあ……丹となれ悪鬼よ」
翁の言葉に反応し、鬼の掌で黒靄は集まり、掌を閉じ、開けば四つほどの黒い丹となる。
「終わりましたぞ」
その言葉と共に将門を捉えていた髪の束の拘束は解かれる。
将門の肌の色が元に戻り、気を失っているのか膝をついたまま動かない。
良乃は将門へと走りより首筋に掴まる――その瞳から一筋の涙が流れ、気を失っている将門の首筋を濡らす。
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