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将門の過去
スワル
しおりを挟むむくつけき男三人、板張りの部屋で深刻に顔を突き合わせる。
三人とも一様に頭を抱え、口を開かずに唸る声だけが虚しく流れる。
そんな三人から二歩ほど下がった場に座り、目を瞑る、初老と思われる男がゆっくりと言葉を発す。
「まさか……呪に侵された平将門が大暴れとは災難でありましたな。実に……実に面白い見世物でありましたぞ」
重苦しい空気を読まず、含み笑いをしながら言いたいことを言い切る初老の男。
三人の中で一番年若い、平良正が初老の男へと向き直り、目を見開きながら言を荒立てる。
「災難と! 百余りの手勢を一気に失ったのを! 剰え、見世物と! それはあまりにも言葉が過ぎませぬか、望月三郎諏方殿!」
口角泡を飛ばしながら、今にも食い掛らんとする勢いで身を乗り出しす。
「そう熱り立ちなさるな、悪い話ばかりではない……娘の活躍により、平将門の稀有な力。ーーあの一等、厄介な力。それは呪を封ぜる為に、その内に向いておる……」
望月三郎諏方は三人を焦らす様に、ゆっくりと時間をかけながら語り始める。
三人は息を呑み、望月三郎の次の言葉を待つ。
斜陽がさらに鋭利になり、望月三郎の顔に影が落ちる……そこには妖しく輝く二つの鬼灯の実のように朱い目玉。
三者ともに蛇に睨まれた蝦蟇のように身動きが取れなくなり、じっとりと湿った脂汗が首筋をゆっくりと垂れ流れる。
「そ! それが何だと言うのだ! 早く続きを言わんか! 言わねば、その素っ首、叩き落すぞ!」
朱い目玉に凝視されるのに耐え切れず――次兄である平良兼が吠え、即座に刀を手に取り、片膝を立てながら、刀の切っ先を望月三郎の首元へと向ける。
当人は首元へ刀を押し当てられても、ちろり、ちろりと舌なめずりするように長い舌を出しながら微笑む。
「ふふ、勇ましや……その勇ましさに免じてお教えしよう。つまるところ、刺せば紅梅色の肉を覗かせ、斬れば、艶やかな血がほとばしる。その鉄身は失われたということ」
静寂に包まれた場に平良兼は唾を飲み込む、その音はいやに大きく鳴る。
一呼吸置き、平良兼は口を開く。
「つまりは我々の手でも、望月三郎殿のような異形の力や、将門の様な神がかり的な力が……」
望月三郎は切っ先を突き付けられてるにも関わらずに柏手を勢いよく打ち鳴らす。
「そう! おめでとうございます、力が無くても人の手で、憎き将門を殺めることが可能となり申した」
ゆがんだ笑みを浮かべ、望月三郎は斬れるものなら斬ってみろと言わんがばかりに、突き付けられた刀身に舌を這わす。
「しぇあ!」
その挑発に乗り、良兼は短い気を吐き――その手に持ちたる刃を望月三郎の喉仏に突き立て、切り裂き降り抜く。
が……しかし、望月三郎の首は地に落ちず、血の一滴も流れずに健在であった。
「狙うは暗殺に失敗した老いぼれ棟梁の首ではなく、人に堕ちた将門の首ではござりませんか?」
朗々と語る望月三郎の首には、白と黒のまだら模様が見事な蛇が巻き付き舌をちろちろと出していた。
対する良兼は刀身が消えた柄だけの刀を振り抜いた格好のまま、苦い顔を浮かべ歯噛みする。
「小癪な! また奇怪なる術を使い――」
その眼光だけで射殺せそうなほどに望月三郎を睨みつける良兼――
「使いおって!!」
猛る。――同時に座したままの望月三郎へと手放していなかった刀身の消えた柄を投げつけ、組みかからんとする。
望月三郎の首に巻き付いていた、まだら模様の蛇が投げられた柄を、その赤い大口で飲み込む。
その光景に良兼が目を奪われた、一瞬にして座していた望月三郎は良兼の背後へと回り、蛇の尾っぽを持ち良兼の首筋へと巻き付けていた。
「くく……蛇を押し当て何のつもりよ」
「おやおや……一騎当千の勇士である平良兼様には、いまだに刀が蛇に見えなさるか」
その言葉に驚き、良兼は目を下に向ける……そこには良兼が振るった刀、刀身も柄の欠けが一切ない完全な形の刀が首筋に押し当てられていた。
「さて、少し力を入れれば首筋に食い込みますが……平國香様、いかがなさりましょうや?」
平國香は望月三郎と良兼の始終を見聴きし、顎に手を当てながら熟考し、重々しく口を開く。
「あい分かった……先ずは良兼の短気を謝ろう、そして将門暗殺の失敗に被害の過多は不問とし、……そして報酬は色を付けて渡そう」
その話に驚きの表情をする、平良兼と平良正。
「國香兄上、それは温情をかけす――」
今まで望月三郎と良兼の廻る攻防を目を皿にして見ていた、平良正は抗議の声を上げようとするが……
「だまらっしゃい! 馬鹿者! 我らのために娘を失ったのだぞ……主と暗殺者という関係だが、礼を尽くすのが筋というものであろうが」
國香に正論を語られ、目を見開き、音が響き渡りそうなほどに歯噛みする両名。
対照的に目を細めたまま、冷たい爬虫類を思わせるような笑みを張り付かせたままの望月三郎はゆっくりと息を吐く。
「國香様は、よくよく話の通ずるお方で……失敗した暗殺者に報酬は不要、損害の補填に充てられるのがよいでしょう」
望月三郎は良兼の首元に当てていた刀を下げ、そのまま床へと突き立てる。
「本当に、それでよいのか? 望月三郎諏方殿」
平國香は破格の案を図らずも蹴った望月三郎を奇異の目で見る。
「ふふ、國香殿。我ら、望月は今後一切、平将門にも与しませんので……そこだけはご安心なされよ」
望月三郎は衣擦れ音も無く立ち上がり、足音もなく闇へと歩き始める。
「そうだ、良兼様――どのような形でも娘を奪われるのは半身を失うが如く。ゆめゆめ、お忘れなきように」
良兼へと忠告を残し、闇に溶け込むように望月三郎は消えてゆく。
「娘……良乃か? 望月三郎! 一体何を知っている! 何か良乃にあったのか!」
良兼の怒号に反応なく、陽が傾き闇が深くなってゆく。
望月三郎諏方は平國香の居の近くに生える一本杉の天辺で佇む。
険しい顔つき――狙いを研ぎ澄ませるように一点を見る。
「ふふ、一度、平将門には娘が世話になったと言いに出向かなければならんな」
首元に巻いていた手ぬぐいを口元まで上げ、杉より飛び降りる。
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