異聞平安怪奇譚

豚ドン

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将門の過去

サツキのある日

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 傷だらけとなった将門まさかど黒丸くろまるは、将頼まさよりらの元に戻ってくる。
 
「兄い……大丈夫ですかい? だいぶ傷だらけですが?」

 将頼は暢気のんきに水を飲みながら……賭けの配当を勘定し、部下たちに渡している。 

「うむ……大事ないぞ。しかし、身を滅ぼす程に賭けに、のめり込むなよ? それよりも望月三郎もちづきさぶろう殿がどこにいるか知らんか?」

 笑う部下たちに、望月三郎の居所を問う将門。
 
望月三郎もちづきさぶろう殿なら、向こうの厩舎きゅうしゃに行かれたみたいですよ」

 指さす方向は黒丸が出てきた厩舎とは別に。……これまた大きな厩舎であった。

「そうか向こうの厩舎か。よし黒丸、挨拶に行くぞ」

 将門はくらも付けずに、裸馬の黒丸に跨り、ゆっくりと望月三郎の元へと向かう。

「やはり、規格外な御方だな」

「あんな巨大馬を手懐てなずけて、あまつさえ裸馬に乗るなんてな」

 男たちは、平将門という男の規格外。――常識という尺では図り切れないモノを目の当たりにし、敵とならずに良かったと、胸を撫で下ろす。


 厩舎の中では左右に分かれ、二十頭の竜馬が並んでいる。
 その様は厩舎きゅうしゃという、狭苦しい檻の中にあっても、荒波の如く雄々おおしく……並みの兵ならば、見ただけで恐れる程であろうと、容易に想像できる。
 将門は竜馬りゅうめよりも遥かに大きい。――大竜馬の黒丸に跨り、望月三郎の前へと立っていた。

「望月三郎殿。……ここに居られましたか」

 降りやすいように屈んだ黒丸より、するりと下馬する将門。
 その姿を見て望月三郎は感嘆の声を漏らす。
  
「すっかり、信頼関係を結んでおりますな……嬉しいやら悲しいやら。お代は竜馬二十頭の分で黒丸も、どうぞ、将門殿の傍に連れて行ってやってください」

 望月三郎は思いを巡らしているのか、複雑な顔をしながら。

「では、望月三郎殿。竜馬二十頭と黒丸、しかと貰い受けました。――しかし、本当に黒丸の費用は支払わなくてよろしいのか?」

 将門は首を傾げ、頭を出してきた黒丸を撫でる。
 
「その馬には、ほとほと手を焼いておりましてな……人嫌いで乱暴であり、子を成そうとせず、近づいてきた牡馬ぼばは全て蹴り殺しましたからな……有り体に言えば、良い厄介払いが出来たというものです故、お気になさらず」

 からからと笑う、望月三郎。……抗議するように黒丸は、頭で望月三郎を小突く。
 望月三郎は小突かれるのを嫌い、三歩程離れる。
 
「こりゃ、堪らん、このじゃじゃ馬め」

 望月三郎は憎まれ口を叩きながらも、満更でもなく……しかし、どこかその表情には哀愁あいしゅうが漂っていた。
  
「将門殿、儂が己の手で育て上げた……黒丸をどうぞ、大事にして下され」

 深々と頭を下げる望月三郎。

「そういえば……話は変わりますが、娘。望月三郎殿の娘である、望月千代もちづきちよの墓は何処いずこに? 手だけでも合わせておきたいのだ」

 将門は聞かぬ方が良いと思っていたが……聞かずにはいられなかった。

「墓ですか……」

 まさか将門の口から、出てくるとは思い至らなかった娘の名と話。望月三郎は驚き、ほんの一寸ちょっとの間だが動きが止まる。

「墓などありませぬよ。千代という名は、その代に置いて、一番に優れた者が継ぐ名。故に……また本家分家等を問わず、志願した者を育てるまでの話なのです」

 望月三郎の口から語られる話。それは将門達とは、また違ったことわりであった。

「そうか……こればかりは部外者が口を挟むことではないな。要らぬことを聞いてしまった、許してくれ」

 頭を素直に下げる将門。――しかし、その手だけは固く、握られていた。

「将門殿、此方こちらも一つ聞かせて貰いたいのですよ、色々としている話は方々から聞いておるのですが……将門殿は何を成したいのか、何を成そうとしているのか」

 望月三郎の純然たる興味。――理念りねんも、起こす行動も、全く違う、将門に対する興味。
 将門は、ゆっくりと息を吸う。

「太古より……世は弱肉強食。弱い者は喰らい尽くされ、強者は肥え太り、腐敗し始める」

 今まで多くは語らずに、その胸の内に秘めていた思い。

「それを少しでも変えたいのです……強者で無くとも、誰もが笑顔で日々を暮らせるように……」

 望月三郎も黒丸もが、将門の言に聞き入る。

「その為に……強者からの脅威には、この身体をたてにしてでも、守ってやりたいのです。……それが強者特有のおごりだと罵られようとも!」

 胸を張りながら、自らの右拳で、自らの胸を叩く将門。――その顔に一片の曇りも無く、双眸そうぼうは、どこまでも澄んでいた。

「平将門殿……その道を、どこまでも真っすぐに進んでくだされ。我らとは、やはり交わらぬ道でしょうが、商売はできますからな」

 男二人は、顔を見合みあわしながら笑う。

望月三郎諏方もちづきさぶろうよりかた殿の……手塩にかけて育てた、珠玉しゅぎょくの一頭ともいえる黒丸を。この平将門……しかと貰い受けました、大事にしまする」

「さて……将門殿は一日か二日ほど、竜馬の慣熟かんじゅくの為に滞在なされるでしょう。良い酒があるので一献どうでしょう」

 にこりと笑い、指で杯の形を作り、くいっと手首を曲げる、望月三郎。
  
「ご相伴しょうばんに与ります、望月三郎殿」

 商談の成功を祝い、宴が行われる。――牧の人間も、将門の部下も、夜遅くまで大いに騒いだ。

 その後、二日間に渡っての竜馬りゅうめ慣熟走行が行われた。――誰もが、触ったことも、見たことも無かった竜馬に苦戦したが、生傷を幾つも作りながら馬との絆を深めていった。


 ――たくましい竜馬がくつわを並べ、今かと今かと身震いさせながら待つ。

「では、望月三郎殿。息災でいてください」

 軽く会釈をし、黒丸に跨る将門。
 多くを語らず頷き、見送る望月三郎。娘を送り出すような面持ちであった。
 
「よし、お前たち準備は万端だな。これより豊田郡に帰還するぞ!」

「おおお!」

 男たちの掛け声と、馬の嘶きと共に、将門達は出立する。――先頭を駆ける黒丸と将門。それに追随するように竜馬と普通の馬が駆けてゆく。



 桜が咲き誇る、季節が終わる。
 初夏の陽気を帯び、くすのきに白く愛らしい花が咲き誇る頃。
 平良兼たいらのよしかね公雅きんまさ公連きんつらの兄弟は豊田郡へと招待されていた。

「ふむ……上手い事、荘園も経営しているようだな。……しかし、将門め。面白いものとは、いったい何の事だ」

 良兼は、ぶつくさと言ちながら、馬を歩かせる。

「父上の機嫌がすこぶる悪いが……公連きんつら、何か知っているか?」

 良兼を後ろから追う、公雅きんまさは、ひそひそと耳打ちするように公連に聞く。
  
「そらあ……姉上からの便りが、春から途絶えてるのと。今回、急に呼びつけられたのが主じゃないかね」

 さもありなんと思いながら、二人は父である良兼の後を追う。
  
 将門の居住する屋敷へと、たどり着いた良兼一行は将門より歓迎を受ける。
  
しゅうと殿! お久しぶりでございます!」

 笑いながら大きく腕を広げ喜ぶ将門。

「ふむ、娘は、良乃は息災であろうな? ここ最近、便りが届いておらぬのだが……」

 娘の身を案ずる父として、剣呑な雰囲気を醸し出す良兼。
 
「良乃! しゅうと殿が到着なされたぞ!」

 将門は良兼の機嫌の悪さに付き合わずに、良乃を呼ぶ。――屋敷の玄関から良乃は、ゆっくりと腕に何かを大事そうに抱えながら出てくる。
  
「ちょっと待ちな。こちとら初めての事なんだから」

 その言葉に首を傾げる良兼達。
  目の前まで良乃がやってきて、先の言葉の意味を理解する三人の男達。
  
「ほら、父上――」

 良乃が、良兼の顔元に両腕で抱えるものを近づける。
  
「――っふぐ。良乃……お前の子か?」

 良兼の口から、今までに聞いたことの無いような声が漏れる。
  
「当り前じゃないの。正真正銘、あたしの娘で、父上の孫さね」

 眼から雫を垂らしながらも、孫の小さい手をつつく良兼。

「舅殿。この子の名を決めてほしいのです」

 将門からの提案を、正しく飲み込むのに幾許かの時間が掛かり、呆けたようになる良兼。
 ややあって、良兼は唸り始める。――その間に公雅と公連の両名は、姪っ子の頬をつつき、良乃に脛を蹴られる。

「さつき……そうだ、皐月さつきに生まれ、花のサツキのように丈夫に育つように。さつきと名付けよう……字はそのままでは捻りがないから……五と月で五月だ」

 良兼は優しい面持ちで、御包みで包まれた五月の頭を優しく撫でる。

「さて、舅殿……もう一つ見てもらいたい物があるのです……名残惜しいでしょうが、一緒に来ていただけますかな」

 将門の誘いに応じ、良兼は名残惜しくも手を放す。
  
 将門の屋敷の裏手にある、ただっぴろい平野にて。……幾本かの案山子かかしが立てられていた。
 将門と良兼に公雅と公連の四人は徒歩で来ていた。

「将門……こんなところでいったい何を見せようというの――」

 良兼が言いかけた時に、何処からか地響きが聞こえてくる。
  将門は喋らず、笑みを浮かべながら平野を見ている。
 ――騎馬の軍団が駆けてくる、力強く地を蹴り、たてがみなびかせながら。
  
「おお! 何という大きい騎馬だ!」

 将門を除いた、三人は目を見張り、その光景に食いつく。
 騎馬は一つの生き物の様に駆け、案山子に向かって突撃していく。――すれ違いざまに手に持つ太刀で斬撃を浴びせてゆく。
  
「将門……これが見せたかったモノの……本命の方だな!」

 良兼はその光景を、目に、脳裏に焼き付けるように見る。
 
「ええ、そうです。騎馬による高さと速さを生かし、太刀による斬撃により、敵を倒す」

 将門は、したり顔で説明する。

「この突撃は止められんだろうな……しかし、弓に対する備えは?」

 良兼からの鋭い指摘。――回答を用意していたのか、詰まることなく語る。
  
「弓は右方からの攻めに滅法弱いので、なるだけ速さを生かし、右方に位置取ることが重要ですな。――他にも策や、用兵について舅殿と語りたいところ、なのですが……陽も傾いてきたので、続きは屋敷で、としましょう」

 良兼は頷く。公雅と公連の二人は童のように、目を綺羅つかせながら、いつまでも騎馬を見ていた。
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