異聞平安怪奇譚

豚ドン

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将門の過去

酒呑の隠れ里にて

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 深々と降る雪。
 積もりに積もった雪は山々の音を吸収し静寂せいじゃくを作る。

 酒呑しゅてん将門まさかどは村の広場で少し離れ、顔を見合わせながら対峙していた。
 酒呑の足元には切り出され、枝を落とし、牛の胴体ほどの太さもある、玉切りにされた大量の唐松からまつの丸太。
 対する将門は刃巾ははばが広く、斧身が厚く。更には色付けされていないが龍が彫られ、柄までが黒鉄で出来た大鉞おおまさかりを構えていた。
 
 ひりつくような緊張感が流れる中、将門は白い息を吐き出しながら笑う。
 酒呑も笑い、足元の丸太を片手で持ち上げ、将門の真正面へと投擲とうてきする。
 将門は飛来してくる丸太の中心を見定め、一寸の迷いも無く大鉞を縦に振るう。――肉厚な刃が絹衣きぬごろもを寸断するかの様に、丸太を縦半分に割き、背後へと落ちる。

「酒呑! もっと投げてこい」

 将門は大鉞を片手でくるりと回しながら、挑発する様に、人差し指をちょいちょいと動かす。

「そう。……じゃあ、どんどん行くよ!」

 酒呑は丸太を宙に蹴り上げ、断面をてのひらで押し、将門の方へと飛ばしていく。

「かは! そうこなくてはな!」

 飛来する丸太を小気味良く寸断し、将門の足元や背後には半分となった丸太が山の様に積み上がっていく。
 小気味良く、飛来していた丸太が止まる。――酒呑の足元の丸太は既に無くなっていた。

「将門、こっちの丸太が無くなったから場所を交代しよう。そうだ、もう一本追加するかい?」

 酒呑は笑顔で将門の元へと歩き近づきながら、将門が手に持つ大鉞を指差す。
 将門は片手で鉞を悠々と振り回し、しっかりと頷く。

「うむ、何故か、しっくりと手に馴染む。もう一本追加しても問題はないだろうな。……しかし、それにしても」

 くつくつと笑う将門。
 何故そこまで可笑しいのか酒呑は首を捻る。

「なんだい、何処に笑いのツボがあったんだい?」

 純粋な疑問から酒呑は問う。

「なに、今まで鉞など使った事がないのに手に馴染むのが、何故かと考えたらな。……これは今生こんじょうの経験の賜物たまものではなく」

 将門は天を仰ぎ見ながら、言葉を区切り、白い息を吐き出す。

輪廻りんね転生てんしょうというものがあるのではないかと。遠い前世で木樵きこりでもしており、つちかった記憶や、経験がこの身に受け継がれているのかもしれんと思ってたな。……今まで考えた事も無かった事柄が頭に浮かんだのが、少し可笑しくてな」

 童の様に楽しそうに自らの考えを述べる将門に対して、申し訳なさそうな顔をする酒呑。

「輪廻転生はあるよ。だけど、すでに人の理から外れつつある将門に来世は――」

「良いのだ、負い目を感じる必要はないぞ酒呑。元より来世などがあるとは思っていない。……馬の様に懸命に走り、命尽きる時まで駆けるだけよ」

 酒呑は言いよどんだが、後悔など何も無い表情をしながら、はっきりと言い切る将門。

「ありがとう。……よし、あとちょっと仕事を頑張ってもらおうかな。誰か! 鉞を持ってきて」

 酒呑の言葉にあどけない顔をした小さい童が反応し、軽快な足取りで納屋の方に向かってゆく。
 少しすると大人でも片手で持つのは苦労するはずの鉞を片手で持ちながら将門へと駆け寄ってくる。
 そのわらべは綺麗な黒髪と、額の辺りから二本の樹木の様な見た目の角が生えているのが特徴的であった。

「おじさん、これ」

 そう言いながら必死に背伸びをし、将門へと鉞を手渡そうとする。
 将門は弓手で童の頭を軽く撫でてから、鉞を受け取ると、にこりと笑いながら童は走り去ってゆく。

「しかし、角か。……ここでは稀に見かけるが、不思議なものだな。鬼の奴らの骨の様な角や黒金の様な角とは、また違っている」

 頭をひねり、冬眠を終え、穴倉から這い出てくる熊の様なうなり声を出す将門。

「僕たちは単純に竜角りゅうかくと呼んでるね。……竜と人の合いの子だったり、先祖に竜と交わった者の子孫であった子が生えたりするね」

 からりと笑う酒呑。

「そうか竜角と呼んでいるのか。……酒呑は八岐やまたの子であるから、さぞや立派な竜角があるのだろう?」

 将門は両手に一本ずつ持った鉞を頭に乗せて戯けて見せる。
 酒呑はきょとんとした後に大口を開け、腹を抱えて笑いだす。

「ま……まさかど、笑い殺す気なのかい」

 今にも背後に倒れ込みそうなほどに、身体を退け反らせてから落ち着きを徐々に取り戻す。

「そうそう、竜角は生えてるよ、術で見えないようにしたり、体内に引っ込めたりしてるけどね。その鉞よりも、太くも無いし長くも無いけど、竜角を見せてあげようか?」

 酒呑は両側頭部の辺りに人差し指を立てながら、将門の顔を覗き見る。
 将門は鉞を小脇に抱え、小憎たらしい表情をする酒呑の額を軽く指で弾く。

「それは薪割りを終わらしてから、ゆっくりと見せてもらおうか」

 二人は場所を入れ替わる様に、持ち場に歩いてゆく。

「それもそうだね。たたらの火の為にも竃の火の為にも大量の薪と炭が必要だからね。……定期的に燃ゆる水とか燃ゆる土が手に入れば、楽なんだけどね」

 酒呑は手に入る事のない物を頭に思い浮かべながら、遠い目で遥か遠くの東の空を眺める。

越州えっしゅうの物だな。……坂東の方でならば距離も近く定期的に手に入る故、この里の皆で移り住んで来ても良い。……それまでに分け隔てなく安寧に住める様にしておく。約束する」

 将門は確固たる意志を宿した瞳で、真っ直ぐと酒呑を見る。
 数度、目元を腕で擦る様に拭った酒呑はにかりと笑いながら、半分に切れた丸太を担ぎ上げる。

「なら、首を長くして待っているよ。我が盟友、平将門」

 酒呑は次々と丸太を将門へと投擲を開始する。

「かは! 酒呑よ、任せておけ! 京が人だけの閉ざされた都ならば! 新しく作る東の京・・・は、まつろわぬ民をも迎え入れる、開かれた水の都を作ってやろう!」

 将門は嬉々としながら語り、まさかり二本を自在に両の手で操り、投擲された丸太をさらに細くしていく。

 周りで仕事をしながら見ていた者たちは、酒呑と将門が、雪の中でじゃれ合う童の様に見えたのか。……つい誰しもの口元が綻ぶ。




 さらさらとした灰が敷き詰められた坩堝るつぼ
 男衆が坩堝にゆっくりと、赤々と輝く鑠金しゃくきんを注ぎ入れ、もう一人の男衆が動物の皮と木で作られたふいごを手に持ち、鑠金に空気を大量に吹きかける。
 灰と火が軽く舞いながら、けていた金属の湯は徐々に灰へと吸い込まれてゆく。――灰の上に残るは銀光ぎんひかりが艶かしい粒。

「これが灰吹と呼んでいる精錬。……の簡単な方法」

 腕を組みながら鼻高々な様子の男衆と酒呑。

「これは今まで見たことも無い画期的な方法だな。……いや、まさしく秘術と言っても良いのではないか?」

 将門は灰の上に転がる銀粒を指先で摘み上げ、指で弄くりながら信じられないといった表情をする。

「大陸の西域の方では古来から行われているやり方だしね。……秘術とは違うよ」

 そう言いながら懐から銭を取り出す酒呑。

「一度だけ、善意で都の職人に伝えたのだけどね。今の銭の粗悪なところを見ると。……戦さや政変で失伝してしまったかな」

 ため息混じりに銭を指の腹で撫でてから将門に投げ渡す。

「将門、この灰吹を応用すれば質の悪い銅銭から銀を取り出しつつ、質の良い銅銭に作り替えれる。――新しい都を作るんだ、幾らでも銭は必要だし、質の良い銭が出回れば、皆が潤うよ」

 銭が足りないのであれば私鋳銭しちゅうせんを作ってしまえと言い放つ酒呑に少々、頭を悩ます将門であった。
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