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第H章:何故倒された魔物はお金を落とすのか

奇跡と魔法/2:宇宙が数学で書かれているから魔法も数学で方程式にできる

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「それで、その魔法ってのは、どうすれば使えるようになるの?」

 隣にはすっかり魂が抜け放心状態で突っ伏すリクがいるのだが、これは気絶魔法とか即死魔法だとかそういうわけではない。基本的に、人には魔法が使えない。人に使えるのは叡智だけだ。だとすれば、今目の前で見たものの正体とはおそらく、超高度技術だ。小型のデバイスを使用したことで、魔法にしか見えないような事象が引き起こされた。シズクはそう解釈した。かつて進みすぎた科学は魔法にしか見えないと語られたように、これは必ず種も仕掛けもあるものだと。シズクはその種を聞いたわけであるが。

「え? それって、シズクさんがもう使えなくなっているだけじゃないんですか?」

 使えることが当たり前で、使えない自分がおかしいという文化的常識の差異からなる答えが返されること自体は予測できていたが、これは少し趣が違う。

「んー、つまり、本来なら魔法は誰にでも使えるものなのだけど、これは子供の頃だけで、大人になるに従って使えなくなることがほとんど、ということ?」
「そうだと思いますけど」
「なるほど」

 これはある意味納得の行く理屈だった。聞き覚えのある話だからだ。

 かつて、昭和と呼ばれた時代。サイキッカーを自称するマジシャンは、テレビの中でスプーンを曲げるという超能力を使ってみせた。そこから世に訪れた超能力ブームの中で、数名の少年達が超能力少年としてメディアをわかせる。そのブームは、話題の少年のイカサマ現場の発見によって終わるのだが、その一回がイカサマであったことは確かであるとして、すべてをイカサマだったと断ずることはできない。当時は日本のマスメディアのようなエンターテインメントを第一とした媒体のみではなく、CIAやKGVでも秘密裏に超能力研究が行われていた時代であり、そのような機関が陳腐なイカサマに騙され続けたと考える方が不自然である。すなわち、魔法のような超能力は、元々人間に使用できるものと考えた方が自然である。

「成長と共に体が変化して、魔法を使うための器官が消えてしまう、ってわけじゃないよね。イルマは使えているから。つまり、成長と共に会得される知識が、魔法の発現を妨げるってわけだ」
「はい。そうだと言われていますね」

 つまり、魔法は「使えない」と思うから使えないのだ。それは、宝くじが当たるわけがないと考える人に決して宝くじが当たらない理屈で半分は説明できる。当たるわけがないと思うなら、そもそも宝くじを購入しない。そして、購入しなければ宝くじの当選確率は0%から動くことはない。

 そういった先入観は成長と共に経験、もしくは勉学によって培われてしまう。一方の子供にはそれがないため、サンタクロースを当然と信じるように魔法も当然と信じる。結果的に子供は魔法に挑み、そして、その中のごくわずかが、実際に魔法や超能力に見える「あたり」を引き当ててしまうのだろう。

 しかし、その「あたり」を引き当てるにも条件がある。例えば、枯れ枝を使って火を起こすことは可能だが、枯れ枝を振り回しても火がつくことはない。偶然に枯れ枝を擦り合わせた者だけが、火を使えるようになるのだ。しかし、その知識を身につける勉学は、こと魔法においては成立しない。なにせ、現代では魔法や超能力の類はまやかしであるとされているため、勉学を進めることは魔法に対する不可能という先入観を成長させることにしかならないためだ。実際に、魔法の発動方法を記した魔導書なるものは世界には存在するとされているが、一方で自らの虚栄心や名声欲を満たすために書かれたまがい物と、これらをまとめて魔導書をオカルトな嘘だとする本は本物よりも遥かに多い。本物を読めば魔法を使う方法を知ることができるとしても、それ以外を読めば「魔法などない」という経験が強化され、結果的に魔法が使えなくなるという仕組みなのだろう。

「ん、いや、でもさ。この世界には魔法が当たり前にあるんだよね?」
「そうですけど」
「なら、知識は魔法の発現を妨げる要因にならないと思うんだけど」

 そう、ここまでの話は、魔法が一般的に否定されていた現代文明での話だ。魔法が身近に存在し、あるとして認められた世界ならば、そもそも魔法などあるわけがないという先入観は生まれない。また、正しく魔法のやり方を記した本とそうでない本の識別も可能であり、正しい教本はより広まるはずである。

「では、シズクさん。手のひらを上にして前に出してください」
「え? 教えてくれるの? こう?」

 魔法が教えてもらえるという高揚感をそのままに手を差し出したシズクの手のひらに、イルマは拾った小石を載せてみせた。

「それを、腕を前に突き出したまま、肘を曲げないで、遠くに飛ばしてもらえますか?」
「難しいこというなぁ。こうかな?」

 シズクは手首のスナップだけで、小石を前方に投げた。投げるというか、落とすという表現が正しいかもしれない。ともあれ、小石は数十センチ前へ飛ばされた。

「ではもう一度。今度は、肘を曲げないという条件だけ守ってください」
「それならもう少し前に飛ばすことができるね」

 今度は可能な限り腕を後ろに回し、そのまま上から振りかぶって小石を飛ばした。ここまですれば投げるという言葉が正しく機能するだろう。結果的に、小石はより前へと飛んだ。

「最後に、肘を曲げてもいいのでもう一度」
「わかった」

 プロ野球選手の投球フォーム、とまではいかないが、石を投げるに適しているだろう正しいモーションで投げた結果、石はそれまでよりも遥かに遠くまで飛んだ。

「ではシズクさん。何故、後になるつれ石は遠くまで飛んだのでしょうか?」
「それは、物体にかかる運動エネルギーを大きくして、同時にその指向性を可能な限り直線にしてみたから? ようは、物理現象を理解してうまく使った結果だよ」
「ところどころわからない言葉があるのですが、おそらく概ね正しいのでしょうね。では、石が遠くまで飛んだのは、魔法ですか?」
「魔法じゃないね」
「そういうことなんですよ」

 きょとんと狐につままれたような表情を返すシズクを前にイルマが続ける。

「最初の一歩は確かに魔法なんです。とても不思議で、よくわからない、何故それができるのかわからない。けれど、その魔法を強化するプロセスは、理解できるんです。この世界にある様々な現象によって、魔法を強化できるということです」

 最初に石が飛んだのは位置エネルギーと重力による現象だ。イルマはおそらくこれを魔法と定義している。そして、物理学的な知見が正しい投球フォームを構築し、位置エネルギーと重力の魔法をさらに強化したということなのだろう。

「例えば、有名な水魔法使いの話です。彼は熱水を放つ魔法を得意としていました。しかし、ある程度で水の温度に上限が来たそうです。そこで彼女は水の魔法の研究を重ねた結果、この限界は同じ量の水をより小さく潰すことで超えることができると気付いたそうです」
「あー、なるほどね。確かに、水が沸騰する温度上限の100℃ってのは、1気圧での話だからね。それに気付いたってわけだ。すごいなぁ」
「私は仕組みが理解できたシズクさんが凄いと思うんですけど、ともあれ、そうして水の様々な不思議な性質を理解していった結果、彼の力はある程度までは上り詰めることが出来ました。しかし、ある日を境に彼はその力のすべてを失います。それは、彼がこれまでのことのすべてが当たり前で、魔法などではなかったと理解してしまったからだそうです」
「なるほど。魔法を強くする方法を探す中で、どこかで魔法なんてなかったって気付いちゃうってことだ。まるでピーターパンのチキンレースだ」
「たとえの意味はよくわかりませんが、そうですね。つまり、高位の魔法使いは、日々己の魔法の研究をすると同時に、その本質にある第一歩は摩訶不思議でよくわからないが、『ともあれ、そういうものだ』とする心を捨てないようにしているそうです。そして、その真理にたどり着かないことを祈っているのです」

 ごくり、とシズクは自分の喉がなる音を聞いた。それは、これまで科学の道に生きてきた自分にとってもある意味で真理であり、同時に、ずっと恐れてきたことだった。

――全然楽しくない。知識ってのはね、それを探している時が一番楽しくて、見つけた瞬間に楽しさはゼロになるんだよ。だから、私はこの世界の、全部がまるでつまらないの。

 かつての姉の言葉が心の中で強くリフレインする。姉は、終着点の理解と同時に魔法を失ったのだ。知りたいと願う好奇心と、知りたくないと願う恐怖。ほとんどの人間は、まず知るべきでない領域にまではたどり着けないからこそ、好奇心を原動力に走り続けることができる。ただ、優秀過ぎる人間はたどり着いてしまう。そうして世捨て人になったり、自らの命を絶った科学者の数は、決して少なくはない。

 シズクは、この世界の謎を解き明かすことを目的にすると決めている。しかし、もしもそれが達成されたとして、その時自分はどうなるのだろうか。宇宙的狂気に触れ、自らの命を絶たねばいられないほどの絶望を覚えるのか、それとも、その瞬間に精神的な自我と、物質的な肉体が同時に崩壊するのか。その可能性は極めて現実的だ。それはまさに、火遊びと呼ぶに他ならない。

 それでも、止めることができない。それだけ魅力的なのだ。この目の前にあるデーモンコアというものは。

「ちなみに、この最初の魔法は人によって違うそうです。先程は水の魔法の話をしましたが、火の魔法や、氷の魔法、雷の魔法、音の魔法など、様々な魔法形態の区分けができるでしょう。そして、一人の人間はひとつの魔法形態しか使えない、とされています」
「そうなの? 真理にたどり着かないように魔法の力を高めたいなら、広く浅くってやりたいのになんとも不便だね。それで、イルマは何の魔法使いさん?」
「私は光の魔法ですね」
「光かぁ。じゃぁさっきのってソーラービームなわけだ。今日は天気が良かったからすぐ使えたんだね」
「はい。夜だとさっきの攻撃転用はできません」
「そうなると、確かに言うほど戦いで便利ってわけでもなさそうだね」
「まぁ夜なら、この魔法で姿を消せますから」
「なるほど、攻撃転用ってそういうわけだ。というか、不思議だったんだよね。ペストを撲滅する方法を知るためにはペスト菌を発見する必要があるけど、村で見たガラスの加工技術じゃレーウェンフック式顕微鏡は作れないはず。ならどうやってイルマはミクロの世界に触れたのか。その正体こそ、光の魔法だったわけだ」
「そうですね。ガラスをうまく加工できれば、魔法を使わずに小さな物を見ることも可能なはずなんですけど、ともあれ、私に関してはそういうわけです」
「なら、イルマの魔法って本当に、イルマが物凄い知識を持てた理由なんだ。光の魔法を使えるなら、拡大縮小から高熱発生までできちゃうからね。すごいなぁ。でも、本当に魔法使いって、1つの種類の魔法しか使えないの?」
「そういうものみたいです。複数の魔法形態を使いこなせる魔法使いは、世界に数人しかいないと聞きます」
「それでも数人はいるんだ。どんな魔法使いなの?」
「私が知るのは、帝国軍の将軍で嘱託魔道士をやっているお爺さまですね。その老魔法使いは、雷の魔法と、磁石の魔法を使いこなせるそうです」
「あー、ね」

 くすりと笑う。重い話を考えていたところへの助けだった。

「なにか面白いことを言いましたか?」
「いや、そうだね。興味深くてね」

 この世界ではまだ、電気の力と磁力の力の統合が行われていない。その結果、実際にひとつの魔法しか使えない人間が、世界的な有名人として扱われているというのはなんとも面白い。

「それなら、いずれこの世界にも、あらゆる魔法を使える人が生まれるかもね」
「そうでしょうか? とても信じられません」
「でも私、そんな魔法使いを知ってるよ」
「お知り合いなのですか?」

 シズクはいたずらっぽく、そして、誇らしげに笑って答える。

「私は、そんな自慢のお姉ちゃんの妹なんだ」
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