30 / 55
第七話:月曜日の方違さんは、トリック・オア・トリート
7-1 トリック・オア・トリート!
しおりを挟む
僕がまだ小さくて、少し体が弱かったころ、お風呂上がりに湯冷めして風邪をひいてしまうことがよくあった。
それで母親に言われて、今でも冬の習慣になっているのが、お風呂に入る前に部屋に布団を敷くことだ。そうしておけば、体が冷える前に寝床に入ることができる。
その日曜の夜は、もう冬かと思うほど肌寒かった。宿題をすませて布団を敷くと、僕は虫の声を聞きながら熱めのお湯にゆっくり入り、スウェットを着て二階の部屋に戻った。
そして何気なく掛け布団をめくった。
その瞬間。
黒いものが目の前にばっと飛び起きて、両腕を広げて叫んだ。
「トリック! オア」でもその声はすぐに尻すぼみになった。「トリ……ト?」
布団から飛び出したのは、僕のクラスメイトで、女子だけどいちばん仲良しの――と言ってもいいと思う――友達、方違くるりさんだった。
「えっ。ま……な、な、苗村くん……?!」
敷布団に膝立ちになった方違さんは、黄色いパジャマの上に、視聴覚室のカーテンみたいな真っ黒のマントを着て、黒いとんがり帽子と、百均で売ってる魔法のステッキを持っていた。
「うそ、苗村くんが、どしてわたしんちに?!」
「ちょっと待って、方違さん……」
「ちょっ、待って、あの、その、えと」
方違さんは魔法のステッキを竹刀みたいに構えながら、膝歩きで後ずさりした。
「わたし、ま、な、苗村くんが来てくれるのは、う……うれしいんだよ? でも、ちょっと突然すぎるし、よ、夜中だし、それにここ、妹の部屋だし……」
「よく見て方違さん。ここは僕の部屋だよ」
「……えっ?」
方違さんは黒いとんがり帽子を深くかぶり直し、マントの前を合わせながら、カーテンや勉強机やふすまにきょろきょろと目を向けた。
「わたし、苗村くんのお布団に入ってたの……?」
方違さんは帽子のつばを引っ張り下ろして顔を隠した。
◇
僕らの高校では、今月の末に文化祭がある。僕らのクラスでは「ハロウィン喫茶」という、特に面白みのない企画をやることになっていた。僕はシーツおばけになってチケットを受け取る係なんだけど、それはまあ、いいや。方違さんの話だ。
彼女はなぜか、女子たちの多数意見で、魔女の姿のウエイトレスに選ばれたのだ。
半日どんよりするほどそれを嫌がっていた彼女が、なんで魔女姿で僕の布団にいるのか。
わけが分からない。
そりゃ、かわいいけど……。
「ちこりちゃんを……妹をびっくりさせようと思ったの」と、方違さんは涙目で言った。「妹のベッドに隠れてたつもりだったのに、苗村くんの部屋に来ちゃうなんて。どうしよう……」
時計を見ると、夜中の十二時半。日付けはもう月曜日になっている。
だいじょうぶ。僕がなんとかする、と言おうとしたとき、
「まもる?」
と、板戸《いたど》の向こうから母親の声がした。
方違さんが見つかったら、大変な騒ぎになる。僕はあわてて立ち上がったけど、何もできずにただあたふたするだけだった。
「まだアニメ見てるの? 明日学校でしょう。早く寝なさい」
「わ、分かってるよ。もう寝るよ」
「ちゃんと目覚ましセットしときなね」
スリッパの足音が、ぱたぱたと階段を降りていった。
一息ついて振り返ると、方違さんは頭からすっぽり布団をかぶってうずくまっているらしく、三角形の小山ができていた。
いくら小柄な彼女でも、これでは隠れられない。
◇
電気を消した部屋で、携帯を手に、小さく音楽を流しながら、僕は押入れのふすまにもたれて座っていた。
「方違さん、寒くない?」
「だいじょぶ……」
押入れの中から、方違さんが答えた。ふすま越しだけど、すぐ近くで聞こえた。
「ごめんね、僕の毛布で。嫌じゃない?」
「なんで? やじゃないよ、ぜんぜん。あったかいよ。ありがと……」
ふすま一枚の向こうの、真っ暗な押し入れで、僕の毛布にくるまっている方違さんのことを考えると、胸がもやもやと苦しくなる。
早く出してあげたいのだけど、下からはまだテレビの音や、戸を開け閉めする音が聞こえる。
一時過ぎには、親も寝るだろう。そしたら二人でそっと家を出て、とりあえず駅まで行き、そこで始発を待てばいい。電車が来たらいっしょに乗換駅まで行って、方違さんは家に寄って制服に着替え、そのまま二人で学校に行く。
完璧な計画だ。
押入れの中から、方違さんが言った。
「ねえ、苗村くん……。最初に会ったときのこと、覚えてる?」
「うん。もう半年になるね」
「あの時は、ごめんね。せっかく苗村くんから話しかけてくれたのに……。ずっと、謝りたかったの。第一印象、最悪だったよね……?」
「ううん、いいんだよ。それに、実はそれが第一印象じゃないんだ」
「え?」
「方違さん、入学式の朝、乗換駅のホームで迷ってたよね?」
「あー……」
「電車の中から見かけたんだ。同じ学校の子だな、声かけようかな、って迷ってるうちに、電車が出ちゃって。ごめん。僕もずっと気になってたんだ」
「いいよ、そんなの……」
「でも、僕が声かけてたら、入学式に出れたかもしれないし」
「入学式なんか出なくても、わたし、高校生になって、苗村くんと仲良くなって、今まででいちばん楽しいよ」
「ほんと?」
「ん……。今だって、こんな迷惑かけてるのに、苗村くんといっしょだと、すごく楽しくて。ごめん……変だよね」
変じゃないよ、僕も本当はすごく楽しいんだよ。
そう言おうとしたときだった。
「おい、まもる。声が漏れてるぞ」
僕は感電したみたいに動けなくなった。
板戸が少し開いて、廊下に立っている父親の半身が見えた。
「いつまでアニメ見てるんな。早く寝なね。また母さんに怒られるぞ」
板戸が閉まると、僕は畳の上に崩れ落ちてため息をついた。
心臓が止まるかと思った。
押入れからも、深いため息が聞こえた。
それで母親に言われて、今でも冬の習慣になっているのが、お風呂に入る前に部屋に布団を敷くことだ。そうしておけば、体が冷える前に寝床に入ることができる。
その日曜の夜は、もう冬かと思うほど肌寒かった。宿題をすませて布団を敷くと、僕は虫の声を聞きながら熱めのお湯にゆっくり入り、スウェットを着て二階の部屋に戻った。
そして何気なく掛け布団をめくった。
その瞬間。
黒いものが目の前にばっと飛び起きて、両腕を広げて叫んだ。
「トリック! オア」でもその声はすぐに尻すぼみになった。「トリ……ト?」
布団から飛び出したのは、僕のクラスメイトで、女子だけどいちばん仲良しの――と言ってもいいと思う――友達、方違くるりさんだった。
「えっ。ま……な、な、苗村くん……?!」
敷布団に膝立ちになった方違さんは、黄色いパジャマの上に、視聴覚室のカーテンみたいな真っ黒のマントを着て、黒いとんがり帽子と、百均で売ってる魔法のステッキを持っていた。
「うそ、苗村くんが、どしてわたしんちに?!」
「ちょっと待って、方違さん……」
「ちょっ、待って、あの、その、えと」
方違さんは魔法のステッキを竹刀みたいに構えながら、膝歩きで後ずさりした。
「わたし、ま、な、苗村くんが来てくれるのは、う……うれしいんだよ? でも、ちょっと突然すぎるし、よ、夜中だし、それにここ、妹の部屋だし……」
「よく見て方違さん。ここは僕の部屋だよ」
「……えっ?」
方違さんは黒いとんがり帽子を深くかぶり直し、マントの前を合わせながら、カーテンや勉強机やふすまにきょろきょろと目を向けた。
「わたし、苗村くんのお布団に入ってたの……?」
方違さんは帽子のつばを引っ張り下ろして顔を隠した。
◇
僕らの高校では、今月の末に文化祭がある。僕らのクラスでは「ハロウィン喫茶」という、特に面白みのない企画をやることになっていた。僕はシーツおばけになってチケットを受け取る係なんだけど、それはまあ、いいや。方違さんの話だ。
彼女はなぜか、女子たちの多数意見で、魔女の姿のウエイトレスに選ばれたのだ。
半日どんよりするほどそれを嫌がっていた彼女が、なんで魔女姿で僕の布団にいるのか。
わけが分からない。
そりゃ、かわいいけど……。
「ちこりちゃんを……妹をびっくりさせようと思ったの」と、方違さんは涙目で言った。「妹のベッドに隠れてたつもりだったのに、苗村くんの部屋に来ちゃうなんて。どうしよう……」
時計を見ると、夜中の十二時半。日付けはもう月曜日になっている。
だいじょうぶ。僕がなんとかする、と言おうとしたとき、
「まもる?」
と、板戸《いたど》の向こうから母親の声がした。
方違さんが見つかったら、大変な騒ぎになる。僕はあわてて立ち上がったけど、何もできずにただあたふたするだけだった。
「まだアニメ見てるの? 明日学校でしょう。早く寝なさい」
「わ、分かってるよ。もう寝るよ」
「ちゃんと目覚ましセットしときなね」
スリッパの足音が、ぱたぱたと階段を降りていった。
一息ついて振り返ると、方違さんは頭からすっぽり布団をかぶってうずくまっているらしく、三角形の小山ができていた。
いくら小柄な彼女でも、これでは隠れられない。
◇
電気を消した部屋で、携帯を手に、小さく音楽を流しながら、僕は押入れのふすまにもたれて座っていた。
「方違さん、寒くない?」
「だいじょぶ……」
押入れの中から、方違さんが答えた。ふすま越しだけど、すぐ近くで聞こえた。
「ごめんね、僕の毛布で。嫌じゃない?」
「なんで? やじゃないよ、ぜんぜん。あったかいよ。ありがと……」
ふすま一枚の向こうの、真っ暗な押し入れで、僕の毛布にくるまっている方違さんのことを考えると、胸がもやもやと苦しくなる。
早く出してあげたいのだけど、下からはまだテレビの音や、戸を開け閉めする音が聞こえる。
一時過ぎには、親も寝るだろう。そしたら二人でそっと家を出て、とりあえず駅まで行き、そこで始発を待てばいい。電車が来たらいっしょに乗換駅まで行って、方違さんは家に寄って制服に着替え、そのまま二人で学校に行く。
完璧な計画だ。
押入れの中から、方違さんが言った。
「ねえ、苗村くん……。最初に会ったときのこと、覚えてる?」
「うん。もう半年になるね」
「あの時は、ごめんね。せっかく苗村くんから話しかけてくれたのに……。ずっと、謝りたかったの。第一印象、最悪だったよね……?」
「ううん、いいんだよ。それに、実はそれが第一印象じゃないんだ」
「え?」
「方違さん、入学式の朝、乗換駅のホームで迷ってたよね?」
「あー……」
「電車の中から見かけたんだ。同じ学校の子だな、声かけようかな、って迷ってるうちに、電車が出ちゃって。ごめん。僕もずっと気になってたんだ」
「いいよ、そんなの……」
「でも、僕が声かけてたら、入学式に出れたかもしれないし」
「入学式なんか出なくても、わたし、高校生になって、苗村くんと仲良くなって、今まででいちばん楽しいよ」
「ほんと?」
「ん……。今だって、こんな迷惑かけてるのに、苗村くんといっしょだと、すごく楽しくて。ごめん……変だよね」
変じゃないよ、僕も本当はすごく楽しいんだよ。
そう言おうとしたときだった。
「おい、まもる。声が漏れてるぞ」
僕は感電したみたいに動けなくなった。
板戸が少し開いて、廊下に立っている父親の半身が見えた。
「いつまでアニメ見てるんな。早く寝なね。また母さんに怒られるぞ」
板戸が閉まると、僕は畳の上に崩れ落ちてため息をついた。
心臓が止まるかと思った。
押入れからも、深いため息が聞こえた。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる