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第七話:月曜日の方違さんは、トリック・オア・トリート
7-2 午前三時過ぎ
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午前三時過ぎ、僕らは足音を立てないように階段を降り、玄関をそっと開いて外に出た。
思った以上に寒く、僕らの息はうっすら白い。
僕は制服の上にコート。方違さんは、黄色いパジャマの上に魔女の帽子とマント。僕のダウンジャケットを肩に羽織っている。足元は、うちの庭用のサンダルだ。
黒い山影に囲まれた集落には、誰もいない。コンビニも街灯も無いし、どの窓も暗い。
駅前広場だけが、駅の中から漏れる光でぼんやりと明るかった。
そういえば、友達になる前にここで出会って、逃げられちゃったこともあった。
その子と深夜に手をつないで歩いてるなんて、不思議だ。
◇
小さな駅の中は明るくて、始発までベンチで待つことができそうだった。ただ、入り口にも改札口にもドアがなくて、風が吹き抜けていた。ブレザーとコートを着ていても、コンクリートの床から冷えてくる。
「ちょっと寒いね」
「苗村くん……電車の時間までうちに帰ってる?」
「ううん。いっしょに待とうよ」
少しでも風を避けるために、僕らは壁の隅のベンチに座った。足元は冷たいけど、方違さんとくっついている右肩のまわりだけは温かい。
始発まであと三時間。こんなに長く二人きりになるのははじめてかもしれない。
なんとなく顔を見合わせると、方違さんは赤い頬で、えへへという口元をした。
「ねえ、苗村くん、いっしょに映画見ない?」
「映画?」
「ん。こやって座ってたら、なんか、映画館に来たみたいじゃない?」
そういえば、方違さんはいつかも同じようなことを言ってた。あのとき行きそびれてしまった映画が、先月からネットで配信されているらしい。
方違さんは携帯の画面を、まるで練習してたみたいに素早く操作して、サイトを開いた。
「ほら。これ。まだ見てないの。一緒に見る約束だったから」
制作会社のロゴマークが浮かび上がった小さな画面を、僕らは頭を並べてのぞき込んだ。
◇
映画のあと、方違さんはちょっと興奮気味で、いつもよりよくしゃべった。僕は後半の内容があまり頭に入ってなかったので、ちょっと困った。映画の途中から、少し頭がぼんやりしていたのだ。
彼女の髪がときどき僕の耳や首筋に触れたり、彼女がなにか感想を言うたびに耳元に温かい息を感じたりして、画面に集中できなかった、というのもあるけど……。
そのうち話題は映画から離れ、授業の好き嫌いとか、クラスメイトのこととか、あい変わらずお弁当に入っている魚肉ハンバーグのこととかに移った。
でも僕は、映画の間あまり気にしてなかった寒けが、体の奥に入り込んでくるのを感じていた。
背中がぞくぞくする。
「苗村くん?」
「ん?」
「だいじょぶ?」
「なにが?」
黒いマントの下から小さな手が出てきて、僕の額に触った。すべすべして気持ちいいけど、冷たくて、背中の奥がぶるぶるした。
「ちょっと、熱ある……?」
「ぜんぜん。ほら、男子のほうが体温が高いっていうでしょ」
「そう……?」
「うん。今日こそは、僕と一緒に遅刻しないで学校に行こうね」
「でも、また変なとこ行っちゃうかも」
「そしたら一緒に変なところに行こうよ」
「ん……」方違さんは両手で僕の右手を包むように握った。「でも、やっぱり、いつもよりあったかいみたい……」
それから僕らはもう、あまり話さず、ただ手を握りあって座っていた。冷たかった方違さんの手は、だんだん温かくなった。
方違さんは少しずつこちらに体重を預けてきて、いつの間にか僕の肩に頭をのせていた。どんどん冷えてゆく僕の体の、手と右肩だけが、方違さんの温もりに暖められていた。
思った以上に寒く、僕らの息はうっすら白い。
僕は制服の上にコート。方違さんは、黄色いパジャマの上に魔女の帽子とマント。僕のダウンジャケットを肩に羽織っている。足元は、うちの庭用のサンダルだ。
黒い山影に囲まれた集落には、誰もいない。コンビニも街灯も無いし、どの窓も暗い。
駅前広場だけが、駅の中から漏れる光でぼんやりと明るかった。
そういえば、友達になる前にここで出会って、逃げられちゃったこともあった。
その子と深夜に手をつないで歩いてるなんて、不思議だ。
◇
小さな駅の中は明るくて、始発までベンチで待つことができそうだった。ただ、入り口にも改札口にもドアがなくて、風が吹き抜けていた。ブレザーとコートを着ていても、コンクリートの床から冷えてくる。
「ちょっと寒いね」
「苗村くん……電車の時間までうちに帰ってる?」
「ううん。いっしょに待とうよ」
少しでも風を避けるために、僕らは壁の隅のベンチに座った。足元は冷たいけど、方違さんとくっついている右肩のまわりだけは温かい。
始発まであと三時間。こんなに長く二人きりになるのははじめてかもしれない。
なんとなく顔を見合わせると、方違さんは赤い頬で、えへへという口元をした。
「ねえ、苗村くん、いっしょに映画見ない?」
「映画?」
「ん。こやって座ってたら、なんか、映画館に来たみたいじゃない?」
そういえば、方違さんはいつかも同じようなことを言ってた。あのとき行きそびれてしまった映画が、先月からネットで配信されているらしい。
方違さんは携帯の画面を、まるで練習してたみたいに素早く操作して、サイトを開いた。
「ほら。これ。まだ見てないの。一緒に見る約束だったから」
制作会社のロゴマークが浮かび上がった小さな画面を、僕らは頭を並べてのぞき込んだ。
◇
映画のあと、方違さんはちょっと興奮気味で、いつもよりよくしゃべった。僕は後半の内容があまり頭に入ってなかったので、ちょっと困った。映画の途中から、少し頭がぼんやりしていたのだ。
彼女の髪がときどき僕の耳や首筋に触れたり、彼女がなにか感想を言うたびに耳元に温かい息を感じたりして、画面に集中できなかった、というのもあるけど……。
そのうち話題は映画から離れ、授業の好き嫌いとか、クラスメイトのこととか、あい変わらずお弁当に入っている魚肉ハンバーグのこととかに移った。
でも僕は、映画の間あまり気にしてなかった寒けが、体の奥に入り込んでくるのを感じていた。
背中がぞくぞくする。
「苗村くん?」
「ん?」
「だいじょぶ?」
「なにが?」
黒いマントの下から小さな手が出てきて、僕の額に触った。すべすべして気持ちいいけど、冷たくて、背中の奥がぶるぶるした。
「ちょっと、熱ある……?」
「ぜんぜん。ほら、男子のほうが体温が高いっていうでしょ」
「そう……?」
「うん。今日こそは、僕と一緒に遅刻しないで学校に行こうね」
「でも、また変なとこ行っちゃうかも」
「そしたら一緒に変なところに行こうよ」
「ん……」方違さんは両手で僕の右手を包むように握った。「でも、やっぱり、いつもよりあったかいみたい……」
それから僕らはもう、あまり話さず、ただ手を握りあって座っていた。冷たかった方違さんの手は、だんだん温かくなった。
方違さんは少しずつこちらに体重を預けてきて、いつの間にか僕の肩に頭をのせていた。どんどん冷えてゆく僕の体の、手と右肩だけが、方違さんの温もりに暖められていた。
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