月曜日の方違さんは、たどりつけない

猫村まぬる

文字の大きさ
45 / 55
第十話:月曜日の方違さんは、神様の約束

10-4 神の言葉を人々に

しおりを挟む
 話によると、方違大神かたたがえのおおかみは、遠い遠い昔からこの山に住んで、人々を導いたり迷わせたりして、災いや幸福をもたらしていた神らしい。
 そして古来その神に仕え、祭っていたのが、方違ほうちがい一族。その長女は代々巫女として大神に奉仕し、神の言葉を人々に伝えたのだという。

「だったら、妹を元に戻して。長女は、わたしだし……」
「案ぜずとも、童女わらわめはじき正気に戻る。わしが用があるのは、いかにも、そなたじゃ」
「用って……?」
「この百年、そなたたち一族は務めをおこたり、祠はこのように朽ち果てててしまった。あまつさえ、わしの名すら忘れ果ててしもうたとみえる」
「方違さん、『あまつさえ』っていうのは『その上』っていう意味ね。甘栗とは関係ないよ」
「関係ないんだ……」
「聞け、方違の子よ」
 ちこりちゃんは、片足を軸にくるっと回転してこっちを向いた。顔には表情が無く、大きく開かれた目は、僕らを突き抜けて、もっと遠くを見つめているようだった。
「務めを果たさぬ限り、月曜ごとの迷い道の災いは、一生続くぞよ」

 声は、ピンクのダウンジャケットの胸のあたりから聞こえた。
 ちこりちゃんの口は動いていない。

「巫女として、わしに仕えるのじゃ。祠を建て直し、日々の神事を行え。さい銭箱も置くのじゃ。お神酒は日本酒でもビールでも構わぬ。祝詞のりとが読めるように古文を学べ」
「み、巫女さんの衣装はかわいいと思うけど……わたし、古文は……」
「そして、ここからが大事じゃ。よく聞け。巫女になる以上、生涯にわたって、決して男を近づけてはならんぞ」
「……えっ?」
「死ぬまで清らかに、独り身で、神ながらの道に生きるのじゃ」
「それって……」

 ちこりちゃんの胸で、何かが光った。分厚いダウンジャケットを通して、うっすらと漏れてきた、青白い光だった。

 光を見て、分かった。
 やっぱり、これは偽物の神だ。
 僕らをだまそうとしているんだ。

 気づいてみれば、なにも不思議なことなんてなかった。
 人を見下し、イラつかせるけど、どこか親しみを感じさせるこの「神」の声。
 だいぶエフェクトがかかっているけど、幼いころから僕がよく知ってる、あの声にちがいなかった。

 でも、――恥ずかしいことだけど――この「神」の言葉に方違さんがどう答えるか、僕は聞いてみたかった。

「それって、わたしは……まもるくんと……お、お付き合いしちゃいけないってこと……?」
「そうじゃ。ひとたび男を知れば、そなたの巫女としての霊力はたちまち消える。そうなれば、月曜日の怪異は死ぬまで続くことになるぞ」

 僕は方違さんの後ろ姿を見つめていた。彼女の首には、僕がクリスマスにあげた、クリームイエローのマフラーが巻かれていた。そして髪には、誕生日に僕があげたキキョウの花のヘアクリップが光っている。

「どうする。清らかな巫女となって災いから逃れるか? それとも男と結ばれて月曜日の迷い道に永遠に悩まされるか? そなたが選ぶがよい」
「わたし……」
 方違さんはうつむいて肩を震わせた。
「そんなこと……」
 
 やっぱり、だめだ。
 これ以上彼女を苦しめるわけにはいかない。
 僕は方違さんの肩に手をかけた。
「方違さん、やっぱり変だよ。月曜日でもないのに神様の声がするなんて、おかしいと思わない?」
「だまれ雑魚。次に口を開いてみよ、そなたの首を吹っ飛ばすぞ!」
 方違さんは、はっとした顔で振り返って、ぶるぶると首を振った。
「まもるくん! しゃべっちゃだめ!」
「さあ、くるりちゃん、答えよ。選ぶのじゃ!」
「いいかげんにしろよ!」僕は叫んだ。「分かってるんだぞ! ね……」
「まもるくん! だめ!」

 方違さんは必死の顔でジャンプして、僕に飛びついてきた。
 その勢いで、僕は倒れて背中を強打した。
 だけど、「いててて」という声も、「方違さん、これは姉ちゃんのいたずらだよ」という言葉も、僕は出すことができなかった。

 なぜなら僕の口は、冷たくて、熱くて、甘酒の香りがして、硬くて、柔らかいものに、ぴったりとふさがれていたから。

「キャー!」という歓声が聞こえた。ちこりちゃんの声だ。

 方違さんは、やけくそなんじゃないかと思うほど強く、僕の唇に、ぎゅうぎゅうと自分の唇を押しつけつづけた。

 それが五分以上続いた気がする。一生このままでもいい、って最初は思ったけど、すぐに息が苦しくなって、僕は彼女の背中をばんばんと叩いた。これで一生を終わるわけにはいかない。

 やっと唇をはなすと、方違さんは僕の膝の上に乗っかったままで、ちこりちゃんの方を振り返ってせいいっぱいの声で言った。
「こ、これで、巫女としての力は消えたんでしょ? ワザワイでも、ママゴトでも、好きにすれば? わたしは……、まもるくんと、ずっと、ずっといっしょにいるから!」
「キャーキャー」ちこりちゃんが、ぴょんぴょん飛び跳ねながら叫んだ。「おねえちゃんカッコいい!」
「あ……えと……」ちこりちゃんのダウンジャケットから落ちた携帯から、声が聞こえた。「なんか、ごめん、くるりちゃん……そこまでのつもりじゃなかったんだけど……ごめん……」

   ◇

 あれは無効だろうと思って、僕は冬休みが終わってから、誰もいない夕方の電車の中で改めて方違さんに交際を申し込んだ。

「えっ? でも、わたしもう、まもるくんの、か……か、彼女だよ。だって、神様の前で誓っちゃったし……」
「でも、あれは偽物の神様だったじゃない」
「んー、でもあのときは信じてたし……だから……ほんとのことだよ」

 そんなものなんだろうか? よく分からなくなってきた。でも神様って、もともとそういうものなのかもしれない。

「方違さん、ちょっとこっち見て」
「……ん?」
 僕は、彼女の顔を半分隠したクリームイエローのマフラーを、両手でくいっと押し下げた。
「えっ?」

   ◇

 今回は、ほんの一瞬、上唇のはしっこが触れたか触れなかったかぐらいだった。

 なのに方違さんは耳まで真っ赤になり、「ううう」と頭を抱えて地団駄を踏み、座席から立ち上がって、車両の端まで歩いて行って、また席に戻ってきて、僕の背中をばしばし叩き、かばんを抱えて顔を伏せてしまった。

「あ……えと、大丈夫?」
「あんまだいじょぶくない……」
「ごめん、もうしないから」
「ちがくて……今度からは、事前に……前の日までに言って……」

 神様に感謝、したほうがいいのかもしれない。
 たとえそれが、姉が思いつきで言ったように、月曜日のあれこれを引き起こしているのと同じ神様だったとしても。


(第十一話へつづく)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...