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第十話:月曜日の方違さんは、神様の約束
10-4 神の言葉を人々に
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話によると、方違大神は、遠い遠い昔からこの山に住んで、人々を導いたり迷わせたりして、災いや幸福をもたらしていた神らしい。
そして古来その神に仕え、祭っていたのが、方違一族。その長女は代々巫女として大神に奉仕し、神の言葉を人々に伝えたのだという。
「だったら、妹を元に戻して。長女は、わたしだし……」
「案ぜずとも、童女はじき正気に戻る。わしが用があるのは、いかにも、そなたじゃ」
「用って……?」
「この百年、そなたたち一族は務めをおこたり、祠はこのように朽ち果てててしまった。あまつさえ、わしの名すら忘れ果ててしもうたとみえる」
「方違さん、『あまつさえ』っていうのは『その上』っていう意味ね。甘栗とは関係ないよ」
「関係ないんだ……」
「聞け、方違の子よ」
ちこりちゃんは、片足を軸にくるっと回転してこっちを向いた。顔には表情が無く、大きく開かれた目は、僕らを突き抜けて、もっと遠くを見つめているようだった。
「務めを果たさぬ限り、月曜ごとの迷い道の災いは、一生続くぞよ」
声は、ピンクのダウンジャケットの胸のあたりから聞こえた。
ちこりちゃんの口は動いていない。
「巫女として、わしに仕えるのじゃ。祠を建て直し、日々の神事を行え。さい銭箱も置くのじゃ。お神酒は日本酒でもビールでも構わぬ。祝詞が読めるように古文を学べ」
「み、巫女さんの衣装はかわいいと思うけど……わたし、古文は……」
「そして、ここからが大事じゃ。よく聞け。巫女になる以上、生涯にわたって、決して男を近づけてはならんぞ」
「……えっ?」
「死ぬまで清らかに、独り身で、神ながらの道に生きるのじゃ」
「それって……」
ちこりちゃんの胸で、何かが光った。分厚いダウンジャケットを通して、うっすらと漏れてきた、青白い光だった。
光を見て、分かった。
やっぱり、これは偽物の神だ。
僕らをだまそうとしているんだ。
気づいてみれば、なにも不思議なことなんてなかった。
人を見下し、イラつかせるけど、どこか親しみを感じさせるこの「神」の声。
だいぶエフェクトがかかっているけど、幼いころから僕がよく知ってる、あの声にちがいなかった。
でも、――恥ずかしいことだけど――この「神」の言葉に方違さんがどう答えるか、僕は聞いてみたかった。
「それって、わたしは……まもるくんと……お、お付き合いしちゃいけないってこと……?」
「そうじゃ。ひとたび男を知れば、そなたの巫女としての霊力はたちまち消える。そうなれば、月曜日の怪異は死ぬまで続くことになるぞ」
僕は方違さんの後ろ姿を見つめていた。彼女の首には、僕がクリスマスにあげた、クリームイエローのマフラーが巻かれていた。そして髪には、誕生日に僕があげたキキョウの花のヘアクリップが光っている。
「どうする。清らかな巫女となって災いから逃れるか? それとも男と結ばれて月曜日の迷い道に永遠に悩まされるか? そなたが選ぶがよい」
「わたし……」
方違さんはうつむいて肩を震わせた。
「そんなこと……」
やっぱり、だめだ。
これ以上彼女を苦しめるわけにはいかない。
僕は方違さんの肩に手をかけた。
「方違さん、やっぱり変だよ。月曜日でもないのに神様の声がするなんて、おかしいと思わない?」
「だまれ雑魚。次に口を開いてみよ、そなたの首を吹っ飛ばすぞ!」
方違さんは、はっとした顔で振り返って、ぶるぶると首を振った。
「まもるくん! しゃべっちゃだめ!」
「さあ、くるりちゃん、答えよ。選ぶのじゃ!」
「いいかげんにしろよ!」僕は叫んだ。「分かってるんだぞ! ね……」
「まもるくん! だめ!」
方違さんは必死の顔でジャンプして、僕に飛びついてきた。
その勢いで、僕は倒れて背中を強打した。
だけど、「いててて」という声も、「方違さん、これは姉ちゃんのいたずらだよ」という言葉も、僕は出すことができなかった。
なぜなら僕の口は、冷たくて、熱くて、甘酒の香りがして、硬くて、柔らかいものに、ぴったりとふさがれていたから。
「キャー!」という歓声が聞こえた。ちこりちゃんの声だ。
方違さんは、やけくそなんじゃないかと思うほど強く、僕の唇に、ぎゅうぎゅうと自分の唇を押しつけつづけた。
それが五分以上続いた気がする。一生このままでもいい、って最初は思ったけど、すぐに息が苦しくなって、僕は彼女の背中をばんばんと叩いた。これで一生を終わるわけにはいかない。
やっと唇をはなすと、方違さんは僕の膝の上に乗っかったままで、ちこりちゃんの方を振り返ってせいいっぱいの声で言った。
「こ、これで、巫女としての力は消えたんでしょ? ワザワイでも、ママゴトでも、好きにすれば? わたしは……、まもるくんと、ずっと、ずっといっしょにいるから!」
「キャーキャー」ちこりちゃんが、ぴょんぴょん飛び跳ねながら叫んだ。「おねえちゃんカッコいい!」
「あ……えと……」ちこりちゃんのダウンジャケットから落ちた携帯から、声が聞こえた。「なんか、ごめん、くるりちゃん……そこまでのつもりじゃなかったんだけど……ごめん……」
◇
あれは無効だろうと思って、僕は冬休みが終わってから、誰もいない夕方の電車の中で改めて方違さんに交際を申し込んだ。
「えっ? でも、わたしもう、まもるくんの、か……か、彼女だよ。だって、神様の前で誓っちゃったし……」
「でも、あれは偽物の神様だったじゃない」
「んー、でもあのときは信じてたし……だから……ほんとのことだよ」
そんなものなんだろうか? よく分からなくなってきた。でも神様って、もともとそういうものなのかもしれない。
「方違さん、ちょっとこっち見て」
「……ん?」
僕は、彼女の顔を半分隠したクリームイエローのマフラーを、両手でくいっと押し下げた。
「えっ?」
◇
今回は、ほんの一瞬、上唇のはしっこが触れたか触れなかったかぐらいだった。
なのに方違さんは耳まで真っ赤になり、「ううう」と頭を抱えて地団駄を踏み、座席から立ち上がって、車両の端まで歩いて行って、また席に戻ってきて、僕の背中をばしばし叩き、かばんを抱えて顔を伏せてしまった。
「あ……えと、大丈夫?」
「あんまだいじょぶくない……」
「ごめん、もうしないから」
「ちがくて……今度からは、事前に……前の日までに言って……」
神様に感謝、したほうがいいのかもしれない。
たとえそれが、姉が思いつきで言ったように、月曜日のあれこれを引き起こしているのと同じ神様だったとしても。
(第十一話へつづく)
そして古来その神に仕え、祭っていたのが、方違一族。その長女は代々巫女として大神に奉仕し、神の言葉を人々に伝えたのだという。
「だったら、妹を元に戻して。長女は、わたしだし……」
「案ぜずとも、童女はじき正気に戻る。わしが用があるのは、いかにも、そなたじゃ」
「用って……?」
「この百年、そなたたち一族は務めをおこたり、祠はこのように朽ち果てててしまった。あまつさえ、わしの名すら忘れ果ててしもうたとみえる」
「方違さん、『あまつさえ』っていうのは『その上』っていう意味ね。甘栗とは関係ないよ」
「関係ないんだ……」
「聞け、方違の子よ」
ちこりちゃんは、片足を軸にくるっと回転してこっちを向いた。顔には表情が無く、大きく開かれた目は、僕らを突き抜けて、もっと遠くを見つめているようだった。
「務めを果たさぬ限り、月曜ごとの迷い道の災いは、一生続くぞよ」
声は、ピンクのダウンジャケットの胸のあたりから聞こえた。
ちこりちゃんの口は動いていない。
「巫女として、わしに仕えるのじゃ。祠を建て直し、日々の神事を行え。さい銭箱も置くのじゃ。お神酒は日本酒でもビールでも構わぬ。祝詞が読めるように古文を学べ」
「み、巫女さんの衣装はかわいいと思うけど……わたし、古文は……」
「そして、ここからが大事じゃ。よく聞け。巫女になる以上、生涯にわたって、決して男を近づけてはならんぞ」
「……えっ?」
「死ぬまで清らかに、独り身で、神ながらの道に生きるのじゃ」
「それって……」
ちこりちゃんの胸で、何かが光った。分厚いダウンジャケットを通して、うっすらと漏れてきた、青白い光だった。
光を見て、分かった。
やっぱり、これは偽物の神だ。
僕らをだまそうとしているんだ。
気づいてみれば、なにも不思議なことなんてなかった。
人を見下し、イラつかせるけど、どこか親しみを感じさせるこの「神」の声。
だいぶエフェクトがかかっているけど、幼いころから僕がよく知ってる、あの声にちがいなかった。
でも、――恥ずかしいことだけど――この「神」の言葉に方違さんがどう答えるか、僕は聞いてみたかった。
「それって、わたしは……まもるくんと……お、お付き合いしちゃいけないってこと……?」
「そうじゃ。ひとたび男を知れば、そなたの巫女としての霊力はたちまち消える。そうなれば、月曜日の怪異は死ぬまで続くことになるぞ」
僕は方違さんの後ろ姿を見つめていた。彼女の首には、僕がクリスマスにあげた、クリームイエローのマフラーが巻かれていた。そして髪には、誕生日に僕があげたキキョウの花のヘアクリップが光っている。
「どうする。清らかな巫女となって災いから逃れるか? それとも男と結ばれて月曜日の迷い道に永遠に悩まされるか? そなたが選ぶがよい」
「わたし……」
方違さんはうつむいて肩を震わせた。
「そんなこと……」
やっぱり、だめだ。
これ以上彼女を苦しめるわけにはいかない。
僕は方違さんの肩に手をかけた。
「方違さん、やっぱり変だよ。月曜日でもないのに神様の声がするなんて、おかしいと思わない?」
「だまれ雑魚。次に口を開いてみよ、そなたの首を吹っ飛ばすぞ!」
方違さんは、はっとした顔で振り返って、ぶるぶると首を振った。
「まもるくん! しゃべっちゃだめ!」
「さあ、くるりちゃん、答えよ。選ぶのじゃ!」
「いいかげんにしろよ!」僕は叫んだ。「分かってるんだぞ! ね……」
「まもるくん! だめ!」
方違さんは必死の顔でジャンプして、僕に飛びついてきた。
その勢いで、僕は倒れて背中を強打した。
だけど、「いててて」という声も、「方違さん、これは姉ちゃんのいたずらだよ」という言葉も、僕は出すことができなかった。
なぜなら僕の口は、冷たくて、熱くて、甘酒の香りがして、硬くて、柔らかいものに、ぴったりとふさがれていたから。
「キャー!」という歓声が聞こえた。ちこりちゃんの声だ。
方違さんは、やけくそなんじゃないかと思うほど強く、僕の唇に、ぎゅうぎゅうと自分の唇を押しつけつづけた。
それが五分以上続いた気がする。一生このままでもいい、って最初は思ったけど、すぐに息が苦しくなって、僕は彼女の背中をばんばんと叩いた。これで一生を終わるわけにはいかない。
やっと唇をはなすと、方違さんは僕の膝の上に乗っかったままで、ちこりちゃんの方を振り返ってせいいっぱいの声で言った。
「こ、これで、巫女としての力は消えたんでしょ? ワザワイでも、ママゴトでも、好きにすれば? わたしは……、まもるくんと、ずっと、ずっといっしょにいるから!」
「キャーキャー」ちこりちゃんが、ぴょんぴょん飛び跳ねながら叫んだ。「おねえちゃんカッコいい!」
「あ……えと……」ちこりちゃんのダウンジャケットから落ちた携帯から、声が聞こえた。「なんか、ごめん、くるりちゃん……そこまでのつもりじゃなかったんだけど……ごめん……」
◇
あれは無効だろうと思って、僕は冬休みが終わってから、誰もいない夕方の電車の中で改めて方違さんに交際を申し込んだ。
「えっ? でも、わたしもう、まもるくんの、か……か、彼女だよ。だって、神様の前で誓っちゃったし……」
「でも、あれは偽物の神様だったじゃない」
「んー、でもあのときは信じてたし……だから……ほんとのことだよ」
そんなものなんだろうか? よく分からなくなってきた。でも神様って、もともとそういうものなのかもしれない。
「方違さん、ちょっとこっち見て」
「……ん?」
僕は、彼女の顔を半分隠したクリームイエローのマフラーを、両手でくいっと押し下げた。
「えっ?」
◇
今回は、ほんの一瞬、上唇のはしっこが触れたか触れなかったかぐらいだった。
なのに方違さんは耳まで真っ赤になり、「ううう」と頭を抱えて地団駄を踏み、座席から立ち上がって、車両の端まで歩いて行って、また席に戻ってきて、僕の背中をばしばし叩き、かばんを抱えて顔を伏せてしまった。
「あ……えと、大丈夫?」
「あんまだいじょぶくない……」
「ごめん、もうしないから」
「ちがくて……今度からは、事前に……前の日までに言って……」
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