音痴な私は歌姫の異母妹と国を賭けて竜に歌います

中村わこ

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序章

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 あるところに、小さな国がありました。
 優しい王様とお后様が治めるこの国で、人々は平和に暮らしていました。

 王様とお后様には美しいお姫様が二人いました。朝の光のように美しい金糸雀カナリアと、夜のとばりのように美しい小夜鳴鳥ナイチンゲール
 二人は歌を歌うことが好きで、どんな歌でも歌うことが出来ました。

 ある年、小さな国を干ばつが襲いました。井戸は枯れ、川は干上がり、人々はどうすることもできませんでした。神官は毎日神に祈りをささげました。
 祈りが通じたのか、虹色に光る大きな竜が空から舞い降りてきました。竜は人々に言いました。
 「私を楽しませることができたら、この国の守り神となり、台地を潤わせてやろう」
 王様は困りました。どうすれば竜が楽しい気持ちになるのか、わからなかったからです。
 困り果てた王様の前に、金糸雀と小夜鳴鳥が手をつないでやってきました。
 「お父様、私たちが竜のために歌を歌います」

 空に大きな月が光る、満月の夜でした。
 勇敢な二人は大きな竜の前に進み出ると、きれいな声で歌を歌いました。
 二人の歌を聞いて、竜は大変喜びました。そして歌のお礼として、金糸雀には金色のウロコを、小夜鳴鳥には銀色のウロコを渡し、この国の守り神となることを約束しました。
 二人の小さな歌姫によって、小さな国は水に恵まれた豊かな土地となり、大きく発展していったのです。
 


 「めでたしめでたし」
 シトリニアは絵本を閉じた。
 子供向けの絵本にしては重厚な臙脂色の装丁を撫でると、柔らかい絹が手にしっとりと馴染んだ。もう何度この本を読んだだろう。幼い頃、乳母のハンナが繰り返し読み聞かせてくれた物語。
 大きくなってからは頻繁に読まなくなったけれど、美しい挿絵を楽しむためにたまに読み返す。もちろん話の内容は空で言えるくらい覚えていた。
 これは私の国を救った伝説を模した、『建国の物語』なのだ。

 胸元にひんやりとした感触を覚えて、シトリニアは繊細なレースで縁取られた部屋着の中からペンダントを取り出した。首からはずすと、長く伸ばした金色の髪が背中を優しく打った。
 そのペンダントは、王女の喉元を彩るにはやや素朴すぎるデザインと言ってもいいくらいシンプルなものだった。卵形をした薄い金色の板に、小さな穴を開けて皮ひもが通されている。白い指先で金色の板つまむと、少し柔軟性を持っていることがわかる。光に透かしてみると、なめらかな大理石の床に金色の影がきらりと落ちた。

 金色のウロコ。
 これは、虹色の竜が歌のお礼にカナリアへ贈ったものとして、この国の姫に代々受け継がれてきた宝物だった。ナイチンゲールに贈られた銀色のウロコは、荘園に居を構える第二王妃の娘……シトリニアの異母妹にあたる娘、アメジストの手元にある。もっとも異母妹と言っても、同じ年の同じ日に生まれたのだから母の違う双子と表現してもいいかもしれない。

 正直なところ、シトリニアはこの異母妹が苦手だった。初めて出会ったあの日、シトリニアはこの子には敵わないと心の底から思い知らされた。目を閉じると、脳裏に幼い日の苦い思い出がよみがえってくる。

――暑い夏の日、荘園へ避暑に来たシトリニアは乳母の目盗んで一人で庭に出た。
 あまりに日差しが強いので日陰を探すと、木陰で座って本を読んでいる少女が目に止まった。自分と同い年ぐらいの、柔らかな黒髪の巻き毛をくるくると肩にたらしたかわいい女の子だった。
 その小さい手が見慣れた表紙の絵本を持っているのに気がつき、シトリニアは笑顔で駆け寄った。

 「それ、『建国の物語』でしょ?私も同じ本を持ってるわ」
 少女は空色の瞳でシトリニアを見上げると、ぱっと笑顔になった。
 「そうなの?じゃあ、カナリアとナイチンゲールごっこしましょ!」
 シトリニアはうれしくなって、うんうんとうなずいた。
 「じゃあ私はカナリアの役で、あなたはナイチンゲールの役ね。二人で歌を歌いましょ。えーっと、何がいいかなぁ」
 シトリニアが考えていると、少女が小さく歌いだした。これなら一緒に歌える?といたずらっぽく目で合図を送ってくる。それが毎晩聞いている『青い竜の子守唄』だったので、シトリニアはうれしくなってはりきって声を合わせた。
 同じくらいの年齢の女の子と遊ぶことなんてとても珍しかったから、シトリニアは大きな声で楽しく歌った。しかし、ふと違和感を覚えて声を小さくしてみると、隣の少女がとても美しい声で、しかも正確なメロディーをなぞって歌っているのがわかった。
 シトリニアは私もきちんと歌おう、と気を取り直して再び大きな声を出してみたが、気をつければ気をつけるほど、自分の声はメロディーから外れてしまう。それが恥ずかしくなって、ついに口を閉じてしまった。
 
 シトリニアが急に歌うのを止めたので、少女は目をしばたかせた。
 「どうしたの?」
 「えっと、ごめんね。お腹が痛いから帰らなくちゃ」
 ぽかんとする少女を背に、シトリニアは逃げるようにハンナの元に戻った。

 あのときの少女がアメジストという異母妹だったことを知ったのは、それからしばらく経ってのことだった。
 自分と同じ日に生まれたとっても歌が上手な女の子。今やその歌声の評判は国を超え、隣国の王子達の覚えもめでたいという。それに比べて私は、子守唄すらまともに歌えない。

 あれ以来アメジストと親しく話す機会もないし、彼女への苦手意識は自分の劣等感が原因だということもわかっている。それでも、あの幼い日の思い出がどうしようもなくシトリニアを暗い気持ちにさせるのだった。


「シトリニア様、お目覚めですか?」
「ええ、もう起きています」
 扉の外からハンナの声がしたので、絵本を膝の上からサイドテーブルに戻すとあわててベッドから滑り降りた。裸足の指先がひんやりと冷たくて、ふかふかの下穿きに足を滑り込ませた。
 「おはようございます。気持ちの良い朝ですね」
 乳母としてシトリニアが生まれたときから身の回りの世話を担当しているハンナと共に着替えやアクセサリーを持った数人のメイドが入ってきて、魔法のような手さばきでシトリニアを一国の王女にふさわしい装いへと仕上げていく。
 しかし今日はいつもと様子が違った。普段よりも心なしかきつめにコルセットが結い上げられ、特別な外出の際に身につける真珠色の豪奢なドレスを着せ付けられた。結い上げた豊かな金髪には瞳の色と同じ空色の宝石をちりばめたティアラが載せられた。

 「今日は遊覧の予定があったかしら?」
 不思議になってハンナに尋ねると、満面の笑みを向けられた。
 「姫様、今日からアメジスト様とお歌の練習をしていただきます」
 予想だにしない言葉を受けて全てを悟り、シトリニアの口角はひきつった。
 いつかその日が来るかもしれないとは思っていた。思っていたけれど、ずっと気づかないふりをしていた。自分の代は何事もなく過ぎ去って、他の誰かがやってくれたらいいとさえ願っていた。
 それは懇願に近い願いだった。


 虹色の竜の加護によって豊富な水を約束されたこの国は、竜を神として祀るために美しい神殿を建てた。
 清らかな水が絶え間なく湧き出る泉のほとりに作られたこの神殿は、静謐な森の中にたたずんでいる。毎朝神官が祈りをささげ、泉の水を聖水として持ち帰るのが常だった。

 しかしごくまれに――それは数年毎のこともあるし、数十年毎のこともあったが――泉の水位が下がることがあった。泉の水位が下がると、国中に引かれた井戸の水位にも影響を及ぼす。
 神官がそれを国王に上奏すると、国王の血縁者の中からカナリアとナイチンゲールにふさわしい二人の姫に、竜神へ歌を捧げるよう勅令を出すのがこの国の古くからの決まりだった。
 姫たちが歌を捧げると水位は元に戻り再び竜神の加護を受けられるのだが、歌を捧げるのは『建国の物語』に習って満月の夜と決まっていた。
 
「泉の水位が下がったの?昨日までそんなこと言ってなかったのに」
 思わず幼い頃のような砕けた口調でふくれるとハンナは笑った。
「今朝早くに、神官が見つけたのです。次の満月まであまり時間がありませんから、今日のお昼にはアメジスト様もいらっしゃいます。少しでも早く二人でお歌の練習をお願いしますね」
 「次の満月まであと何日あるの?」
 「三日です」
 「えっ」

 一国の姫としてどんな会話でも笑顔でそつなくこなせるよう学んできたつもりだったが、返す言葉が見つからなくて思わず声を失った。ハンナはそんなシトリニアの様子をまるで気にしないかのように、細い首にうやうやしく金のウロコのペンダントをかけた。
 「シトリニア様はカナリア様の血を受け継いでいるのですもの。きっとすばらしい歌い手になって、竜神様を満足させられますわ!」
 髪の毛一本ほども疑っていないといったハンナの様子に、シトリニアは言葉を失って笑うしかなかった。

 三日後の満月の夜に。
 絶世の歌姫アメジストと、超絶に音痴な私が。
 国の存亡をかけて竜神様のために歌を歌わなければならない……
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