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満月の日
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「試すようなことを聞いたのは謝ろう。人を傷つけることは本来好まない。さあ、城に送るから背中に乗りなさい」
そう告げると竜は背中を伏せた。翼を足元につけ、簡単に登れるようにしてくれる。あまりにも突然の提案に、私は姫らしい所作も忘れて懸命に胸の前で手を振った。
「いや、本当に、大丈夫です。歩いて帰ります。本当に、大丈夫です」
竜は身体を伏せたまま、大きな瞳だけを動かしてこちらを見た。
「人を乗せたところで傷などつかない。心配することはない」
「せっかく提案して下さっているのよ。お言葉に甘えましょう?では失礼しますわね」
アメジストはにっこり笑ってそう言うと、するすると竜の翼を登っていく。
その背中を見ながら、あの豪奢なドレスでさらりと登って見せるのだから、おそらく木登りも相当に得意なのだろうと関係ないことを考えてしまう。
「ほら、お待たせすると申し訳ないわよ」
竜の背中から手を差し出すアメジストを見て、うぅ、と小さくうめくと、仕方なくその翼に足を下ろす。
間近に見る竜の体は、手を触れるのもためらわれるほどに美しい。まさかその背に乗るなんてと思うと、頭がくらくらした。
こわごわとそのガラス細工のようなウロコに触れながら登り、最後はアメジストに引っ張りあげてもらって、なんとか居心地のいい場所に収まった。
金属やガラスのような無機質な冷たさを想像していたが、思いのほか柔らかくほんのり温かい。
「翼の根元に、しっかりとつかまりなさい。それと、ナイチンゲールはあまりおしゃべりしないように。舌をかむと痛いぞ」
きょとんとするアメジストを見ていたら、力強い羽ばたきで巨体がふわりと持ち上がった。竜の足が離れると同時に、足元の建物は霧が風に吹かれるようにかき消えてしまった。
竜の背に乗って、空を飛んでいる。
ゆっくりと飛んでくれているのか、それとも竜の不思議な力なのか、風はほとんど感じない。
遠い目下を滑っていく森の木々を覗き込んだり、手が届きそうなほど間近に光る空の月や星を仰いだりしていると、すべてが楽しい夢のように思えてくる。そんな私に、傍らに座るアメジストと竜の背から確かに伝わる温もりが、これが現実だと教えてくれる。
空を旅することにも少し慣れたころ、竜が口を開いた。
「今から私が話すことは、誰にも言ってはいけない。儀式の三つ目の約束のとおり、秘密にしなさい」
「はい」
「カナリアとナイチンゲールの意思を継いだそなたたちに、本当の『建国の物語』を教えよう」
その内容を耳にして私たちは驚きのあまり返事を忘れた。竜は構うことなく、どこかのんびりとした調子で話を続けている。
「あの歌は『清流の調べ』だな」
「は、はい。そうです」
「変わった詞だとは思わないか」
私たちは思わず顔を見合わせた。今まであまり深く考える余裕がなかったが、そういわれれば確かに謎のある詞だった。特に後半部分の意味がよくわからない。
速き流れを 駆けくだる
赤き落ち葉の くれないは
天かけあがる 清流の
その背に乗った 稚児のよう
いざほとばしれ 白き滝
いざほとばしれ 清流よ
「あれは私の背に乗って飛ぶ金糸雀と小夜鳴鳥を詠んだ歌だ。二人とも私が贈った薔薇の髪飾りがお気に入りで、いつも身に着けていたから」
くれないは髪飾りの赤、清流は青い竜、稚児は金糸雀と小夜鳴鳥か。
「小夜鳴鳥は、私の背に乗りながら話すとたいてい舌をかんでしまって泣くのだ。舌が少し長いから、声を調節するのがうまかったのかもしれない。金糸雀は痛がる小夜鳴鳥をいつも笑ってなぐさめていた」
ここから竜の表情を見ることはできないが、きっと優しい顔をしているのだろう。
「懐かしい歌が聴けてよかった。私は何よりもあの歌が好きだ」
私は七色に輝く翼の根元をそっと撫でた。竜が、銀髪の青年が守りたかった二人は、もうこの世にいない。風に吹かれる花のように消えてしまう、はかない人の命。
私たちは竜の一人語りを聞きながら、水平線が赤く染まるのを見ていた。
そう告げると竜は背中を伏せた。翼を足元につけ、簡単に登れるようにしてくれる。あまりにも突然の提案に、私は姫らしい所作も忘れて懸命に胸の前で手を振った。
「いや、本当に、大丈夫です。歩いて帰ります。本当に、大丈夫です」
竜は身体を伏せたまま、大きな瞳だけを動かしてこちらを見た。
「人を乗せたところで傷などつかない。心配することはない」
「せっかく提案して下さっているのよ。お言葉に甘えましょう?では失礼しますわね」
アメジストはにっこり笑ってそう言うと、するすると竜の翼を登っていく。
その背中を見ながら、あの豪奢なドレスでさらりと登って見せるのだから、おそらく木登りも相当に得意なのだろうと関係ないことを考えてしまう。
「ほら、お待たせすると申し訳ないわよ」
竜の背中から手を差し出すアメジストを見て、うぅ、と小さくうめくと、仕方なくその翼に足を下ろす。
間近に見る竜の体は、手を触れるのもためらわれるほどに美しい。まさかその背に乗るなんてと思うと、頭がくらくらした。
こわごわとそのガラス細工のようなウロコに触れながら登り、最後はアメジストに引っ張りあげてもらって、なんとか居心地のいい場所に収まった。
金属やガラスのような無機質な冷たさを想像していたが、思いのほか柔らかくほんのり温かい。
「翼の根元に、しっかりとつかまりなさい。それと、ナイチンゲールはあまりおしゃべりしないように。舌をかむと痛いぞ」
きょとんとするアメジストを見ていたら、力強い羽ばたきで巨体がふわりと持ち上がった。竜の足が離れると同時に、足元の建物は霧が風に吹かれるようにかき消えてしまった。
竜の背に乗って、空を飛んでいる。
ゆっくりと飛んでくれているのか、それとも竜の不思議な力なのか、風はほとんど感じない。
遠い目下を滑っていく森の木々を覗き込んだり、手が届きそうなほど間近に光る空の月や星を仰いだりしていると、すべてが楽しい夢のように思えてくる。そんな私に、傍らに座るアメジストと竜の背から確かに伝わる温もりが、これが現実だと教えてくれる。
空を旅することにも少し慣れたころ、竜が口を開いた。
「今から私が話すことは、誰にも言ってはいけない。儀式の三つ目の約束のとおり、秘密にしなさい」
「はい」
「カナリアとナイチンゲールの意思を継いだそなたたちに、本当の『建国の物語』を教えよう」
その内容を耳にして私たちは驚きのあまり返事を忘れた。竜は構うことなく、どこかのんびりとした調子で話を続けている。
「あの歌は『清流の調べ』だな」
「は、はい。そうです」
「変わった詞だとは思わないか」
私たちは思わず顔を見合わせた。今まであまり深く考える余裕がなかったが、そういわれれば確かに謎のある詞だった。特に後半部分の意味がよくわからない。
速き流れを 駆けくだる
赤き落ち葉の くれないは
天かけあがる 清流の
その背に乗った 稚児のよう
いざほとばしれ 白き滝
いざほとばしれ 清流よ
「あれは私の背に乗って飛ぶ金糸雀と小夜鳴鳥を詠んだ歌だ。二人とも私が贈った薔薇の髪飾りがお気に入りで、いつも身に着けていたから」
くれないは髪飾りの赤、清流は青い竜、稚児は金糸雀と小夜鳴鳥か。
「小夜鳴鳥は、私の背に乗りながら話すとたいてい舌をかんでしまって泣くのだ。舌が少し長いから、声を調節するのがうまかったのかもしれない。金糸雀は痛がる小夜鳴鳥をいつも笑ってなぐさめていた」
ここから竜の表情を見ることはできないが、きっと優しい顔をしているのだろう。
「懐かしい歌が聴けてよかった。私は何よりもあの歌が好きだ」
私は七色に輝く翼の根元をそっと撫でた。竜が、銀髪の青年が守りたかった二人は、もうこの世にいない。風に吹かれる花のように消えてしまう、はかない人の命。
私たちは竜の一人語りを聞きながら、水平線が赤く染まるのを見ていた。
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