余命1年から始めた恋物語

米屋 四季

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5月編

40話 大切な物を守れる力

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 足の痛みは…………消えない。

 肝試しの時も露天風呂の時も神頼みをしていなかった。
 だから、どこかで期待してたんだ。
 あの4月の時のように体の痛みが消える事を……そんな都合のいい展開を……。

 息が……苦しい……。

 自分の弱さをまた痛感したためか、さっきまで一切感じていなかった息苦しさが一気に僕へと襲いかかった。
 心なしか体も重い気がする。
 ネックレスは僕から更に離れていく。

 やっぱり……無理だったのか……。

 心が折れかけたその時だった。
 楓の顔が脳裏へと浮かんだ。
 僕がネックレスの事を覚えていないと言った時に見せた寂しげな表情が、ネックレスを失った時に見せたあの泣き顔が……。

 また楓に同じ顔をさせるのかよ……。
 それは――嫌だ!

 僕は再び両の手で水を掻き分ける。
 両足で水を蹴る。
 左足を激痛が襲う。

 今まで左足に気を遣いながら泳いでいた。
 しかし、今は違う。
 今は何のお構いもなく全力で両の足を動かしている。

 好きでも何でもない人のためにここまでするなんて馬鹿げているかもしれない。
 いや、絶対に馬鹿げている。
 でも、諦めたくはない。
 川に飛び込んだのは楓のためだけではなく、自分のためでもあったから――。
 それに、ここで諦めてしまったら、僕はずっと弱いままの人間で終わってしまう。何故だかそんな気がしたんだ。


 ふと、ネックレスとの距離が縮まっている事に気付く。
 僕は更に水を掻き分け進む。
 右足と左足で水を蹴る。
 息が苦しい。
 それでも僕は足掻き続ける。

 僕は……強くなりたい――

 ネックレスとの距離がだんだんと近づく。
 3メートル……2メートル……1メートル……そして、手が届きそうなくらいの距離へと。

 届け!

 僕はネックレスに手を伸ばす。
 そして、それを掴み取ることができた。
 安堵の束の間、突然それはやってきた。
 息を止めているのも限界を迎え、口を開けてしまう。
 勢いよく口の中へと水が流れ込んでくる。
 早く水から抜け出そうと水面へと向かおうとするも上手く泳げない。
 死という文字が頭へと浮かぶ。

 僕はネックレスを強く握りしめる。
 たとえ死んだとしても、これだけは離さない。
 もし、ここで僕が死んでしまっても、僕の死体が見つかればネックレスは楓の元へと戻るだろう。
 僕は更にネックレスを強く握りしめた。

 あぁ、それにしても苦しい……。

 だんだん意識が遠のいていく。
 上を見上げると太陽の光が水面に反射しきらきらと輝いていた。
 そんな綺麗な景色が霞んでいく。

 そういえば、苦しい時に手を差し伸べてくれた人がいたな……。

 今まで何度か、とても苦しいと思う時があった。
 その度にその人は『大丈夫?』と手を差し伸べてくれた。
 そして、僕はその手を……どうしたんだっけ……?
 そういえば、何があって苦しいと思っていたかも今では思い出せない。
 その人の顔さへも……。

 そんな事を思い出していたからか、僕の方へと伸びてくる手が見えた。
 逆光になっていてその人物が誰かは分からない。
 もしかしたら、あまりの苦しさで見えている幻覚かもしれない。

 僕は幻か実物か分からないその手へと自分の手を伸ばす。
 僕の手をその手はしっかりと掴んだ。
 そして、僕は川底から水面へと一気に引き上げられた。
 水を吐き出し、僕は大きく咳き込む。

「毎回毎回、考えなしに突っ走りやがって!」

「相変わらずゆっちゃんは無茶苦茶だな!」

 はっちゃんと晴矢が僕の体を支えながら言った。
 2人とも怒りや呆れもありつつも安心したような、そんな顔をしている。

「えっ、なっな……なんで、ふたっ」

 何故2人が川にいるのか聞こうとしたが、まだ呼吸も整っていないため言い切るよりも前にむせ返ってしまう。

「はいはい。とりあえずこれでも持って落ち着きなって」

 はっちゃんはそう言いながら僕に空の二リットルサイズのペットボトルを2本渡す。
 これははっちゃんが登山の道中で集めていたものだ。

「もうまともに泳ぐ体力もないんだろ? 空のペットボトルには結構な浮力があるらしいからな。 いやぁ、俺がペットボトルを集める係で良かった」

 はっちゃんは笑いながら言った。

「で、ネックレスはあったのか?」

 晴矢に尋ねられ、僕は左手にあるネックレスを見せる。
 それを見た晴矢とはっちゃんは喜びの表情へ。

「おーいお前ら! 陸もネックレスも見つかったぞ!」

 晴矢の声に周りから歓声が上がった。
 周りを見渡すと、そこにはA組の男子生徒達がいた。

「お前らまで……」

「か、勘違いするんじゃねぇぞ!」

「俺らは公孫樹さんの為に来たのであって、別にお前のためなんかじゃないんだからな!」

「俺はなんだか急に川に飛び込みたい気持ちになっただけなんだからな!」

「べ、別にお前の心配なんかしてねーし!」

 なんでみんなツンデレ口調なんだよ。
 いや、本当に僕のことじゃなくって楓のためだけに行動した奴もいるかもしれないが……まぁ、今はそんなことよりも……。

「本当にありがとう……」

 僕はみんなに向けお礼を言った。
 理由はどうであれ、川に飛び込んでくれたことには変わりはない。
 僕はそれがただ嬉しかったのだ。
 みんなは僕の礼に対し、少し照れながら笑顔を返していた。




 ネックレスが見つかって十数分後。
 僕たちは少し流された所から陸地に上がり、待っていたみんなと合流した。
 合流した僕たちを一番最初に迎えたのは先生とガイドさんの説教だった。
 登山の時間が押しているため、説教は数分で終わり、僕たちは班へと戻る。

「3人とも大丈夫?」

 水仙さんは心配そうな顔で僕たちへと聞いてくる。

「大丈夫なのは大丈夫だったけど……人のために動いたってんだから、説教の1つや2つ勘弁してもらいたいよな」

「そうだな、今回は翔に同意見だ。こちらとら上半身裸でびしょ濡れなんだから、早く体を拭かせて服を着させろってんだ」

「暑い暑い言いながら登ってたんだから、濡れて丁度良かったんじゃないの?」

 はっちゃん、晴矢、日光は冗談を言い合いながら笑いあってる。

「こっちもこっちで大変だったんですよ。陸さんが飛び込むや否や、委員長さんも体操着を脱いで飛び出そうとしましたもんね。抑えるの大変だったんですよ」

「た、橘さん、それは言わないで」

 橘の言葉に薊は自分の顔を手で覆い隠した。
 みんなが各々でわいわいと話している中、楓は顔を俯けてみんなから少し離れた位置に立っていた。

 そういえばネックレスをまだ楓に渡していなかった。

 僕はずっと俯いている楓に近寄る。

「ん。取って来たぜ」

 楓へとネックレスを差し出す。
 彼女は顔を下に向けたままで、どんな表情をしているか分からない。

「…………な……で………………んで……」

「え?」

「なんでそこまでするんだよ……!」

 顔を上げた彼女は泣いていた。

「え、ネックスを、ほら、お前の大切なものなんだろ?」

 僕は笑顔で受け取ってくれると思っていた彼女が泣いている意味が分からずに焦ってしまう。

「陸はネックレスのこと覚えてないのに……それに、左足怪我しているのに……溺れる可能性だってあったのに……」

 楓は目を擦りながらぽつりぽつりと言う。

「陸が死んだら……ネックレスがあっても意味ないじゃん……!」

 楓が泣いている理由は4月に水仙さん達が泣いているのと同じだった。
 水仙さん達とも4月に危険なことはしないと約束していたのにまた僕は……。

「その……ごめん……」

 言い返す言葉などなく、僕は謝ることしかできない。

「陸にとって何も得はないのに……」

「な……⁈ それは違う!」

 いきなり僕が大声を出したたため楓は驚いた顔をする。

「あ、ごめん……。その、得かどうかって言われると自分でも分からないんだけどさ……嬉しかったんだ……」

「……何が?」

「忘れてしまった身で自分勝手な勝手だと思われるかも知れないけど……僕があげたものが誰かの大切な物になっていたのがさ」

 僕は楓にネックレスをあげた記憶がない。
 だけど、楓があれほど言っていたので多分僕が覚えていないだけで彼女にネックレスをあげたのだろう。
 そして、そのネックレスが楓に大きな影響を与えているのはなんだか嬉しかった。

「だから、川に飛び込んだのは僕のためでもあったんだ」

 楓は僕の言葉を聞き、下を向いてぷるぷると震えていた。
 きっと彼女は怒っている。
 今は自分があげたものが大切にされて嬉しいとか言っているが、一度は人違いなんじゃないの?と言ってしまった身。
 しかも、未だに僕はネックレスをあげたことを思い出せていない。
 そりゃあ、怒るよな……。

「本当にごめん! いや、本当に自分勝手で――」

「ふふっ……ははははははははっ!」

 僕が誤っている途中、楓は急にお腹を抑えて笑い出した。

「急にどうした……?」

「いや、ごめんごめん。やっぱり、本当に陸は馬鹿だなぁって思ってさ」

「急な罵倒⁈」

「罵倒じゃないよ。いい意味で馬鹿だなぁってこと」

「いい意味で馬鹿っていったい……」

 彼女は一通り笑うと目を擦り、深く呼吸をする。

「でもそのままだと、いつか損をするかもしれないよ?」

 彼女は悪戯な笑みを作って言った。

「まぁ、別に損をしたっていいんだ。結果だけが全てじゃない。大切なのは自分が生きたいように生きる事。僕は誰かのために生きるって決めたからさ」

 それを聞いて、楓は軽く笑った。

「な……また何かおかしい事言ったか?」

「いや……胸を張ってそういうことを言えるようになったんだな……って思ってさ」

「え? それってどういうことだ?」

「うーん、それは別にどうでもいいことだから言わない」

 楓は僕の疑問をはぐらかしながら手を僕に差し出す。

「ありがとう」

 出された手が何を意味しているか一瞬分からなかったが、すぐにネックレスを未だに彼女へ返していなかったことに気付く。

「あぁ、ごめんごめん。その、烏滸がましい事かもしれないけど……これからも大事にしてくれたら嬉しい」

 僕はネックレスを彼女の前にへと差し出す。

「うん。今まで以上に大事にする。ずっとずっと大事にするよ」

 ネックレスを受け取りながら彼女は今までで1番の笑顔でそう答えた。
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