余命1年から始めた恋物語

米屋 四季

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6.7月編

52話 それぞれの想い

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 陸の家からの帰り道。
 つい数分前に水仙さん達と別れ、俺は翔と2人で歩いていた。
 水仙さん達と別れてからはまだ翔とは言葉を交わしておらず、ずっと無言で歩き続けている。
 普段なら色々と言葉を交わして帰るが、さっきのゲームもあってか、今日はいつもとは違った空気を感じる。
 俺は翔に問いただしたいことがあったが、中々口を開けずにいた。
 それを翔も感じとっているのか、いつも騒がしい彼にしては珍しく、ずっと黙ったまま歩いている。

「翔……さっきのは一体どういうつもりだ……」

 俺は言おうか言わないかを迷ったが、とうとう我慢ができなくなり、横を歩いている翔へと尋ねた。

「どういつもりって……何がだ?」

 翔は俺が何を聞きたいかを理解しているはずなのに、おどけた様子で聞き返す。

「とぼけるなよ。お前は水仙さんをドベにさせようとしていただろ。彼女が本当の事を言うと分かっていながらだ」

 翔はその言葉を聞き、うーん……と唸った。
 2人の間に訪れる数秒の静寂。
 翔はふぅ、と短く息を吐き、表情を真剣なものへと変え口を開いた。

「はるちゃんは昨日、俺のことを甘いって言ってたけどさ……俺からしたらはるちゃんの方が甘過ぎるぜ」

 翔は俺と顔を合わさない。
 ずっと前を見て歩きながら言葉を続ける。

「さっきの勉強会の様子を見れば誰でも分かるだろうが……みずっちゃんとゆっちゃんは両想いだ。ゆっちゃんもみずっちゃんの好意に気付いていないわけがない」

「あいつが気付いているのに告白をしないというなら、今はまだ告白しない何か理由があるってことだ」

「理由? そんなもんはねぇよ。ゆっちゃんはただ優しいだけだ。どうせ、死んだ後のみずっちゃんのことについて色々考えてるんだろうよ。だからこそみずっちゃんには告白出来ねぇ。はるちゃんも分かってるだろ?」

 翔はため息混じりにそう言った。
 俺もそのことについては、なんとなく察しが付いていた。
 そして、どこかでそのことについて目を逸らしていた自分がいた。
 今現在も俺は翔の言葉に何も返さず、歩き続けている。

「ゆっちゃんは告白しない。だからさ……みずっちゃんに告白させたらいい。ゆっちゃんはみずっちゃんの想いを無下にはしないは――」

「ふざけるな! 俺はあいつのやり方で幸せになって欲しいんだよ!」

 気が付いた時には翔の胸ぐらを掴み叫んでいた。
 咄嗟に自分がとってしまった行動に驚き、急いで翔の胸ぐらから手を離す。

「すまねぇ……」

 翔は驚きと悲しみが混じったような表情をしている。

「悪かったな、はるちゃん。あぁ、分かった。俺はもう余計な真似はしない。でも、もし、ゆっちゃんが俺たちに告白しないことに決めたって言ってきたらどうする?」

「それがあいつの選んだ答えなら、俺は何も口出しはしない」

「もし、それが本心じゃないって分かっていてもか?」

 翔のその発言に俺は言葉を失った。
 そんな俺に対し、翔は更に言葉を続ける。

「本当は想いを伝えたい、付き合いたいって思ってるのに、それを押し殺して言ったものだとしても、はるちゃんは同じことを言えるのかよ?」

「それは……」

 俺はその後から言葉が出なかった。
 そんな俺を見て、翔は哀しげな表情を見せる。

「悪りぃ……今言ったことは無かったことにしてくれ……」

 翔はそう言うと、再び歩き出した。
 俺もそれに続き再び歩き始める。
 無かったことにしてくれとは言われたが、頭の中では翔のあの言葉がずっと反芻していた。
 もし、翔が言っていたその時が来てしまったら……俺はいったいどうするのだろうか……。

 





「貴女……さっきのはいったいどういうつもり?」

 私は隣を歩いている楓へと尋ねた。
 彩芽と瑞稀とは先程別れ、今は楓と私の2人しかいない。

「さっきのこと……か……。ずっと苦しい思いをするのは辛いからさ、早く楽になりたかったんだよね」

 楓は私の方を見ずに前を向いたまま答えた。

「貴方も銘雪のことが……」

「うん、そうだよ。でも……それは、紅葉君も一緒だよね? なんで紅葉君はあの時、嘘をつかなかったんだい?」

 楓は私の方を向いて言った。
 その表情は真剣なもので、いつもの笑顔はそこにはなかった。

「私はあんな罰ゲームとかそういうのじゃなくて、瑞稀のやり方で銘雪と結ばれて欲しいのよ」

 私は楓から顔を逸らしながら言った。
 それは恥ずかしさもあり、それと……その言葉に少しだけ嘘が混じっていたからだろう。

「そっか……うん、それもあると思うけどさ……きっと、紅葉君は好きな人が誰かと結ばれるのが嫌だったんだよね」

「そ、そんなわけ――」

 私は焦りながら楓の方を向き、反論しようとしたが彼女の表情を見て言葉が詰まってしまった。
 楓の表情は侮蔑しているわけでも嘲笑っているわけでもない、同情のような、そして哀しさを含んだような笑みを私へと浮かべていた。

「あ、ボクはこっちだから。じゃあね」

 そう言いながら楓は左の道へと早足で駆けて行く。
 1人残された私の中には、言葉にできないようなモヤモヤとした何かが渦巻いていた。






「橘……お前さっきのはどういうつもりだ……!」

 みんなが家から出ていった後、僕は最後の罰ゲームについて、橘に詰め寄り問いただしていた。

「……最後のゲームは瑞稀さんが負けるのは分かっていました」

 橘は冷たく微笑みながら答えた。

「な……瑞稀さんが負けるのがわかってたってどういうことだよ」

「6月に入ってからですが、突然ランダムで10分以内に起こる未来が見えるようになったのです」

 橘の言葉に僕は驚き固まる。

「は? お前は前に僕が生きているイレギュラーで未来は見えないって言ってたよな?」

「えぇ……あの時は確かに見えなかったのです。この世界で陸さんが生きているのは本当はあり得ないこと。しかし、陸さんが死ぬはずだった日から約3ヶ月が経つこともあって、陸さんが存命しているという事実を世界が認識しつつあるのかもしれません……それか、時間が経つにつれてだんだん私の体の方が神側の世界のものに戻ってきているということなのでしょうか……」

 橘自身も現在の状態にしっかりとは理解が出来ていないのか、たどたどしく僕へと話す。

「それじゃあ、今後時間が経つにつれて10分どころかそれ以上の未来を見ることもあるってことか?」

 僕の質問に橘はうーん、と首を傾げた。

「さぁ……それについては今はまだ何とも言えませんね……私だって分からない事は多いのです」

「そうか……お前が新しい力が戻ったのは分かったが、一旦話を戻そう。瑞稀さんがドベになる未来が見えたなら、どうしてあんな罰ゲームにしたんだ? あんな方法で僕が瑞稀さんの好きな人を知る事が出来て喜ぶと思ったのか?」

 僕の問いに、橘は微笑みながら首を横へと振る。

「いいえ、そうではないです。私があの罰ゲームにした理由、それは陸さんが瑞稀さんを庇い、ドベになるだろうと信じていたからです。まぁ、私1人で瑞稀さんを落とせるかどうかは不安でしたがね。翔さん達も何故か瑞稀さんを狙ってくれたので助かりました。ただ……」

 橘はそこで言葉を止め一度大きなため息を吐いた。
 そして、落胆の表情をしながら僕を見つめる。

「陸さん……やっぱり告白はしませんでしたね……」

 橘は嘲笑しながら僕へと言った。

「あ、当たり前だろ。あんな大勢の前だし、しかも罰ゲームなんかで告白なんか、絶対にしたくない」

「いいえ、それは違いますね。本当の理由は――」

 橘はそこで言葉を止め、険しい表情へと変わる。
 それは最後の罰ゲームを決めた時に見せたものと同じものだった。

「まさか、また未来が見えたのか?」

 僕の言葉に橘はハッと我に返り、慌てた様子で僕の体を揺らしだす。

「大変です! 紅葉さんが引ったくりに!」

「っ……場所は⁈」

「あれは……確かここから1番近い商店街です!」

 僕は急いで時計を見る。
 みんなが僕の家から出て約10分が経とうとしていた。
 1番近い商店街まで徒歩で約10分は掛かるはず。
 橘は10分以内に起こる未来が見えると言っていた。
 つまりは、数秒後や1分後の未来を見た可能性もある。

「くそっ……!」

 僕は家から飛び出す。

 頼む……間に合ってくれ……。

 僕はそう願いながら商店街へと急いだ。
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