余命1年から始めた恋物語

米屋 四季

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8月編

73話 君にしかないもの

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 公衆トイレへと向かっている途中、僕とはっちゃんは日光と楓の2人を発見した。
 2人は案の定、水着にアロハシャツを羽織りグラサンをかけているいかにもチャラそうな黒髪長髪の男に絡まれていた。
 楓は困った顔で愛想笑いを浮かべてその男に何かを話していて、日光は迷惑だと言わんばかりの表情を隠しもせずに全面的に出している。

「あっ」

 楓が僕達に気付き声を上げ、すぐに僕の元へと走り寄ってくる。

「この人がさっき言っていたボクの彼氏です」

 楓はそう言いながら僕の右腕に体を密着させた。
 彼女の露出した滑らかな肌が汗ばんだ腕に当たる。
 焦りで思わず楓の体を跳ね除けそうになったが、彼女は僕の腕に自分の腕を絡ませそれを拒んだ。
 
「ど、どーも彼氏です」

 早く解放されたい思いと自分の肌が女性の肌に当たっている緊張のせいで上ずった声が出た。
 自然な笑顔を作っているつもりだが、こんな状況でそんなものなど作れる訳がなく、不自然なものになっていると自分のことながら確信を持って言える。
 しかし、それでも僕と楓の嘘を信じてくれたようで、目の前にいる男の表情が少し曇った。

「じ、じゃあそっちの子は――」

「すまねえなぁ」

 楓のことをすぐに諦めて日光の方にいこうとした男の言葉を遮りながら、はっちゃんは日光の隣にへと移動する。
 そしてはっちゃんは日光の肩に手を置き、ニヤリと笑った。

「こっちは俺の彼女なんで」

 そう言い切って今までで1番のドヤ顔をはっちゃんは決め込む。
 しかし、そんなはっちゃんに反し、日光はまるで肩に止まった虫でも払いのけるかのような手つきではっちゃんの手を払いのけるや否や「えっ、無理」と先程ナンパ男に見せていた、あの迷惑だと言わんばかりの表情をして言った。

「ピギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィッ⁈」

 日光のつい素で出てしまった感のある口調と表情にはっちゃんは豚の鳴き声のような奇声をあげながら砂の上を豪快に転がっていく。

「はっちゃん! 日光お前な……」

 僕は呆れた顔を日光にへと向ける。
 彼女らしい態度と言われれば彼女らしいのだが……。
 僕も以前日光の彼氏のフリをしようとして彼女に拒まれた事があったが、さっきのあれは流石にキツすぎる。
 もし、あの時にはっちゃんと同じ反応をされていたらと思うと……うん、間違いなく死んでた。

「えぇ、今のは少しだけ申し訳ないと思っているわ。でも自然に肩に手を置いてきたのと、こなれた感じで彼氏ヅラしてきたのがイラッとしちゃって」

「その気持ちは分からなくもないけどさ……一瞬だけでいいから彼女のフリぐらいしてやれよ。はっちゃんの一生に一度あるかないかの活躍の場だったかもしれないだろ? 夢も見せてやれねぇのか?」

「そんな事言われたって嫌なもんは嫌なのだから仕方ないじゃない。フリだとしても八手とはそういう関係にはなりたくないわ」

「2人ともそろそろやめてあげよっか。2人が何かを言うたびに翔君の体が陸に上げられた魚のように跳ねてるから」

 気が付けばナンパしてきた男の姿はなく、この場には僕たち4人だけになっていた。
 僕は仰向けに倒れているはっちゃんに近づく。
 日光に拒絶されたのが相当なダメージだったのか彼は息絶え絶えの状態だった。
 数分前のあのハイテンションはもう見る影もない。

「おーい、大丈夫か?」

「はぁ……はぁ……あぁっ……ゆっちゃん。無事に俺らの故郷に着いたら、俺の母さんにこう伝えてくれねぇか? 俺……一生懸命生きたよ、って……最後は女の子を守ろうと頑張ったよ、って……」

「あぁ、分かった。伝えてやる。その助けようとした女の子にやられたってことはちゃんと秘密にしといてやるから安心しろ」

「ゆっちゃん……最後のは余計だぜ……」

 僕の言葉がトドメになってしまったようで、はっちゃんは最後にそう言い残して穏やかな笑顔を見せながら逝った。
 
「さあって、みんなの所に行こっか」

 僕はそう言って日光と楓の方を振り返る。

「いつものことながら、貴方って親友の扱いは酷いわよね」

「へ? なんのこと?」

 日光が苦笑しながら言った言葉に僕はわざと惚けた。

「放っておいていいのかい?」

 僕とはっちゃんの悪ふざけは毎度の事だが楓は心配そうな表情を見せ、一応といった感じで僕に確認する。

「大丈夫大丈夫。どうせいつもみたいにすぐに立ち直るから」

 僕はそう言って倒れているはっちゃんをそのまま放置し、楓と日光と一緒にみんなが待っている場所にへと向かった。






「あれ? 翔はどうした?」

 みんなと合流した僕達に対し晴矢の第一声はそれだった。

「簡単に言うと、仲間に背後から刺された」

 僕のその言葉に晴矢は色々と察したようで「あぁ、なるほど」と軽く笑った。

「よしっ。これでみんな揃ったことだしこれから――」

「もう我慢できませんっ! 一足先に失礼しますっ!」

 晴矢が言葉を発している最中に橘は急にそう叫び出し、空腹状態で餌を焦らしに焦らされてからの待てが解かれた犬のような輝いた目をしながら海に向かって全力で駆けていく。

「私が……いちっ、ばんっ、乗りっ、だあーっ!」

「牡丹ちゃん⁈ 人がいっぱいだからそんなに急いだら危ないよ!」

「ちょっと2人とも! 海に入る前にしっかり準備運動をしないとダメですよ!」

 橘の後を追い、瑞稀さんと薊も海の方に向かって走っていく。
 そんな3人を呆気に取られたような表情でしばらく眺めていた晴矢はふと我に返ってひとしきり笑ったあと、日傘の影があるビニールシートの上に座った。

「こんなくそ暑い中だってのにみんな元気だなぁ」

「晴矢は海に入らないのか?」
 
「俺はまだここで涼む。荷物番も誰かがやらないといけないしな。翔のやつが帰ってきたら俺もそっちに行くからお前らは先に行ってこいよ」

 晴矢はそう言って僕たちに手をひらひらと数回ほど振ったあと、仰向けに寝そべった。

「冬木がそう言うなら、遠慮なく言葉に甘えらしてもらうわ。ほら、2人とも早く行きましょ」

 日光は僕と楓の手を引きながら海の方にへと歩き出す。
 僕らの手を引く日光のその表情は玩具屋に来た子どものように輝いていて、いつもクールな彼女にしては珍しくテンションが上がっているようだ。
 楓はどんな顔をしているのだろう?
 ふと、そんなことを思いながら楓の方を見る。
 そこには明るい表情の日光とは違って、なんだかどんよりとした暗い表情をしている楓がいた。

「日光少しストップ。楓、もしかして体調でも悪いのか?」

「いや……そうじゃないんだけどさ……」

 楓は辺りをキョロキョロと見回し、最終的に日光の方に視線を止めて大きなため息を吐いた。

「やっぱりボクの体は周りと比べると貧相だなぁって思ってね」

 楓はそう言って再び大きなため息を吐くと、口の先を尖らせた。
 僕は視線を日光の方にへと移す。
 日光は薊よりは少し身長が低いものの女性にしては高い方であり、身体つきの方も薊に負けず劣らず出るところは出て引っ込むところはしっかりと引っ込んでいる高校1年生とは思えない大人のような体をしている。
 また、薊よりも布面積の狭い赤色のビキニがよりその大人っぽさを際立たせていた。
 そんな日光と比べれば楓に限らずだいたいの高校生の体は貧相なものに映るかもしれない。
 というより、日光や薊の体付きが特別であって、楓の体はスポーツをしている女子高生っといった感じで普通の部類に入ると思うので別に気にしなくてもいいと思うのだが……しかし、そこはやはり男の僕には分からない女心というものがあるのだろう。

「羨ましい……」

 ボソッとそう呟きながら、楓は日光の胸を凝視する。

「そ、そんな目で見られても……。肩も凝るし走っている時は揺れて痛いし、こんな邪魔なものあげることが出来るなら今すぐにでもあげてしまいたいわ」

 日光は嫌悪感満載の顔で自分の胸を持ち上げながら言った。
 そんな日光を見て楓の顔は満面の笑みにへと変わる。
 あまりにも綺麗すぎる笑み。
 それは作ろうと思はないと作ることが出来ないであろう、自然でありながらも不自然な笑みであった。

「へぇ……ほんっと、ボクも貰えるものなら今すぐにでも貰いたいもんだなぁ……」

 さっきの日光の言葉や仕草を煽っているものと感じたのか、楓はいつもよりも少し低音で重みのある声で囁くように言った。
 満面の笑みは張り付いたようにピクリとも動かない。
 楓の周りには嫉妬のオーラのようなものが漂っている。
 もしこの世界が漫画の世界なら、今の楓の後ろにはゴゴゴゴゴッという効果音が並んでいるだろう。
 それぐらい彼女の迫力は凄まじいものだった。
 そんな楓に危険を感じたのか、日光は「あっ、瑞稀たちが呼んでる」っと言い、逃げるように小走りで瑞稀さん達の元にへと走っていった。
 その後ろ姿を楓はずっと同じ顔のまま見送る。

「楓も充分に可愛いよ。それに水着も似合ってる」

 2人っきりになってどうしようもなくなってしまった僕は空気を変えるため楓にそう声をかけた。
 なんの捻りもない安易な言葉だ。
 勿論、そんな言葉で機嫌が治るほど、楓の事をちょろい女だなんて僕はこれっぽっちも思ってはいない。
 ただ、とっさに表現する語彙力がないだけであって可愛いという言葉は嘘偽りのない本心だった。
 水着もスポーツブラのような黄色いもので、露出は少ないが真面目な彼女には似合っていると思う。
 僕の言葉に何も返さない楓が気になり、ちらっと隣を見て様子を伺うと、彼女は不満気な顔で少し頰を膨らませていた。

「そりゃあ陸は控えめな胸が好きだからいいかもしれないけど、ボクだって1人の女の子なんだよ? 彩芽君や紅葉君みたいなああいうグラマーな体に憧れるし、瑞稀君みたいな女性らしい可愛さや牡丹君のような幼い可愛いさもボクにはない……」

 楓はそう言って自分の体を見ながらしゅんとした表情をする。

「みんなのことがとても羨ましいんだ……ボクは可愛くないから……」

 楓は力なくそう呟いた。
 確かに身長の低い楓はお世辞にも薊や日光みたいな大人っぽいと言えるような体をしていない。
 それに、空手で鍛えられた引き締まった体は橘のような幼さない可愛さや瑞稀さんのようなふわりとした可愛さもない。
 だけど――楓は可愛くないわけではなかった。
 楓が勝手に周りと自分を比較して悲しそうな顔をするのは間違いだと、僕は思ったんだ。

「楓は可愛い!」

 さっきよりも力強く、はっきりと僕は言い切った。
 楓はそんな僕に対し驚きの表情を向ける。

「丸くて大きい目が可愛い。時折見せるイタズラな笑みも可愛い。コロコロと変わる感情表現が豊かなところも可愛い」

「い、いきなりどうしたんだい? それに声も大きいよ……」

 急に楓の可愛いところを次々と言っていく僕を見て、彼女は顔を赤くしてあたふたと戸惑う。
 僕の声の大きさに周りの視線も集まっていた。
 はたから見ると僕は、急に可愛い可愛いを連呼しだした夏の暑さにやられた頭のおかしいやつと思われているかもしれない。
 それでも僕は構わず、楓に向けて言葉を続ける。

「周りと比べる必要なんてないんだ。楓には楓にしかない可愛さがある。それでも楓がまだ自分の事を卑下するというのなら、楓が自分の可愛さを理解するまで僕は何度だって言ってやる。ちゃんと楓は可愛いよ」

「分かったから……もう、やめてぇ……」

 もう赤に染めるところがなくなった顔を両手で覆い隠しながら楓は弱々しく言った。

「そっか、分かってくれたようで良かった。さっき腕に抱きつかれた時だって女性独特の柔らかさが感じられたし、滑らかな肌触りにもすっごくドキドキしたしな」

「えっ?」

「あっ……」

 僕と楓は互いの顔を見合わせたまま一瞬だけ硬直する。
 僕は急いで自分の口を手で抑えたが、それはもう手遅れだった。
 途中までいい感じだったというのに、調子に乗り過ぎて余計なことを口走ってしまった。
 散々人のことをハイテンションだのどうのと言っておきながら、テンションが上がっているのは僕も同じだった。

「あーあっ。まさかあの時にそんなことを思っていたなんてねー。このっ、むっつりスケベ」

 楓はプイッと僕から顔を背け、海の方に向かってスタスタと歩き出す。
 少し前までの立場は完全に逆転し、今度は僕があたふたする番だった。

「ちょっと待て、誤解だ! いや、誤解ではないのか? と、とりあえず話を聞いてくれ⁈」

「どうせ何も思わないんだろうなって信じてあれだけ密着したのにさ。このっ、天然変態」

「はあっ⁈ 可愛い女の子に抱き着かれて何も思わないのは無理があるだろっ! そりゃあ心を無にしようとは頑張ったけど、なんだかいい匂いがするし、その引き締まった体のどこにあの柔らかさがあるんだろうって頭の中がいっぱいで――」

「君ってやつは、本当にそういうとこだよっ⁈ 脳を介さずに脊髄から直接喋っているのかいっ⁈」

 楓は立ち止まり、僕の方を勢いよく振り返った。
 だいぶ怒っているのか、彼女は涙目で顔を真っ赤にしていた。

「そのっ……ごめん。不本意とはいえちょっとした下心を感じたのは確かだし、僕が悪かった。本当に反省してる……」

 僕は素直に謝罪し、楓に向けて一度大きく頭を下げた。

「むっ……全く、卑怯だなぁ……そんな真剣な顔して謝られたら何も言えなくなってしまうじゃないか……」

 楓は少々困惑した表情をしながら僕から目線を外し何かを考え込む素振りを見せる。
 そして数秘が経ち、彼女は僕の方を再び見て目と目を合わせた。

「そこまで怒ってないから別にいいよ。それに陸にくっついたのはボクの方だしね」

 楓はそう言ってから「ごめんね」っと一言付け加えて申し訳なさそうな顔を見せた。
 んっ? そこまで怒ってないって事は、それじゃあさっき顔を赤くしていたのは……。

「陸さーんっ! 早くこっちに来て遊びましょうよー!」

 遠くからそんな橘の声が聞こえた。
 声が聞こえた方を見ると、全身びしょ濡れの橘が晴れやかな顔で僕たちに向かって大きく手を振っていた。
 僕はみんなの元にへと移動しようとしたが、数歩歩いたところで後ろから楓に手を掴まれてそれを止められた。

「どうした?」

 僕は後ろを振り返る。

「んっと……ありがとうね。励ましてくれて。可愛いって言ってくれて凄く嬉しかったよ」

 俯きがちにそう言ってから楓は顔を上げて僕を見る。
 改めてお礼を言うのはやはり照れくさかったのか口元が綻んでいた。 
 僕は「どういたしまして」と返して笑う。
 そんな僕を見て楓もまた笑顔を返した。
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